第11話

 マシューが軽口を挟んだ場も落ち着くと、話の内容は研究室での出来事に移った。


「ええっと君の名前はなんだったかな?」


「スイクンです。スイクン=ホーク」


「そうか。ではスイクン、研究室での出来事を教えてほしい。まあ、なんだ。あまり嘘はつかないでくれよ? 俺はいいんだが、ゲイルがそれを許さん性格だから君が心配だ」


 ゲイルが「この場における貴様は軍法にかけられる対象でもあることを忘れるな」とスイクンに圧をかけた。


「だとさ。怖いね、軍人ってやつは。だから頼むよスイクン」


 苦笑いするマシューの横顔を睨みながら「お前も軍法にかけられる対象だ、慣れ合うような発言は控えた方がいいぞ。マシューを報告に上げなければならなくなる」と口にした。


 肩をすくめるマシューと頷くしかないスイクン。


「……分かりました」


 軍法という言葉にスイクンは萎縮しながらも、それでも研究室で起きた出来事を始めから説明していった。

 ポットの中身がなくなる頃、スイクンの説明が終わった。


「そうだったのか。あの両断されていた青年はシルバン公国の軍人だったのか」


「となると他の学院でも起きた強奪事件は同様にシルバン公国によるもので間違いないだろう」


「ああ、そうだなゲイル。おい、本国に報告しておいてくれ」


 後ろに控えていた二人の男はマシューからの指示に短く返答すると部屋を後にした。


「これで僕はもう解放されるんですか?」


 スイクンが二人に尋ねるとマシューは「うーん」と額を押さえた。


「そんな訳がないだろう。貴様は軍法会議にかけられる。間違いなく解放はされない」


 殊更もなくさらっと答えるゲイルにスイクンは思わず立ち上がる。


「そんなっ!? 僕は全部話したじゃないですか!」


 ゲイルの後ろに控える男が帯剣に手をかける。


「座れスイクン=ホーク。無用な行動は自身を苦しめるだけだ」


「スイクン、とりあえず落ち着くんだ」


 マシューに言われ、スイクンはゆっくりとソファに腰を下ろした。


「君が手にした剣は、テレンジア教国軍でも一部の者しか知らない機密事項なんだ。それを一般人の君が手にしてしまったことが厄介でな」


「絞首刑は間違いないだろう。仮に今の話に偽りが見つかれば斬首刑まで重くなるだろう」


「おい、ゲイル。それをいま言う必要はないだろう」


「いいや、言っておかねばスイクン=ホークも諦めがつかないだろう」


「そんな……。僕はただ巻き込まれただけなのに」


 力なく背もたれに寄りかかるスイクン。その顔には絶望が浮かんでいた。


「経緯がどうかは問題ではない。貴様が我が軍の機密事項である『勇者殺し【アンチ・スカー】』に触れてしまっているこの状況が問題なのだ」


「そんなの……」


 スイクンはゲイルの言葉を納得できない。


 この剣があったばかりにシルバン公国の軍人が中立国であるシュテルン連邦国に現れ、教授や多くの人の血が流れた。そしてスイクン自身も、自分とそう年齢も変わらない青年をその手にかけてしまっているのだ。


(そしてそんな僕も、この剣のせいで死ぬことになるのか?)


 ふざけるな。

 スイクンの中に激しい感情が沸き上がる。

 争いが嫌で、血を見たくなくて、スイクンはシュテルンに来たのだ。


 それがどうして今、自分が一番嫌いなどろどろと黒いものの中にいるのか。説明されたからといって、はいそうですかと納得できるはずもない。


 どこまでも罪深い剣だとスイクンはケースの中に眠る無機質な剣をひどく恨んだ。


「まあ、君が死なない道もなくはないんだが……」


 マシューが頭を搔きながら、煮え切らないように口を開いた。


「なんですか、それは?」


 自身が納得するしないに関わらず、このままでは軍法会議にかけられ死ぬことが確定しているスイクンはその続きの不穏さを感じ取りながらも聞き返してしまう。


「君がテレンジア教国軍の軍人としてその剣を扱うのならば、処罰はあるだろうが絞首刑は免れるだろうな」


「おいマシュー、なに勝手なことを」


「いいじゃないか。どうせあの剣はもうスイクンが起動させてしまっている。どのみちスイクンがいなければあの剣はただの木偶に成り下がってしまうんだからよ」


 マシューの言葉を聞いてゲイルは頭をかいたり何度もため息をつきながらどこか自分を納得させようともがいていた。


「……たしかにここで最後の一本まで腐らせてしまっては亡くなっていった者も浮かばれないか」


 とはいえ部外者が軍の機密兵器に触れてしまっていることをすんなりと飲み込めないゲイルは膝を数度叩いた。


「ちょっと待ってくださいよ! それってつまり僕に軍人になれっていうことなんですか?」


「端的に言えばそうだな。逆にそれしか君が生き残る道はないだろう」


「そんな……。ここは中立国のシュテルンですよ! そんなことがあっていいはずがない! テレンジア教国の軍人になるくらいなら——」


 スイクンの脳裏にはにこやかな別れをしたレイの姿が映っていた。


「シルバン公国に行くってのか?」


「……」


 マシューの言葉を沈黙で返すスイクン。

 マシューの厳しい視線がスイクンにぶつけられていた。


「仮に、君が俺たちの包囲から抜け出してシルバンに行けたとしよう。だがそれでも君は無事では済まされない」


「どうしてですか」


 生まれ故郷に戻ったとしても平穏な生活には戻れないと言われカッと頭に血が上ったスイクンは、声は荒げなかったがそこには怒気が込められていた。


「君はすでにシルバン公国の軍人を一人殺してしまっている」


「それは……!」


「君に人を、軍の人間を殺めたことの重大さがどれだけ認識できているか俺には分からない。だがそれは君が思う以上に大きな意味と責任を持つ」


「殺したって……、仕方なかったじゃないですか! 教授を助けたかったし、僕も殺されそうになっていたんだ」


 予期せぬ事態に生存本能が働き咄嗟に攻撃的な行動が取れてしまったスイクンは、自分を合理化することで人を殺めてしまった責任から目を背けることしかできなかった。

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