第10話


 切り伏せたジャレンスが手に持つ魔道具から一筋の赤い光が昇った。

 それは校舎の天井を貫きそのまま青空に走る。


 胴を両断され既に絶命したジャレンスが放った光が治まるのにそれほど長い時間を要しなかった。

 光が治まった後もぼーっと立ち尽くすスイクンの意識が正常に戻ったのは身体の熱が引いた後だった。


「あ、あぁ、ああ……」


 血のりが付着した剣と、両断され上半身と下半身が転がるジャレンスの骸。スイクンは自身が何をしてしまったのか遅れて認識し、その恐怖に膝が頽れた。


 横には大量に出血し既に絶命した教授の姿。

 研究室には死の臭いだけが充満し、その中でただ一人スイクンだけがこの状況を作る要因となった無機質な死んだ剣を片手に生きていた。


 どれくらいの時間が過ぎただろうか。いや、もしかするとそれほど時間が経過していないのかもしれない。


 研究室の天井を貫いて上がった光に廊下から複数の足音が聞こえてきた。


「……おい貴様、そこで何をしている」


 青を基調とした軍服を纏ったテレンジアの軍人が怒りを抑えながらもぬけの殻となるスイクンに尋ねた。

 しかしスイクンは彼に何も答えない。


「貴様! ここで何をしていると聞いているんだ! これは全て貴様がやったことか!」


 しわ一つない軍服のボタンを全て閉めた、目つきの鋭い男が荒々しくスイクンに近づきながら声を荒げた。


「そう言ってやるなゲイル。彼は何も知らないここの学生だ。……まあ、その手に握っている代物が代物だが」


 ゲイルと呼ばれた目つきの鋭い男の肩を掴んだのは、ゲイルとは正反対に軍服のボタンを留めず前を開け、崩した格好で着こなす男。彼もまた軍人である。

 男はゲイルに「ここは俺が話すさ」と肩をポンと軽く叩いてスイクンの目の前で膝を曲げた。


「俺はマシューという。君は第一学院の学生さんかな?」


「あ、あなたたち……も、軍人」


 焦点がいまだ合わないスイクンはそれでも声がかけられた方向に顔を向けた。


「ああ、テレンジア教国の軍人さ。シュテルンには、まあ訳あって居るんだがどうしたもんか今日はあちこちで騒ぎが起きていてな。不気味な光が上がったから急いでここに来てみたんだが、申し訳ないことにどうやら君らにも迷惑をかけてしまったらしい」


「迷惑……。本当に」


 本当に、迷惑をかけられた。

 スイクンは首に穴が開いた教授に目を落とした。


「これも俺たちの仕事でね、ここで何があったのか聞きたいんだ。ついでにその剣をどうして君が握っているのかも、ね」


 マシューに指さされた剣に目を向けたスイクンに、ジャレンスを斬った時の手に残る感触が呼び起された。


 スイクンは思わず剣を落とす。

 いつの間にか死んだ無機質な姿に戻っていた剣は乾いた音を立てて床を転がった。


「君には悪いんだけど、ちょっと付き合ってもらえないかな? 話を聞くにもここでは、なぁ?」


「……」


 柔らかな言葉遣いではあるが、マシューの言わんとするところを察するスイクンは怯えて身構える。


「拒否権はない。これは命令だ」


「ゲイル……」


 怯えるスイクンに強い言葉をぶつけるゲイルにマシューは頭に手をやってため息をついた。


「まあ、そういうことだ。ごめんな、あいつはああいうやつで気遣いってものを知らないみたいなんだ。俺もゲイルにはよく怒られていてな、参ったもんだよ本当」


「そう、ですか」


 気さくな語りに、馴染みがなく恐ろしい対象であった軍人のマシューにスイクンは心をわずかに許しつつあった。


 立ち上がるスイクンは「すまんがその剣はこのケースに入れてもらえないか?」とマシューから剣の大きさ丁度のケースを受け取った。


「教授の遺体は?」


「君はメイビス博士のところの学生だったのか。メイビス博士はこちらで丁重に弔おう」


「お願いします」


 マシューは一つ頷くと「行こうか」と先導し、廊下を出た。

 スイクンはテレンジアの軍人に囲まれながら校内を歩くことになる。マシュー以外の軍人、特にゲイルからは厳しい視線を向けられながら廊下を進む。


「お、おいスイクン!」


「スイクン、その恰好どうしたの? それにこの人たちは……」


 途中カイとタリアに出くわしたスイクンは申し訳なさそうに顔を伏せると、


「ごめん二人とも。ちょっと行ってくるよ」


 とだけ残して第一学院を後にした。




 場所は変わって、そこはシュテルンの街の一角にある建物の中。

 街に溶け込むようにしてテレンジア教国軍の施設があった。スイクンが連れられ中に入ると、応接室に通される。


「座ってくれ。今なにか飲み物を持ってこさせるが、なにがいい?」


「なんでも構いません」


 スイクンがソファに座ると、テーブルを挟んで向かいにマシューとゲイルが座った。

 二人の後ろにはもう二人控えており、しばらくするとティーポットとカップが持ってこられた。


 マシューがポットを手に取りカップに注ぐ。香気が広がるカップをスイクンの前に差し出すと自分たちのカップにも注いだ。


「中身は紅茶だよ。これで少しは気分が和らげばいいんだが」


 湯気が立つカップをじっと見つめるだけで手にしようとしないスイクンの様子を見たマシューは「まあ、そうだわな」と小さく呟くとカップを手にして口をつけた。


「毒は入っていないさ、安心してくれ」


 マシューがスイクンに微笑みかけると、肩肘張っていたスイクンの緊張が和らぐ。

 紅茶がマシューの喉を通った様子を確認したスイクンもまた、彼に倣ってカップを手にとり紅茶を口にした。


「まあ、カップに毒を塗ってしまえばそれまでなんだけどな」


「ブフッ!!」


 口に含んだ紅茶を思わず噴き出したスイクンに、マシューは「冗談だ、冗談」と笑いながら膝を叩いた。


「……マシュー、お前の冗談で俺の顔がそいつの紅茶でびしょ濡れになってしまったんだが、俺は誰にどう責任を取ってもらえばいいんだ?」


 ジト目で横のマシューを見ながらハンカチで自身の顔を拭うゲイル。


「……すまん」

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