第9話
〇
「これがノーカラーご自慢の勇者殺しの兵器だというのか? なんともセンスがない代物だな」
勇者殺しをその手に握るヴァレミーが嘲笑を浮かべながらその輝きのない無機質な鈍らを見下ろす。
ヴァレミーもまたその真価を見ていない一人で、このご時世に近接戦闘の場面でしか扱えない武器を肝いりで製造していたノーカラーの神経を疑った。
「とはいえ、これがなければやつらも困るんだろう? だったらそれだけで奪った価値があるというものだ」
ヴァレミーは持ってきていたケースに勇者殺しをしまうと三人との合流地点に向かって駆けだす。
研究室の職員は全て処理したが、騒ぎを受けて警備兵やテレンジアの軍人と思われる人間が多数駆けつけてきていた。
合流地点となる広場に到着したヴァレミーは、すでにその場所に立っているレイの姿を見つけ忌々しそうに舌打ちを漏らす。
(あいつの方が早かったというのか。どこまでも気に食わん)
「時間に間に合ったようだなヴァレミー」
「当たり前だ! 貴様こそ早かったようだが、そっちは守りが手薄だったようだな」
「うん? ……ああ。まあ、手間はかからなかったが」
「チッ」
ヴァレミーの皮肉がレイには伝わっていないようで、レイはヴァレミーの言わんとすることが分からず首を傾げながら答えた。
「残るはティルシーとジャレンスだが、そろそろ予定時間だ。二人は大丈夫だろうか」
「心配するな。あいつらも俺たちと同じスクールを成績上位で卒業しているんだ。ノーカラーを相手にヘマをするとは思えん」
「だといいが……。おっ、あれはティルシーだな」
レイが目を向ける先を振り返って見るヴァレミー。そこにはこちらに手を振りながら走ってくるティルシーの姿があった。そしてその手には当然目的物とされる勇者殺しが入ったケースがある。
「ふぅ……、間に合った。わたしが最後、というわけでもなさそうね。残りはジャレンスかしら」
「ああ」
「ふんっ、貴様もなんとかギリギリ時間には間に合ったようだな」
そうぶっきらぼうに言うヴァレミーだが、内心は同朋が無事戻ってきたことに安堵しているようで、僅かながら口角が上がっていた。
「どうせあんたは今回もレイに負けたんじゃないのぉ?」
「うるさいぞティルシー!」
いつものごとく二人が言い合う中、レイだけはジャレンスが潜入した第一学院の方角と時計を交互に見つめていた。
(……遅い。予定時刻になったというのに一向にジャレンスが戻ってくる気配もない)
だが予定時刻になった。この後のプランは街が警戒態勢を取る前に撤退する予定となっている。
先に自分たちは撤退しよう、ジャレンスも遅れて街の外で合流できるはずだろうとレイが二人に指示を飛ばそうとしたそのときだった。
「「「っ!?」」」
第一学院から天に伸びるように赤い一筋の光が昇った。
真っすぐ青空に伸びた赤い光はすぐに何事もなかったように消え失せ、それを目にしていたシュテルンの住民もすぐに興味をなくして目を外す。
だがレイたち三人は違う。
それまで他愛もない雑談をしていたヴァレミーとティルシー、そしてジャレンスの帰りを待つレイの顔が一瞬で強張った。
「うそ、でしょ……」
呟いたのはティルシー。その目は動揺に細かく揺れる。
「間違いない、あれは任務に失敗した際に上げる信号弾だ……」
「ジャレンスが失敗だとっ! 何かの間違いじゃないのか、あいつがノーカラーなんかにやられるなどあり得るものか! おい、レイ! 今すぐにジャレンスのところへ向かうぞ!」
第一学院に駈け出さんとするヴァレミーの肩を掴んで待ったをかけるレイ。その表情を曇らせながら落ち着いた声色で話す。
「……だめだヴァレミー。もう時間を過ぎている」
「貴様っ!」
肩にかかるレイの手を振りほどきながら食ってかかるヴァレミー。
「ジャレンスが失敗したというのなら尚更ここから早く離れなければならない。兵士の多くが第一学院に集中していくだろう、そんな中俺たちが飛び込んでいけば自爆行為もいいところだ」
「……レイ」
淡々と話すレイだが、その眉間にわずかにしわが寄っているのに気づいたティルシーはレイの心情を理解した。
「だからといって! 貴様のいうところの大事な同朋だぞジャレンスは! スクールの同期でもあるというのに貴様というやつはどこまでも自分が! 救援に向かって自分の評価に傷がつくのがそんなに怖いか! ええっ!」
それでも昂りが治まらないヴァレミーはレイの胸元を掴んで額が触れ合うほど詰め寄ると怒りに震える瞳でレイを激しく睨んだ。
「ヴァレミー、やめなよ」
横からのティルシーの静止の声もヴァレミーには届かない。
「ヴァレミー、俺たちはシルバン公国の国民の平和な生活を守るために動いている。ジャレンス一人のための救出行為で全公国民に危機が生じてしまうことはあってはならない。老若男女多数の公国民とジャレンス一人の命、天秤にかけるまでもないだろう」
レイは睨み返すわけでもなくただただヴァレミーの瞳を見返す。
二人は無言のまましばらく見つめ合うと、ヴァレミーが折れて「分かった」と胸元を掴んでいた手を解いた。
「スクールのエリート様は言うことが違うな。だが、この借りは絶対に返す! ジャレンスをやったノーカラー、そいつの首は必ず獲るからな」
「……分かっている」
ヴァレミーは一人先に歩き出した。
その背中を見つめるレイにティルシーが歩み寄り声をかける。
「レイ……」
「大丈夫だティルシー、ヴァレミーの気持ちは俺だって理解している。俺だって何も分からないわけじゃないさ」
レイはティルシーに「行こう、隊長が待っている」とほほ笑むとヴァレミーの背中を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます