生命の水

うさだるま

生命の水

蝉の声が耳障りな、蒸すような暑い日。

俺は大学が夏休みに入り暇をしていた。

バイトもしていたが、先月、もめてやめてしまい、本当にやる事がなく、『起きて、食べて、寝る』という大変自堕落な生活をおくることになっていた。

そんな暇な生活をなんとなく、Twitterの鍵垢で呟いたのだ。

そしたら、すぐに返信が来た。

中学を卒業してからあってない「元」親友の翔からだった。


「じゃあさ。うちくる?今一人暮らしだしさ。」


俺は久しぶりの知人からの言葉を少し警戒したが、それも虚無で長い日常が消し去った。

暇すぎてどうでも良くなってしまった。

翔に返信をすると、トントン拍子で話が進み、気づけば俺は翔が住んでいるというアパートの一室の前まで来ていた。

少し汚れたインターホンを押すと、翔がドアの鍵を開け出てきて「久しぶり!元気してた?!入って入って!」と気さくに話しかけてくる。

記憶の中の翔は少し根暗な子であまり自分から話さない子であったのを覚えているのだが、ここ数年で彼も変わったのだろう。

部屋に入ると物が多いがキチンと整理された小綺麗な部屋だった。少し空気が乾燥している気がする。部屋の壁にはドアが二つとクローゼットが一つ、ついている。


「以外と綺麗にしてるのな。」

「失礼な!ちゃんと掃除してるっつーの!」

「はは、ごめんよ。」

「あ、そうだ。なんか飲む?」

「ああ、じゃあお願いしようかな。」

「実は最近、いい水を買ってさぁ?お前にも飲んでほしいんだよ。」

「いい水?」

「そう、なんか昔、エイリアンがどうとかUMAがどうとかっていう山からとれた凄い水なんだって!飲むと生命力がみなぎるんだよ!」


そう言うと翔が冷蔵庫から取り出してきたのは、『生命の水』とパッケージに書かれた、いかにも怪しいペットボトルだった。


「飲みなよ!かなりいいものだからさ!」

「おい、翔。それって何円だったんだ?」

「え?一本3,000円だけど?だから一箱3万円。十箱で三十万円!だけど遠慮なんかする必要ないよ!」

「馬ッ鹿!お前そりゃ詐欺だ!なんでこんなもん買ったんだよ!」

「詐欺だって?!失礼な!これが高いのは、幸せになる成分が詰まっているからだ!よく知らないくせに適当な事をぬかすな!」

「そんなわけあるか!」

「黙れ!黙って飲めばいいだろ!次、この水を馬鹿にしたら許さないからな。」


翔は完全に騙されている。以前よりも明るくなったと感じたのは何か宗教にはまって変わってしまったからなのだろうか。

長年あってすらなかった自分が目を覚まさせてあげたいと思うのはエゴなんだろうか。


「ごめん」


口を出たのは、謝罪だった。


「いいよ。わかってくれたんだったら。じゃあさ。仲直りして、ゲームやろうぜ!スマブラスマブラ!」

「ああ、そうだな。やろうか。」


翔は、先程怒ったことで、興奮したのか、床に滴るほど汗を流していた。

俺は翔の歪さを見て見ぬふりをして、そのままゲームで遊ぶ事にした。

翔は先程の水を飲みながら、激しくゲームをしていた。

久しぶりに友人とするゲームは楽しく、時間を忘れて楽しんだ。戦績は翔の方が少し良かったが、まあ俺はよく食らいついたと思う。

二人とも終わる頃には汗だくになっていた。

ゲームがひと段落ついたころ。俺はトイレに行きたくなって、翔にトイレの場所を聞いた。

翔が言うには右手にあるドアがトイレらしい。

俺は少しゲーム中から我慢していたので急いでドアに駆け込んだ。


「ふぅー。」


トイレが終わり、外に出ようとすると、

「びちゃり、びちゃり」と外から音が聞こえる。

恐怖にかられるも、意を決して外へ出る。

そこには、先程より汗だくになっている翔の姿があった。


「どうしたの?そんな焦った顔をして?」

「いや、ははは。ちょっと体調悪いから帰ろかなって思ってさ。」

「ああ、そう?じゃあせっかくだからさ。これ、飲んでいってよ。」


そう言って、翔は『生命の水』を差し出してくる。


「え?いや、もう帰るんだけど。」

「いいから。飲んでいってよ」

「いい水なんでしょ?俺はいいかな。もったいないし、、、」

「遠慮しないで。飲んでいってよ。」


俺は直感的にヤバいと感じた。だが出口は翔の奥にある。俺は先程入っていたトイレとは別のドアを開けて、そこに逃げ込んだ。

そして強くドアをしめ、入ってこられないようにする。


「ふぅ、これでしばらくは大丈夫か」


安心して周りを見渡してみると

ドアの奥には天井から床まである水槽と、そこに入ってぐったりとしている翔の姿があった。


「え、、、翔?!なんで!」

「あーあ、入っちゃったか。」


ドアの向こう側から声がする。

すると、じわりとドアの向こう側から水が染み出してきて、それは次第に水流となり沢山流れ込んでくる。

そして、水は形作り、翔の姿になった。


「なんなんだ!お前は!」

「こういう生き物さ。じきに君もこうなる。ほら、飲みなよ。」


俺は無理矢理口を開かされ、『生命の水』を注がれる。

全て、口に入った時、水が胃から逆流してきた。

その流れはドアの下から形作られた翔のように、俺の力を奪いながら俺の形になっていく。

身体がもう、動かない。

意識、、、も、、、、、


「よし、上手くいったね。じゃあ身体はそこのなかに入れといてくれる?」

「ああ、分かったよ。翔。」

「じゃあ、そろそろ。時間だし帰ろうか。」

「ああ、そうだね。帰るわ。」

「あ!待って!これ!持ってって!お隣さんとかにお裾分けしてきていいから!」

「ああ、『生命の水』ね。了解。みんな喜んでくれるだろうからね。」


俺はやる事ができた。

外はもう涼しくなっていた。


(完)




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