なっちゃんの机 はるちゃんの机

幸まる

なっちゃんの机、はるちゃんの机

ボクは、この春小学校に入学する、なっちゃんのために購入された学習机だ。

相棒の回転イスと一緒に、今日、家具屋さんの大きなトラックに乗って、この家に運ばれて来た。



明るい二階の子供部屋には、花柄の黄色いカーテンが掛けられている。

部屋の隅に据えられたボクの隣には、四段の白い棚があって、そこにはなっちゃんの入学準備の新品文具達が並べられていた。


「やあ、こんにちは」

棚の一番下に、すっぽりと収まっていたピカピカのランドセルが声を掛けてきた。

相棒の座面と同じ、すみれ色だ。

「君達が来るのを、ずっと待っていたんだよ」


ボクも笑って答える。

「ボク等も早く配達して欲しくて、うずうずしてたんだ」


「早く君の引き出しに入れてもらいたいよ。ここは何だか落ち着かなくて」

まだ削られていない鉛筆達が、棚板の上を軽やかに転がって言った。

「なっちゃんが幼稚園から帰って来たら、皆を君の中に入れてくれるかしら」

自由帳が紙の端をパラパラといわせて、声を弾ませる。


道具達は皆一様に、なっちゃんが自分を手に取り、使ってくれることを想像して、ワクワクしているのだ。

道具は、持ち主に大事に使ってもらえることこそが幸せ。




その時、部屋の反対側の隅から、固い声がした。

「喜んでいられるのも、今だけだぞ」


声のした方を見ると、ボク等と同じような作りの学習机とイスがあった。

新品のボク等と違ってたくさんの傷があり、イスの座面は、ピンク色が日に焼けて白味掛かっていた。


「なっちゃんのお姉ちゃんの、はるちゃんの机とイスよ」

棚上に座っているくまの縫いぐるみが教えてくれた。

ボクは仲間がいることに嬉しくなった。

「ボク等の先輩だね。どうぞよろしく!……でも、今のどういうこと?」


ボクの質問に、はるちゃんの机がギシリと耳障りな音を立てた。

「キレイでいられるのは最初だけってことさ。油性ペンで落書きされたり、カッターで傷付いたり、シールやテープだってペタペタ貼られるし。見ろ、イスだってジュースこぼされてシミができてる」

はるちゃんのイスは、くるりとそっぽを向いた。

よく見れば、しゃげた座面には何かのシミがあちこちに付いている。

「お前等だって、すぐに傷だらけだぞ」


不穏な忠告に、棚の道具達がざわつき始めた。

はるちゃんの机は、棚の方にも向かって固い声を出す。

「お前等も他人事じゃないぞ。鉛筆も消しゴムも、小さくなったら引き出しの隅っこが居場所だ」

はるちゃんの机の引き出しが、勢い良く開く。

引き出しの奥には、短くなった鉛筆とガタガタになった小さな消しゴムが、浅い紙箱に入って集められていて、ゴツゴツと嫌な音を立ててぶつかり合った。

「そ、そんなぁ…」

自分達の先行きを想像して、新品の鉛筆達がカタカタと身体を震わせた。


「待って待って。大事に使われないって決まったわけじゃないんだから」

ボクはわざと明るい声を出した。

「いいや、なっちゃんははるちゃんよりもやんちゃだぞ。どんな扱いをされるやら」

はるちゃんの机が追い打ちをかける。

「新品だからって、大切に扱ってもらえるとは限らないんだからな」

その声は、変わらず固い。

「そんなの怖い。イヤだよぅ」

道具達がそわそわと動くので、棚が揺れて、上段に置いてあったカラフルな筆箱が落ちそうになった。



その時、はるちゃんの机のデスクライトが叫んだ。

「いい加減にしなさいっ!」



しん、と部屋が静まった。

風でカーテンがはためいて、パタパタと小さく音をたてる。


デスクライトが溜め息をついて、ピカッと光った。

はるちゃんの机の小さな傷や汚れが照らされる。

「傷もペンの汚れも、はるちゃんがあなたの上で勉強したり工作したりして付いたんでしょう。短い鉛筆だって、延長ホルダーをつけてまだ使っているじゃない」

デスクライトが再び溜め息を付く。

「シールだって、『机さんにお気に入りをあげるね』って、一番大事にしてたやつを貼ってくれたんじゃないの」


え? そうなの?


ボクは、光に照らされた所を見た。

はるちゃんの机の、小さな傷だらけの天板の端に、光るピンクのハート型シールが、キレイに並んで貼られている。

はるちゃんの机が僅かに縮こまる。

「こんなにはるちゃんに大事にされているのに、新入りさんを脅かすなんて。一体どうしたっていうの? 昨日まで仲間が増えるって喜んでたじゃないの」

デスクライトの声に、呆れが滲む。

はるちゃんの机は黙って更に縮こまる。


「違うの!」

そっぽを向いていたはるちゃんのイスが、勢い良く回転してこちらを向く。

「私達はただ、心配で…」

思いがけない“心配”という言葉に、びっくりした。

はるちゃんのイスが、言い辛そうに続ける。

「君達の梱包を解いた時、ママが言ったの。『やっぱり新品はいいわねぇ』って」


うん。

確かにママは、さっきボクを撫でながらそう言った。


『やっぱり新品はいいわねぇ。キズもないし、座面はフカフカだし。はるちゃんももうすぐ中学生だもの、もう少し大きな机にした方が良いかしら?』



「…………もしも、はるちゃんもそう言ったらどうしよう…」

はるちゃんの机が、消え入りそうな声で言って、項垂れた。


ああ、そうか。

ボクは、理解した。

彼等は、大好きなはるちゃんがボク等を見て、『新品はいいね』って言うんじゃないかと急に不安になったんだ。

ママの言葉に同意して、もしもはるちゃんがボク等みたいなピカピカの机を欲しがったら。

そんな不安から、ついボク等に嫌な言葉を吐いてしまったんだ。


ボクは、何て言ったらいいのか分からなかった。

ただ、光を弾くキラキラのシールを見ていたら、温かいものがゆっくりと広がっていくような気がして、心配しなくても大丈夫なんじゃないかって思った。




「ただいまぁ!」


一階で明るい声がして、元気な足音と共に、満開の笑顔で女の子が部屋に飛び込んで来た。

この子がなっちゃんだ。


「わあい! なっちゃんの机だぁ!」

なっちゃんは幼稚園のカバンをポンと床に落として、勢い良く相棒に飛び乗ると、くるりと一回転した。

そして小さな手でボクを撫でる。

それだけでボク等は胸がいっぱいだ。

「お姉ちゃん見て! なっちゃんの新しい机! いいでしょう?」

後から部屋に入って来たお姉ちゃんに向けて、嬉しそうにボクを撫でているなっちゃんが言った。

あの子がなっちゃんのお姉ちゃん、はるちゃんだ。


はるちゃんが、ボクを見てにっこり笑う。

はるちゃんの机とイスが緊張したのが伝わってきた。

「良かったね。なっちゃん、ちゃんと大事に使ってあげるんだよ」

はるちゃんはそう言って、自分のイスに丁寧に上着を掛けると、ランドセルをそっと机に置いた。


その時の彼等の顔ったら!


ボクも嬉しくて堪らない。

これからなっちゃんと過ごして、いつかボク等も傷だらけになったら、今日のことを彼等と話そう。

そして、思い出して一緒に笑いたいな。


『大切に使われるって、幸せだな』ってね!




《 おしまい 》

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