第13話

 耳障りで嫌な音がしていた。甲高く何かが軋むような音だ。

 扉を閉め切った整備ヤードで白の整備服に身を包んだ朝倉あさくら英輔えいすけは、しかめっ面をしながら、目の前にいる大きな鉄の塊を見上げていた。

「左腕の前腕部のシリンダーが歪んでるかもしれないな」

「もう少し動かしてみる?」

 朝倉の右耳にはめているイヤホンから麻生あそう琉衣るいの声が聞こえてくる。

 琉衣がいるのは、朝倉の目の前にいる身長4メートル弱の鉄の塊――装甲機人そうこうきじんのコックピットの中だった。装甲機人のパイロットである琉衣は、整備班の朝倉にお願いして普段から使っている装甲機人であるボクサーの点検をしてもらっていたのだ。

「何か身に覚えはあるか、琉衣」

「え、どういうこと」

「左腕前腕部だけに異音がするっていうのは、おかしいじゃないか」

「うーん、なんだろう。覚えてないなあ……」

「嘘つけ。この前の出動の際に、重工機人と取っ組み合いになったって言ってただろ」

「ああ、あれね……。そうか、あれか」

 琉衣はとぼけた口調で言うと、もう一度ボクサーの左腕を動かしてみせた。

 やはり、甲高く何かが軋むような嫌な音が、整備ヤード内に響き渡る。

「もういい、動かさないでくれ」

「わかった」

「左腕前腕部の修理が必要だ」

「すぐに治る?」

「わからん。パーツが壊れていたら、メーカーの工場へ送らないとダメかもな」

「えー、ちょっと音がするだけじゃん」

「そのちょっとの音が大きな故障を招くかもしれないだろ。もし、現場に出て動かなくなったりしたら大変なことになるぞ」

「それは、そうだけどさー」

 ふてくされた口調。コックピットの中で琉衣が唇を尖らせている姿が朝倉には想像できた。

 どこからか電子音が聞こえてくる。

 振り返ると壁に掛けられた固定電話が鳴っていた。

「はい、整備ヤードです」

「和泉です。麻生がお邪魔しているかと思いますが」

「ああ、いますよ。転送します」

 朝倉はそう言うと、転送用の番号であるボタンの1と3を押してから、コックピットにいる琉衣の無線チャンネルにつながる電話へと繋いだ。

「どうかしたの?」

「和泉さんから電話。転送する」

「あ、はーい」

 プツッという音と共に電話が転送される。それを確認を確認した朝倉は固定電話の受話器を戻すと、机の上に置いておいた自分のラップトップパソコンを使って、ボクサーの故障状況などをまとめたレポートを作り始めた。

 ボクサーの左腕前腕部に関しては、分解をしてみなければわからないがおそらくシリンダーの一部が破損しているだろう。そのシリンダーの交換はメーカーの工場に装甲機人を持ち込んで行う必要があるため、色々と面倒だった。シリンダー以外の部分の故障であれば、倉庫にある部品などを使って修理することも可能である。どちらにせよ、中を開けてみなければわからないため、当分の間、装甲機人ボクサーの使用は出来なくなる。ボクサーは琉衣が好んで使う機体だった。現在、東儀警備保障には三種類の装甲機人が配置されている。各二機ずつなので、計六機が存在しているということになる。この六機を操縦できるのは、麻生琉衣と藤間ふじまきみの二人の女性パイロットだけであった。装甲機人の操縦には国家第Ⅱ種特殊機人操作免許が必要であり、更には国家公安委員会から装甲機人の操作許可を受ける必要がある。装甲機人がそれだけ特殊なものであり、さらに言えば危険な存在であるということなのだ。

「出動だって」

 コックピットから降りてきた琉衣が朝倉に言う。

 琉衣の姿はすでにパイロットスーツであったため、あとは出動用の装甲機人に乗り込めばいいだけの状態となっている。

「このボクサーは使えないんでしょ?」

「ああ。これから分解して調査するつもりだから、無理だな」

「そっかー。じゃあ、ブルドッグで行こうかな」

「了解。すぐに準備する」

 朝倉はそう言うと、再び固定電話の受話器をあげて電話を始めた。

 電話を切ると、ヤードへ整備班が集まってくる。

 出動準備がはじまる。

「ブルドッグの電源を入れろ。八重樫にトレーラーを回すように言っておけ」

 整備班長の中嶋が怒鳴り声に近い大声をあげながら指示を飛ばす。

 琉衣は白い歯を見せて朝倉へにやりと笑った顔を見せると、ブルドッグのコックピットへと乗り込んで行くのだった。

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装甲機人 大隅 スミヲ @smee

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