06

 暗がりに少しだけ慣れた目に映る登一は、何を考えているのか判らない。無表情だからだ。

 それでも、この状況が決して楽観視出来る類のものではない事は、空気から感じ取れる。


「登一さん…、何故貴方がここに?」


 縫子は社長令嬢だ。言動からも箱入りめいた育ちの良さが窺えて、身内以外の成人男性と接する機会などほぼなさそうに見えたけれど。顔立ちはちっとも似てないが、親戚だったりするのだろうか。


「と、登一様……、言われた通り、満穂さんをお連れしました…」


 瑞穂の背後から、ドアを閉めた少女のおどおどと震えた声が聴こえた。階下からの機を織る音に紛れて消えてしまいそうなくらいか細い声。


「ご苦労。お前はもう出て行きなさい」

「あ、あの…っ、満穂さんとお話しましたが、親切で素敵な方とお見受けしました…。二人きりでお話をするだけですよね!? 酷い事はなさらないですよね!?」

「五月蠅いぞ、縫子。…お前は余計な事を言わず、余計な事を考えず、黙っていつも通り家に帰っていつも通りに過ごせば良いんだ」

「ッ、」


 殿方に口答えなどした事もなさそうな大人しい少女が、それでも満穂を案じて勇気を出したのだろう問い掛けに対し、登一の返答はあまりにも温度がない。ピシャリと言われた縫子の肩が怯えたように跳ね、は、と息を呑んだのが見なくても伝わってきた。

 登一の言い草は相変わらずキツい。命令するのに慣れた大店の若様らしい高飛車な物言いは、見るからに神経質な彼に合っているが、だからと言って年下の気弱そうな少女にこの態度はどうなのだ。

 縫子と登一の関係性は知らないものの、この短いやり取りだけで何となく予想は出来る。二人が知り合いだと判明した今、満穂の予想はあながち外れてはいないだろう。妥当と言えば妥当な組み合わせだと思う。――少なくとも、これと言って何の特徴もない華族令嬢でしかなかった満穂よりは、紡績会社の社長令嬢である縫子の方が、老舗呉服屋の若旦那には似合いだ。


「縫子。二度も言わせるな。僕は愚鈍な女は嫌いだ」

「……っ、」


 登一の言葉に傷付けられた縫子は、満穂に許しを乞うような表情を見せた後、頭を下げて背後のドアを開けた。


「縫子さ、」


 ――バタン、

 引き戸とは違う西洋風の開き戸を閉める音と共に、可哀想なくらい肩を縮めた少女の姿が消える。

 縫子にまんまと誘導されてのこのこと連れて来られてしまった満穂だが、二人の様子を見るに、縫子が登一に逆らえない立場である事など察せられる。まして縫子は大事に真綿で包まれて育ったのだろうと伺えるような、幼気で育ちの良い箱入りを思わせる少女だ。きっと周囲の人間は気立ての良い、優しい者達ばかりなのだろう。だからキツい登一の優しさも愛情も感じられない言動にビクビクして怖がってしまうのは無理もない。

 登一も年下の少女相手に大人げない。満穂にとっては一つ年下の彼は幼い頃からあまり変わっていない。成人したと言い張るのなら、弱い者を嬲るのではなく守れる男に成長していれば少しは見直したのに。

 階下では引っ切りなしにおよそ三十ほどの織機の音が響いてくるが、普通の家屋と違って工場として造られているこの建物は、一階の天井と二階の床の間の空間を通常の家屋のものよりも広く取ってあるらしい。恐らく、よほど大声や大きな音を立てなければ階下の人間には気付かれないだろう。まして機を織る事に集中していれば尚更。

 ふぅ、とため息が漏れた。朝から溜めていた家事を済ませた身体は、普段のタイピストとしての労働とはまた違う疲労感がある。せっかくのコロッケが完全に冷めない内に帰りたいから、早く終わらせてしまいたい。


「それで、何の御用です? あんな純真そうなお嬢さんを使ってまでこんなところに誘い込んで」


 内密に話したい事があるのだろうと結論付け、満穂は登一に向き直って問い掛ける。肩から手は離れたが、今度はその手が満穂の手首を無遠慮に捕まえた。


「……登一さん?」


 グイグイと奥へ引っ張られる。暗がりに少し慣れたとはいえ、初めて入る場所だしどこに何があるか判らず、足元がおぼつかない。

 登一は勝手知ったるとばかりに五十畳ほどのだだっ広い空間の三分の一ほど突っ切ると、適当に積まれていた座布団の山を片手で乱暴に崩して床に散らばし、突然満穂を座布団の海へ突き飛ばした。


「痛っ…」


 突き飛ばされた床は板ではなく畳であり、その上に座布団が何枚もあるのでそこまで痛くはなかったが、突き飛ばされた勢いで結構強めに肩や腰を打ってしまい、満穂は呻く。


「何をなさるの!」


 窓から外灯や月の明かりが差しているので、満穂の目にも周辺の様子がぼんやりと映り込んだ。

 二階の三分の二ほどのスペースには畳が敷かれていた。簡素だが女工達の荷物を入れる為の棚が右側の壁を背に並んでおり、風呂敷や鞄などが一つずつ納まっている。左側の壁には衣文掛けが並び、今は季節柄殆ど使われていないようだが、もっと寒い時期になればさぞかし色とりどりの羽織で埋まるのだろう。床に敷かれた畳の奥側は十二ばかりの長机が設置されている。苔色の座布団はチラホラ敷かれ、隅に幾つか重ねて積まれてあった。

 ここは恐らく女工達の休憩スペースなのだろう。昼や休憩時間に二階に上がって、弁当を食べたりお茶を飲んだりする為の。

 何をなさるの、と怯える心を叱咤して問うたのに、相手からの反応がない。けれど、背中や臀部を受け止める重なり合った座布団の感触に、ひたひたと嫌な予感がする。きっとこの嫌な予感は、満穂が気付かずとも兄がずっと抱いていて警戒した類のものだ。――直感的に今気付いてしまった。あまりにも遅過ぎる気付きだった。

 飲食店ではないけれど、ここも二階で、しかも階下からの機織りの音が煩くて、二階で多少物音がしようが気付かれ難い。

 満穂が体勢を整える前に登一が覆い被さった。手首を力ずくで押さえ付けられる。ゾッとした。背筋に冷たい汗が滲む。


「僕の妻は満穂、君だ。――ずっとそう思って生きてきたのに、あんな事で婚約解消して……僕は認めてない」

「…双方の家の決断です。正しく言えば、そちらの家から一方的に破棄されたものです。あんな事がなければ予定通り結婚していたでしょうが、今が私達の生きる現実なのですよ。……私と登一さんは、もう許嫁ではないのですから」

「認めてない。許してない。…満穂は僕のものだ! 僕の妻になる為に生きてきたくせに、婚約を解消して卒業した途端、出版社で男に混じって働いて、ハイカラで下品な洋装にうなじまで見えるような断髪……何の冗談だ? ちっとも僕の妻に相応しくない!」

「貴方の妻になる事はなくなったからです」

「……ッ、生意気な口の利き方だけは変わらない。塞いでやりたい、夫に賢しら口を叩く唇なんて…」

「自分の好きな事をやって、自分の着たい服を着て、自分のしたい髪型にしただけで、夫でもない殿方に文句を言われる筋合いはありません…!」


 押し倒されたような体勢に焦りを覚えるも、怯えを悟られまいと必死で虚勢を張る満穂の唇を、苛立ったように親指が擦った。撫でるというには乱暴な仕草は、「擦る」としか言いようがない。

 せっかく差した口紅を中途半端に拭われて、登一の白い親指に赤い色が移る。美しいのに、どこか不吉で退廃的な色の組み合わせ。


「退いて下さいませ!」


 押し退けたいのに、手首を押さえ付けられて上手く力が入らない。歯噛みする満穂の細い両腕を一纏めに左手だけで掴むと、数秒もしない内に何かで縛った。


「!?」


 いつの間にか、登一の着物がはだけて裸の胸や褌がチラチラ見えている。貞操の危機に焦って押し問答に神経を注いだ結果、空けた右手で帯を解いた事に全く気付かなかった。彼の帯で手首を拘束されたのだと判り、満穂は益々蒼褪める。

 自分より背が高くなり、力も強くなった。見た目は相変わらず細くてなよなよしいけれど、彼はもう成人した立派な殿方だ。チビ助だった幼少の頃とは違う。

 婚約したばかりの頃は、満穂の方が背が高かった。満穂は同年代の女子の中では比較的育ちが良く、スラリとしていて、女学校でも下級生から「お姉様」と呼ばれて憧れられていたような少女だった。一方、登一は一つ年下という事実を差し引いても、彼は同年代の男子と比べても明らかに小躯だった。

 初めて対面した時、登一は一つ年上の許嫁が自分より頭一つどころか二つ分は高い事に忌々しそうな表情を見せた。舌打ちもされた覚えがある。初対面がそうだったし、それ以降も彼は素っ気なく、満穂は登一にずっと好かれていないものだと思っていたのに。

 さっきの言い分ではまるで、満穂を妻に迎える事に異論も反発もなかったどころか、寧ろ妻に迎える事に乗り気だったようにしか聴こえず、満穂は訝しく思いながらも登一を見据える。するとまたしても強めに親指で唇を擦られ、その感触に奥歯を噛み締めた。何となく、抉じ開けられそう、と危機感めいたものが働いて。


「満穂は僕の妻だ。僕以外の妻になる事も、僕以外の男と懇ろになる事も、お前にそんな道はない」


 登一の顔が近付いてくる。咄嗟に顔を背けたが、無理やり顎を掴まれて正面に戻される。


「やめっ…、」


 唇が重なった。



「んっ…、ぅ…」


 接吻されるのは初めてではない。登一以外とした事はないけれど。

 許嫁だからという理由で、十五で奪われたのが満穂のファーストキスだった。

 十四になったばかりの登一は、その頃ようやく満穂と目線が合うくらいには背が伸びていて、力も少しだけ強くなっており、恐らく精通を迎えたのもその頃なのだろう。身体の成長が著しく、好き嫌いが多いせいか周囲の同年代の男児よりも小柄で青白く病弱だった彼が成長期を機に男としての自信が付き始め、登一は段々と満穂への欲求を隠さなくなってきていて。

 ある日、満穂を漆喰の壁に追い詰めて強引に唇を重ねた。

 元々政略的な婚約だし、お互い好き合っていなくてもいずれは夫婦になる事は決まっている。結婚前だが接吻相手は許嫁なので不貞行為にはならない。そんな事、理性では判っているのだ。だから受け入れた。

 ……けれど、本音を言えば。満穂とて年頃の娘で、恋だの愛だのに憧れる、少女向け雑誌の連載小説や恋の相談コーナーを毎月ドキドキワクワクしながら読み耽るくらいには普通の少女で、初めての接吻にも多少は夢を見ていた。そんな期待を抱いたところで、許嫁は一つしか違わないのに癇癪持ちで神経質で随分と気難しい、子供っぽい男の子。夢も期待も打ち砕かれた。

 せめて少しでも心を通わせて、仲良くなれていたらまだ違っただろうか。相手の瞳に恋慕などなくても、せめて未来の妻になる満穂への愛情か労わりだけでも浮かんでいたらまだ違っただろうか。

 けれど現実は甘くなく、満穂は嫌がる事も出来ない立場で、ただ思春期特有の劣情を抱いた許嫁と二人きりの時、唇を押し付けられたのだった。


『もうすぐ満穂さんの誕生日だろう。西洋では元旦ではなく誕生日に一つ歳を取ってお祝いして、贈り物をするらしい。――そうだ、登一。裏の蔵の中に仕立てる予定がまだない反物があるから、好きなものを一つ満穂さんに選ばせてやりなさい。誕生日までに仕立てておこうなぁ』


 登一の実家の呉服店には、月一でお邪魔していた。花嫁修業の一環だ。

 満穂は大店に嫁ぐので、登一の母から女将としての心得や従業員達の差配など、色々教わっていた。そんなある日、登一の父が秋生まれの満穂に、「蔵の中から好きな反物を一つ持って行って良い」と朗らかに気前の良い事を言った。

 満穂は最初こそ遠慮したものの、あまりにも遠慮が過ぎると下の者からもナメられて嫁いでから苦労するよ、という兄からの忠告を思い出し、前言撤回して有難くその厚意を受け取った。

 登一の案内で初めて蔵に入ると、漆喰で固められた蔵の中、虫が湧かないよう時々天日干しするのだという反物をしまった箱が幾つもある。

 その中から、満穂は秋らしい大和柿を選んだ。仄かにくすみがかった明るく柔らかな色は上品で肌馴染みも良く、女性に人気の色合いだ。その大和柿の優しい地色に、淡い色使いで花菱の絵付けがされている。若々しいので大人になったら似合わなくなるかもしれないが、もうすぐ十六になる満穂の少女らしさを彩ってくれるような。

 この反物で付け下げを仕立ててくれるらしいので、満穂はウキウキしながら反物を両手でしっかり持った。

 目的を果たした満穂が蔵を出ようとしたら、登一は何故か奥へと誘い、隅に追い詰められた。一体何がしたいのか判らないままに、何となく怖くなってギュッと胸の前で反物を抱きかかえる満穂の顔を覗き込むようにして、何も言わずいきなり唇を押し付けた登一は、勝手に接吻した後も何も言わなかった。言い訳も、愛の言葉も。

 だから満穂も、誰にも何も言わなかった。……言えなかった。

 綺麗な反物を見付けて嬉しく湧き立っていた心は、ぐ、と強めに押し付けられる唇の感触に、自分の気持ちなど無視した一方的な接吻に、瞬時に委縮して悲しさで塗り替えられてしまった。目尻に浮かぶ涙を堪えて震えながら受け入れるしかなかった。

 唇を抉じ開けろと舌で舐められた時、ゾッとして思わず肩を強く押し返してしまったが、「満穂は深窓の令嬢だから怖かったのだろう」と自分の都合の良いように解釈した登一は舌を割り込ませる事はせず、何度か唇をぐむぐむ押し当てるような口付けを繰り返してからそっと顔を離した。満穂を壁に追い詰めたまま。

 そんな事があってから、二人きりになった途端何も言わず度々口付けするようになった登一は、大人しく受け入れる満穂が自分を好いていると思い込んだのかもしれない。満穂は許嫁という立場からくる諦念と義務の心で目を閉じて唇を奪われていただけに過ぎないのに。



「う……、ゃ、やめ、て…っ……」


 下手に大声を出そうと口を開けてしまえば舌を入れられそうで、出来るだけ薄く口を開き、くぐもった声で拒否を伝えるだけで精いっぱい。

 力も背丈も、もう出会った頃とは違う。満穂より身長が伸び、男としてそれなりの力がある登一に、押し倒されて手首を帯で拘束されてしまった満穂が敵う訳がなく。


「んっ…んんーっ」


 不意に、胴の締め付けが緩んだ。胸元が僅か涼しくなり、帯が解かれたと瞬時に察して満穂は身を捩る。

 どうして愛のない元許嫁にここまで執着するのか、満穂には全然判らない。愛がないと思い込んでいるのは自分だけだという事に、聡明なはずの満穂はいつまでも気付けないでいる。

 それだけ婚約期間の登一は、満穂に対して甘くも優しくもなかったのだ。登一の自業自得ではあるけれど、それが何も判っていない満穂の言動や表情に出る度、登一の苛立ちに拍車を掛ける。

 黒髪と笑顔の美しい、清楚で凛々しい年上の許嫁。ずっと自分の妻になるのだと信じて疑わないまま、登一は彼女を自分の所有物として扱っていた。いずれ夫婦になるのだからそれをしても当然だと思っていた。接吻する時も一々伺いを立てなかったのは、自分のものである女に口付けるのに許可を取る必要がないと思っていたから。

 そして登一は愚かにも、双方の意思を無視した婚約破棄の上、今度は六つも年下のまだ子供と呼んでも良いような少女が新たな許嫁になった今も、満穂と自分の気持ちは通じ合っていると思い込んでいた。……つい先日までは、本気で。

 満穂の帯を解く。今日の彼女は久し振りの着物で、その恰好が呉服屋の若旦那である登一の満足感に火を点けた。いよいよ貞操の危機を感じた満穂が身を捩って逃げようとするが、登一はそれを全身を使って抑え込む。体術は不得手だが、女一人くらいなら非力な登一でも抑え込める。


「満穂。僕は満穂を妻にする。…縫子の事は、まぁ、どうにかするさ」


 勝手な言い分に、満穂の目に怒りが灯る。縫子が登一を異性としてどう思っているのかまでは流石に判らないけれど、縫子を何だと思っているのだ。

 みっともなかろうがなかろうが、好きでもない男に、唇に引き続いて貞操まで奪われるのは御免だ。ジタバタと抵抗する満穂の激しさに、とうとう唇が離される。

 身体を暴かれるなら、妻になれなくてもせめて恋した殿方が良いと願うのは、そんなに我が儘な願いだろうか。

 婚約が破棄になり、華族令嬢とは到底呼べなくなった立場だからこそ得られた自由。仕事も、服装も、髪型も、夢も、……恋も。

 両手でがばっと胸ぐらを大きく開かれて、鎖骨や乳房の裾野が登一の眼前に曝け出される。


(助けて…っ、たすけて、加地さん…!)


 咄嗟に脳裏によぎったのが、いつでも優しく守ってくれる兄の圭祐ではなく、気前が良く頼りになるが何を考えているのか判らない同僚で恩人である事に、何の疑問も抱かずにその名を心で叫んだ。

 本当に彼がこの場に現れて助てくれるなんて、流石に期待していない。そんな奇跡、万が一でもなければ起きないだろう。

 なのに。

 ――パシャッ、


「「!?」」


 突如、月明かりだけで薄暗い室内を、眩しい閃光が一瞬だけ走った。

 たったそれだけの光なのに、目が眩む。夜の雨の中、激しい雷が落ちた時と似ている。

 その一瞬の隙を突くように、自分に覆い被さっていた登一の横顔に飛んできた何かがぶつかった。


「痛っ…!」


 ドサッと横に倒れた登一はこめかみを押さえている。早くこの男から離れなければ、と思うのに、満穂の身体はビックリし過ぎたのか硬直してしまって動けない。

 だから、顔だけ動かした。縫子が閉めたはずのドアはいつの間にか開いている。外はすっかり夜の色に染まっていて、ドアが開けられた事にも気付かなかった。

 驚きと混乱と恐怖で立てない満穂に速足で歩み寄って来る長身。団栗色のズボン、しっかり糊の利いた白いシャツ。背広を脱いでいるので、白シャツの肩にサスペンダーの黒いベルトや寫眞機キャメラのストラップが食い込んでいるのも見て取れた。


「満穂さん! 無事だったか?」

「……かじ、さん…?」


 脳裏によぎって、兄よりも先に助けを求めた人。

 あられもなく乱された満穂の胸元に、左腕に引っ掛けていた背広を広げて被せてくれる。いつものような余裕のある風情ではなく、必死さが募る真剣な顔だけど。

 それでも、見間違える訳がないのだ。その紳士は紛れもなく、同僚で恩人の篤正なのだから。

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