第5話 彰のお願い

「お疲れ様。どうしたんだい、そんなに慌てて」


 魔法道具預かり銀行「カンテラ」に戻ってくると、ジュラーネは「いてて」と腰を押さえながら店を掃除していた。


 彰は、彼女の真正面に立つと、深々と頭を下げる。


「リズルさんの薬研、一時的にでもいいから返してあげてほしいんです」

「何だって?」


 彼は理由を説明した。薬を待っている人が要るから、その道具が必要だ。これで薬が売れるようになれば、きっとすぐにお金も貯まって返せるはずだと。


「んなこと言ったってね。お金を返してもらわなきゃ物は返せない決まりなんだよ。それを破ったら、他の預けてる魔女からしても不公平だろ? 大体、貸したお金が返ってくる保証もないじゃないか」


 確かにそうだ。無理なことを言ってるのは間違いない。


 それでも、リズルのあの寂しそうな表情を思い出すと、どうしても頼みたかった。


「もし払えなかったら、俺がドアの修理費に加えてもっと働きます。掃除でも何でもやります。だから、お願いします」


 その言葉に里琴は驚く。だが、もっと驚いたのはジュラーネだった。目を大きく見開いていた彼女は、程なくしてニイッと歯を見せる。


「そこまで言うんなら、アンタを信じてみようじゃないか。チャンプス、運んでやりな」


 ジュラーネはまた手を払うような仕草で奥から薬研を持ってくる。そしてその道具に手を触れて小声で何か唱えると、みるみるうちに形が変わっていき、やがてチャンプスでも持てそうなくらいの丸い球になった。


「ったく、何を言い出すのかと思ったらまたあそこまで行くのかよ……まあいいや、お前ら、さっきより飛ばすぞ」

「ジュラーネさん、ありがとう!」

「私からも、ありがとうございます!」


 二人はお礼を言って、先に箒に飛び乗ったチャンプスの後を追う。後ろで、キシシッという笑い声が聞こえた。



 ***



「これ、使ってもいいの……?」

 リズルは信じられないという表情で、彰たちの報告を聞く。


「うん、ジュラーネさんを説得したんだ。一大事だから貸してくれって」

「そうそう、オレも説得に協力したんだぜ」


 本当のことは言わずに、彰はリズルに薬研を渡す。球状になっていたそれは、またみるみるうちに姿を変えて、元の道具に戻った。


「リズルさん言ってましたよね、『薬作らなくても、生活はできるし』って。確かにそうかもしれないけど、でもやっぱり、俺は薬作ってほしいです。きっと、それが一番好きなんだと思うから」


 彰の言葉に、リズルはキュッと唇を結んでから深く一礼した。


「二人ともありがとう、それにチャンプスも。私、さっきの子の家に行ってくる! あ、その前に材料や道具取ってこなきゃ!」

「私、運ぶの手伝います!」

「俺も俺も!」


 こうしてリズルの家に行き、彰たちは見たこともない草花や動物の角を持って、病気の子の家まで行く。「何の動物?」と訊くと、「ユニコーンよ」と教えてくれた。


「お待たせしました、薬用意しますね!」


 金髪のお母さんが待っていた家に到着してすぐ、キッチンを借りて薬を作っていく。真っ白な角を薬研で磨り潰して粉にした後、草花をゴリゴリ押して出てきた紫色の汁を混ぜる。

 それをボウルくらいの大きさの黒い壺に入れ、ピンク色の液体を足した後、火で煮詰める。作業しているときのリズルは、二人から見てもとてもいきいきしていた。


「よし、これを冷ましたら完成ね」


 深さのある小皿に注いだのは、あの色を混ぜてなぜこんな色になるのか、という真っ青でドロドロとした液体。見た目で怪しむ人がいるのも頷ける。


「飲ませ……ますか?」


 リズルはおそるおそる、母親に渡す。「こんな気味悪いもの要らない」と言われたらどうしよう、と考えているのかもしれない。皿を持つ手が、微かに震えていた。


「ありがとうございます、飲ませてみます」


 ベッドで横になってうなっている男の子の口元にさじで運ぶ。ほぼ目を開けてないことが幸いし、嫌がらずに飲み込んでくれた。


 二、三口飲み込んだところで、キュッと瞑っていた目から力が抜ける。やがて、安らかな寝顔に変わった。


「これで大丈夫だと思います。また起きたら飲ませてあげてください。肺炎を予防する効果もあるので」

「ありがとうございます。本当に、助かりました」

 ホッとしたような母親の表情を見て、リズルも胸を撫で下ろした。





 薬代ももらい、道具をリズルの部屋に戻して、二人はカンテラに戻ることになった。


「今日はありがとう、アキラ君、リコちゃん。チャンプス、薬研、少しの間使っていいの?」

「ああ、まあジュラーネには言っておいたし、金さえちゃんと返してくれればオレも文句はねえよ」

「分かった。私ももう少し自分で宣伝してみるわ。薬作るの、やっぱり好きだから」


 里琴が、リズルと握手した後にグッと親指を立てる。


「大丈夫ですよ、リズルさんならすぐに大繁盛の薬屋さんになりますよ! ね、アッキ!」

「うん、きっとなります!」


 彰も握手をしてからみんなで箒に乗り、ふわりと飛びあがる。高度がどんどん上がる中、彼女は何度も、二人に向かって大きく手を振っていた。




「ったく、あれで薬が効かなかったらと思うとヒヤヒヤしたぜ」


 空を飛びながら、チャンプスがかぶりを振る。でも、正直なところ、彰は全く不安になっていなかった。リズルさんなら出来るだろうという、不思議な確信があったから。


「ところで、最後にアキラ、変な薬もらってただろ。あれ何だ?」

「なんかジュラーネさんにだって。腰痛に効くからって」

 大魔女が腰をさすっていたのを思い出す。


「へへっ、さすが薬のプロだな。よし、急いで持ってって喜んでもらうぞ!」


 チャンプスがそう叫ぶと、箒は呼応するようにスピードを上げる。彰と里琴も、ジュラーネさんに今日の話をするのを楽しみにしていた。





 そこから二週間経った頃、リズルから貸したお金が全額まとめて送られてきたのは、また別のお話。


 <了>

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魔法道具の預かり銀行 六畳のえる @rokujo_noel

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