第4話 薬を作らないでも

「見て見て、アッキ! 飛んでる、私たち飛んでるよ!」

「おう、ホントにな」

「いやっほおおおおおお! 久々に乗ったけど、やっぱりジュラーネの箒は速いぜ!」


 テンションの高い里琴とチャンプスに対し、彰はなるべく真っ直ぐ前を見ながら返事する。


 ジュラーネが用意した、行き先指定済みの箒。乗るだけで、落ちることなく目的地まで運んでくれる。ほんの少し前まで、彰も里琴たちと同じように思いっきりはしゃいでいたものの、一度下を見てしまったのだ。

 他の魔女とぶつからないようかなり高いところを飛行していたこともあり、落ちないと分かっていても少し怖くなった彼は、空を飛んでいる高揚感も冷めてしまった。


「よし、到着! リズルの家は確かあそこだ」


 一時間ほど西に向かって飛んだ三人が着いたのは、レンガ造りの家が並ぶ静かな町だった。民家の合間合間にパン屋や薬屋らしき建物があり、砂利の道で子どもたちが遊んでいる。近くに見える山には、果物らしきオレンジ色の実がなっていた。のどかで、それでいて寂れているわけでもない、住みやすそうな場所だ。


 坂道を先頭で歩くチャンプスは、一軒の家の前で止まった。造りは変わらないはずなのに、どこか古ぼけて見えるのは、長らくここに住んでいるからだろうか、それとも手入れしていないからだろうか。


「おい、リズル! オレだ、チャンプスだ!」


 爪をひっこめた手でドアの下の方をノックする。すぐに出てきたのは細身の魔女だった。黒い服に黒いとんがり帽子、帽子の横に花をかたどった真っ青なブローチを付けているのがオシャレだった。ジュラーネより明らかに顔立ちは若々しいのに、痩せているせいか随分老けて見える。彰は、友達のお父さんが太っていて若く見えたのを思い出した。


「なんだ、チャンプスじゃない。後ろの君たちは……向こうの世界の子ね、こんにちは」

 さすが魔女、感覚的に分かるらしい。彰と里琴は軽く会釈した。


「あれ? 利息は払ったと思うけど」

「ああ、さっき届いたよ。お前、薬研使わないのかよ。商売道具だろ」

 チャンプスの言葉に、リズルは静かに溜息をついた。


「仕方ないのよ、箒とか手放すわけにいかないもの。それに見たでしょ、この辺りじゃちゃんとした薬屋もできたしね。怪しくって、誰も魔女の薬なんか飲まなくなったよ。最近作ってないから、良い材料見つける腕も落ちてるかもしれないし、今のところは要らないよ。空飛んで荷物運んだり杖で部屋の片づけしたりしてしのいでるから心配しないで」


 リズルの言葉に、彰は悲しい気持ちになった。自分が得意だったこと、昔は喜んでもらっていたはずのことが、今はそうではなくなっている。それはきっと、とても寂しいものに違いない。


 その想いは里琴も同じだったらしい。彼女も慰めるように、言葉を投げかける。


「でも、リズルさんの薬を待ってる人もいるんでしょ?」

「ごく数名ね。あの人たちももう諦めてるかもしれないけど」

 里琴は、やや退屈そうに話を聞いていた茶トラ柄の猫に視線を落とす。


「ねえ、チャンプス。なんとかしてあげようよ」

「あ? いや、なんとかって言われてもよ。別にオレは魔法使いでもねえし」

「もう、肝心なときに困るなあ」

 毛を逆立てて「何だとお!」と叫ぶチャンプス。


「とにかく、私たちにできることをする!」

 そう言って元来た坂道を降りていく里琴は、振り返りながら「考えがあるの」と人差し指を立てた。



 ***



「リズルさんの薬、いかがですか! 魔女の薬はよく効きます! 病気を治すだけじゃなく、同じ病気にかかりにくくなる効果もあるんですよ!」


 砂利道を歩きながら、家々に向かって里琴が叫ぶ。その後ろで、彰も声を張り上げた。


「怪しい薬じゃありません! 大昔からある、伝統的なものです! リズルさんの薬、いかがでしょうか!」


 通りすがりの人たちが、不審な人を見るような目で二人を見つめる。最後尾に付いてきているチャンプスは「うまくいくのかよ……」と項垂うなだれていた。



 薬を大声で宣伝する。シンプルな里琴の作戦は、今二人が取れる最上策でもあった。印刷機というものはあるらしいが、高くて手が出せない。とすればチラシを作ったりすることはできないわけで、自分の声に頼るしかなかった。リズルを連れてこなかったのは、魔女の服装を見て余計に怪しむ人がいるかも、という里琴の配慮だった。



「リンコ、いつまでやる?」

「陽が暮れるまでやるわよ! だってかわいそうなんだもん、リズルさん。絶対薬作らせてあげたい」


 強い目で決意を口にした後、パッパッと首を振って黒髪のショートヘアを揺らす。そこへ、リズルがやってきた。宣伝している声が聞こえたのかもしれない。


「ちょっと、二人とも。そこまでしないでも大丈夫だから。薬作らなくても、生活はできるし」

「それは、そうかもしれないですけど……」

 里琴が言葉に詰まった、その時だった。


「あの、すみません。薬って用意できますか?」


 彰や里琴たちを呼び止める声。振り返ってみると、幼稚園児くらいの男の子を抱えた、綺麗な金髪のお母さんだった。子どもはゴホゴホと咳込み、ぐったりしている。


「お昼からずっとこの調子なんです。でも、今日はかかりつけのお医者さんが隣町に診療に行ってて……」

「大変! ちょっといいですか」


 リズルがスッと彰の前に出て、男の子に手をかざす。病気を診る魔法だろうか。


「肺炎、かな……ちょっと重くなってきてますね」

「もともと別の持病も持ってて……さっきその子たちが、魔女の薬がよく効くって言ってたので、もし作ってもらえるならと思って……」


 母親は心配そうに子どもを見た。はあはあと、息が荒くなっている。


「えっと、材料はあります。ただ……」


 潰す道具がないんです。リズルの言葉の続きは、聞かなくても分かっている。


 彰は自然と、チャンプスに「ねえ」と呼びかけていた。


「ジュラーネさんと話がしたいんだけど」

「あん? なら箒に乗れば帰れるぜ。スピードは調整できるから、行きより飛ばせば早く着くだろうな」

「アッキ、どうしたの? 何か用があるの?」


 首を傾げる里琴に、彰は少しだけ微笑んでみせる。


「リズルさん、ちょっとだけ待っててください。薬、作れるようにしますから」

「え? どういうこと?」

「君も、待っててね」


 苦しそうにしている男の子にも一言声をかけたあと、彰は里琴とチャンプスと一緒に箒にまたがる。帰り道は相当なスピードが出てたけど、ちっとも怖くなかった。

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