かえりみられぬものたち

深見萩緒

かえりみられぬものたち



わけもなく気持ち悪いと嫌われてなるほど虫に我と書くのか


ささやかでいやしいものを虫と呼ぶならば私もそしてお前も



兄弟の肉も無心に食い千切りテントウムシの生きるかなしさ


早春の霞を裂いてルリハムシ 朝を連れ飛ぶ空のきわまで


はごろもは青葉の色に色づきてつつけばぴょんと天へと帰る


長雨をしのぐに弱し深見草ふかみぐさ 紅緋のかげにひそむカナブン



さやけきはオオミズアオの羽根のあお 自販機の前たたずんだ夜


すきとおる翅脈を辿りヒグラシのゆくえを思う八月の暮れ


黒蟻が齧りて摂氏四十度 生まれた業が首筋を焼く


ポケットの中に死骸をにぎりしめ夏を憎んでのぼる坂道



食べて寝てひたすら食べて寝て食べてふくふく太る虫の愛しさ


西、東 どちらへゆくか迷いつつ蛹の夢は未来を泳ぐ


腹のなか那由多の銀河内包しセスジスズメは夜に羽ばたく


鳴く虫の鳴けぬおまえは草かげに眠る私がそうするように


冬夜蛾きりが飛ぶ師走の端にしがみつきわけもないのに足踏みをする



「六つ足も百足むかでも足が多すぎる」ごちゃごちゃ言うな二足のくせに


生きようが死のうが誰も困らない 誰かは困るきっと誰かは


生きているものは明日あすには死んでおり急ぐ輪廻を駆ける虫たち


死にたくはないが静かに消えたいと言ったおまえの肩にかげろう



手のひらを歩く命が愛しくてびろうどの背に口づけひとつ

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かえりみられぬものたち 深見萩緒 @miscanthus_nogi

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