問⑩【サヨナラの時間】

 とうとうこの時が来てしまったわけだ。

 ボクはどこかでこの時を覚悟していたような気がする。


「わたしにはわたしの幸せがある。なにが幸せなのか? それを決めるのは関川君じゃなくて、わたしなの」


 思えば彼女はいつも僕に二択を迫ってきた。

 たぶんだけど……僕はそのたびに彼女の望む答えを返していたのだと思う。

 だから僕たちは別れることなく同じ道を歩いてこられた。


 ボクはずっとそう思っていた。彼女も同じ気持ちでいると思っていた。

 だが人生はそんな単純なものじゃないらしい。

 

「勘違いしないで欲しいんだけど、嫌いになったわけじゃないの。だから今しかないの……サヨナラするのは」


 彼女はそっと右手を差し出した。


「今までありがとう関川君、とっても楽しかった」


 そう言って、彼女は穏やかに微笑んだ。

 もう彼女の答えは出ているようだった。

 最後の最後まで理由も言わないままに。


 ボクは差し出された彼女の手を見つめる。


 その手を掴めばサヨナラだ。

 掴まなければ…… 


 それが彼女の問いかけた最後の二択だった。


🌱🌱🌱


「ねぇねぇ、この二人別れると思う?」

「いやぁ、あと二話しかないからこのまま最終話まで行くでしょ」

「えー、そんな見方?」


並んだソファ。

彼女は温かいルイボスティーが入ったマグカップを口に近づけながら、ふふふと笑う。


登場人物の名前がたまたま一緒だということもあって見始めた金曜10時のこのドラマ。

残すところあと二話というところで、主人公は彼女に別れ話を切り出されてしまった。

「勝手な二択だよなぁ」

画面の中の関川君に同情してしまうのは、ボクの彼女も二択を迫るタイプだったからだ。


春と秋ならどっち?

グアムとフランスならどっち?


簡単な二択ばかりではあるけれど、どちらでもない時でさえ、どちらか一方を選ばなければいけない空気があった。

必ずしも選びきれない時だってあるだろ、と心の奥底に本音を隠したのは一度や二度じゃない。


「勝手かなぁ」

「勝手でしょう、突然理由もなくサヨナラしよう、別れようなんてさ」

「私がリサの立場でも別れようって言うわ」

「へ?」


リサというのは、ドラマの関川君の彼女の名前なのだが、この時のボクは、ドラマとの共通点が名前だけじゃないことに全く気が付いていなかった。


「第一話からずっと、リサは関川君と結婚したいってアピールしてるのに、関川君ちっともプロポーズしないじゃない!」


だ、第一話?

結婚?プロポーズ?


「いやいや、だってこれ、刑事ドラマでしょ。確かに関川君とリサは付き合ってる設定だけど、ストーリーの中軸は犯人探しなんだかr」

「全然っわかってない!」


ボクの言葉を遮った彼女は、第一話から今日放送された回までの、リサの行動にどんな意味が隠されていたか熱心に語りはじめた。


「いい?第一話で久々に同級生とお茶したシーン、あれ、リサ以外はみんな既婚者だったでしょ」

「え?そうなの?」

「そうでしょうが! 次っ!第三話!旅行先として選ばせた場所!」

「えーと、えっと、秋田と島根?」

「ぶー! 岩手と鳥取! あれは、二人の出身地でしょ! 実家に挨拶に行こうってことなの!」

「……え、えーーー」


そんなのわかんないよ、と嘆くボクに彼女は大きなため息をついた。


「相手の好きな季節に結婚式を挙げたいなとか、新婚旅行はどこがいいのかなとか、直球で聞けないから、会話に混ぜて調べてるの!それが空振りばかりだと、別れたくもなるよ!」


好きな季節と、新婚旅行……


……あれ、それって、もしかして


「私からも関川君に問う。さて、どうする?」


そう言って、彼女は穏やかに微笑み、そっと右手を差し出した。


「なんだよ、それ。めちゃくちゃカッコ悪いじゃん」


ボクは両手でその手を包んだあと、背筋を伸ばして言った。


『結婚してください』


🌱

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まりこ的『ハーフ&ハーフ』1 嘉田 まりこ @MARIKO

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ