問⑨【苦い思い出の話】
公園で僕たちは並んでブランコに揺られていた。
夕暮れが迫り、蝉が鳴いている。
今日はずっと彼女の様子が変だった。
だから人けのない静かな公園に彼女を誘ってみたのだ。
「関川君って、どんな子供だったの?」
「どんなって、まぁ、よく覚えてないかな。リア充ではなかったけど」
ハハハ、と笑う。まぁそれだけは断言できる。
明るくてかわいい彼女とは真逆の子供時代だったと思う。
「わたしはね、昔の自分が好きじゃないんだよね、今も思い出すとつらくなる」
「僕も昔にはいい思い出はないけどね」
「今でも関川君に話せないコト、話したくないコトあるんだよね」
なんか思い詰めた様子でそんなことを話してくる。
でも彼女、けっこう小さいことでも悩む癖がある。
なんだそんなことか、というようなことでも。
「僕は今のキミが好きだよ。キミといられて幸せだと思ってる」
「でも、本当のわたしは関川君が思ってるような人じゃないかも」
そう言って彼女はそっとため息をついた。
「ねぇ、関川君はわたしの昔の話を聞きたい? 聞きたくない?」
僕には彼女が抱えていたキズが見えていなかった。
いや、今が幸せすぎて、見ようとしなかったのかもしれない。
でもそれでいいと思う自分がいる。
過去はもう流れ過ぎたものだから。
僕は迷っていた……それでもどちらかを選ばなければならなかった。
🌱🌱🌱
『過去がどうであれキミを好きな気持ちは変わらないよ』
キミの告白を受けたあと、そんな言葉を返せた世界は存在しただろうか。
あの日、なんと答えたか、僕はいまだにハッキリと思い出せない。
……——
夕日が半分程地面に吸い込まれ、二人の足元に闇が近付いた頃、彼女は真っ直ぐ前を向いたまま高校生の時のことを話し始めた。
実は、彼女の高校時代について今の今まで何も聞いたことがなかったと、その時になって初めて気がついた。
「私、九條薬品工業の九條義辰の孫なの」
九條義辰という名前を聞いた途端、足元の闇が全身を飲み込む。
勘の鋭い彼女は、僕の変化を見逃さなかった。
九條義辰は、生涯許せない唯一の人物だったからだ。
「生まれた時からずっと、お祖父様は私を溺愛してた。娘である私の母に、顔もそっくりだったし、男孫ばかりの中でたった一人の女孫だったから」
彼女が九條という苗字でなくても、どうして今の今まで気がつけなかったんだ。
父が解雇され倒れたあの日、乗り込んで行った九條の屋敷に、セーラ服姿の高校生がいたことを確かにこの目で見ていたのに。
「関川君のお父様はよく知ってるわ。お祖父様の右腕として、かなり長く努めてらしたもの」
彼女の口調は育ちの良さを感じさせるものに変化した。今の今まで隠していたのか、まるで聞いたことのない声色と話し方だった。
「……僕の父は、ずっと九條グループのために尽くしてきた。それなのに、九條義辰は会社の不正を隠すため父を悪者にした」
僕の口調も、これまでと変わってしまった。父が倒れ、母は気を病み、穏やかで豊かだった生活が一変したあの日のことを、今でも忘れられていないからだ。
「私の罪はね……関川君」
……——
あの日と同じように蝉が鳴いている公園で、ブランコの鎖に手をかけた。
彼女とはあの日以来会っていない。
今や九條グループの若き後継者としてメディアに引っ張りだこの彼女を見ない日はないけれど。
「私の罪は、あの時、関川君のお父様が潔白だとわかっていたのに、それ証言しなかったこと」
私は知っていたの。
本当に悪いのは私の父だったこと。
彼女が世間で話題になっているのは、若くて美しかったからだけじゃない。
実の父親の過去の過ちを暴き、カメラの前で頭を下げたからだ。
許せたかと聞かれたら、正直わからない。
ただ、最近穏やかに笑う両親を見る機会が増えたように思う。
だから。
ありがとう、と一言だけ、ここに呟くよ。
🌱
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