第9話
「ごめんなさい。」
校舎裏に着いて、木下さんはそう言うと、一気に頭を下げた。
「私、色々と宮下ちゃんに迷惑かけちゃった。本当にごめんなさい。でもそんなつもりはなかったの。」
木下さんがゆっくりと顔を上げると、少し顔が赤くなっているのがわかった。木下さんは指を交差させながら続けた。
「だって……、ちょっと気まずかったから……。私が宮下ちゃんに好きって言ったの……。」
「……。どうして……、私なの?」
私はゆっくりと聞いた。
「……。優しいから。」
「私ちょっと人の事考えずに喋っちゃう事とかあるんだけど、宮下ちゃんはそれでも、優しく接してくれて……、委員会だって、私が勝手に指名したのにやってくれてるし……」
「今まで出会った人の中で一番優しいって思ったの。」
その一言にどきっとした。人に褒められる事なんてなかった。自分は駄目な人だと思っていた。だから、その言葉が本当に嬉しかった。
「そうしたら、今日は宮下ちゃんと登校で会えたりしないかな、学校でどんな話しようかな、もっと宮下ちゃんと関わりたいって思ったの。」
「これって紗夜ちゃんが好きってことでしょ?私、紗夜ちゃんがほかの子とずっと一緒にいるの想像できないし、したくないの。」
心臓の鼓動が激しく鳴り響き、胸がぐらぐらと暑くなる。思わず胸を握りしめてしまった。
「でも、前みたいなのは良くなかった。今回は不意打ちしないね。」
一呼吸おいてから、彼女は喋った。
「本当に大好きです。私と付き合ってください。」
その瞬間、私の身体がふわっと浮いたような気がして、胸の苦しさがじんわりと染み込んでいった。なんて答えればいいんだろうか、私には分からなかった。女性同士の恋愛っていいんだろうか、私は木下さんの事が好きなんだろうか。色んな気持ちが頭を駆け巡った。でも、一つだけ確かな思いがあった。
『彼女との関係を終わらせたくない。』
だから、私は、彼女の愛を全て飲み込んだ。
新入生歓迎会が終わった後、私達は最初みたいに、帰りながら雑談をしていた。
「宮下ちゃんって得意なスポーツとかあるの?」
「うーんと、水泳は得意かも。」
「へえ、水泳か……。泳ぎ、見てみたいな……。」
「木下さんは水泳得意?」
「……。私、あんまり体が丈夫じゃないから、全般苦手なんだよね……。水泳の授業も見学するつもりだし。」
「そうなんだ……。」
「私もいつかは、宮下ちゃんのように、すいすい泳げるようになりたいよ……!」
「私みたいにって……、見てないでしょ。」
「そうだよねー。あははー。」
何気ない会話をしながら、最初になかった繋いだ手を見る。木下さんはぎゅっと、小動物みたいに握りしめていて、可愛いと思った。手から伝わる熱は意外とひんやりとしていたけれど、それはあまりに私が熱いからだろうか。ちょっと照れくささが滲み出ていた。
「でさあ、宮下ちゃん! 今度の休日さ、二人で何処かいかない?」
「いいけど……、何処いきたい?」
「映画とかみたいなー。あと、洋服欲しい。」
「じゃあ近くのショッピングモールいこうか。」
「うん! 楽しみにしてるね。」
木下さんが嬉しそうにしている。それだけで何故か、心が落ち着いてくる。満足してくる。彼女を見ると……元気になれる。そう思った。
「じゃあ、私こっちだから。」
別れ道に着くと木下さんは私から離れていく。
「ばいばい! また明日ね!」
そう言うと、木下さんは背中を向いて、帰っていった。私はその後ろ姿をぼぅーっと見つめているだけだった。
六月の梅雨は彼女を嘲笑う 死神王 @shinigamiou
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