第28話 最低限度の生活
飛び込んだ先ではすでにハロルドとクリスが戦闘を始めていた。
全快だというのにクリスが若干押されているような気がする。
先ほどは見切ったと言っていたが、本当に見切っているのかもしれない。
まず私の目が追える速さで戦っていないので、詳細はわからないが、いつもはどんな敵にも必ず蹴り一撃で、終わらせていたのに、今はそれが何合も続いている。
かろうじてまだクリスが目立つような負傷をしていないことが救いか。
慣らしもできていないが、クリスに要望にあった遺物を寄越した方がいいだろう。
マジックバックに手を伸ばすと、空気のブレを感じ、反射で頭を下げる。
頭上を何かが通り抜けていくのを感じると、目の前に目を閉じた白翼騎士団団長のエバンがいるのが見えた。
マジックバックからクリスに使える遺物を取り出すのをやめて、透明マントを取り出し、被る。
エバン団長は間をおかずに斬撃を放ち、左肩に衝撃が走り、力が入らなくなる。
肩を外されたようだ。
派手に音を立てないように急いで、エバンから距離を取り、肩を戻す。
まだ痛みは続いているが、動く。
うまく戻りはしたみたいだ。
一度離れてみると、よりエバン団長の異様さが際立つ。
目は開いておらず、細い光の束のようなものが首元から伸びている。
その先をみるとマスキオ神父が小綺麗な顔に軽薄な笑みを湛えて、立っているのが見えた。
「ノイン。まだ間に合います。君も人の愛を知れば、また人の役に立てるようにやり直せるはずです。姿を表してください」
マスキオ神父はエバン団長を操り人形にしている姿がいかに胡散臭いかを理解しているのか、していないのか、わからないが、そう懐柔するように呼びかけてくる。
姿を見せた瞬間、あんな生きているのか、死んでいるのか、わからない状態に持ってかれるのは勘弁してほしい。
「匂いがするからまだいるのはわかっているんですよ。殿下を亡きものにしようとしているのは本当のようですし、あなたがこちらの要求を飲むまで、ここで足止めさせもらいましょうか。それが一番困りそうですしな」
どうやらこっちの狙いはばれているようだ。
急いでる時に限ってマスキオ神父から妨害が来るとは。
どうにかして彼を蹴散らさねばならない。
一応手があるにはあるが、仕掛けたと同時に悟られる可能性が高いため、タイミングが難しい。
バレれば、危険性から動けないように体をバラバラにされて、神聖術で生命維持だけされて、拷問小屋に連れて行かれる可能性がある。
そこまで行けば、どう転んでも生還するのは不可能だろう。
細心の注意を払って周りを見つめて、より安全に確実に無力化する手段について考える。
床が岩肌のようにゴツゴツとしているだけで、先ほど斬撃を受けた地点に少量の血がダンジョンにある僅かな光源を反射している程度だ。
マスキオ神父達の近くにある私の血を利用して、血に反応して爆発するエイブ石を爆発させる手を思いついた。
人族相手であれば、手足を吹き飛ばすくらいは可能だろうし、何よりこういう光源の薄い場所であれば、光沢がないエイブ石は視認することは難しい。
戦闘職でないマスキオ神父の目ならば、視認できる確率は極めてゼロに近い。
足をもいだ後のダメ押しとして、ガントレットを装着して光球の準備もしておく。
「魔王軍幹部はだいぶ手傷を負ってきているようですが、このままでいいのですか? 彼女が破れれば、あなたはここから出られずにここで朽ち果てるだけになりまずぞ」
マスキオは煽って、こちらが姿を表してくるように誘導してくる。
遺物があるのでここからならば単独でも脱出することはできるため、たいした揺さぶりにはならない。
光球が人の頭ほどに大きくなったのでそろそろ行動を開始することにする。
透明マントを被った状態でエイブ石を血のある地点に投げる。
エイブ石は光り、いきなり現れた光源に対して、マスキオ神父は硬直すると、爆発した。
土煙が晴れると、右足と右腕が吹き飛んだエバン団長と、エバン団長の剣が深々に顔に食い込んだマスキオ神父の姿が見えた。
光球を使う前に絶命したかと思ったが、マスキオ神父は剣の柄を掴み、自分の顔から剣を引き抜き始めた。
どうしてあれで生きていられるのか不思議でたまらないが、生きている以上は無力化するには光球を叩き込むしかない。
幸いなことに傀儡にされていたエバン団長は糸が切れた人形のようになって動かない。
音を隠すことなど気にせずに、マスキオ神父の元まで走っていくと、剣を半ばまで引き抜いているマスキオ神父の顔に光球を叩き込む。
頭と剣の刃が消失し、マスキオ神父は流石にぴくりとも動かなくなった。
後はクリスの元に向かって、遺物を渡すだけだ。
確か行動を阻害するのが、ハロルドに対して有効打を打ちやすいと言っていたので、マジックバックの中で念じて取り出すと鏡の首飾りが出てきた。
遺物を受け取るようにクリスに向けて命令を出して、首飾りを投げる。
横から投げて受け取りづらかったと思うが、クリスは器用に首を逸らすと輪投げの要領で、首飾りがクリスの首に入る。
すると見るからにハロルドの動きが遅くなった。
ハロルドも自分の動きが遅くなるとは思うのか、目を見開くとそこに間をおかずに、クリスの蹴りが入った。
そのままハロルドは吹き飛ばされると、マスキオの残骸たちとぶつかっても勢いが止まらず、床をぶち抜いて、そのまま階下に落ちていく。
クリスは跳んで移動し、さらに追撃をかけるかと思ったが、ハロルドが開けた穴を見下ろすと動きを止めた。
「前入った時にひかかった中層に繋がってる落とし穴に突っ込んでいたようだ」
中層ならば溶岩のフィールドとなり、状況がまた変わる。
普段ならそれだけのことでクリスは警戒はしないが、警戒をするところを見ると、ハロルドのことをそれだけ高く評価しているのだろう。
クリスにも透明マントを被せ、ガントレットを装着し直して、光球を用意するとクリスに階下まで降りてもらう。
普通に飛び降りているだけなので、前回ルイナに運んでもらった時よりも早く到達する。
見るとハロルド達は突っ込んでいたことで壁に幾度も当たっていたせいか、穴から離れて溶岩の間近に倒れており、衣服が触れて引火したのか燃え上がっていた。
燃えているが身じろぎをしないところを見ると完全に気絶しているというより、よく見たら頭が凹んでいた。
頭蓋骨がおしゃかになったのは確定で、あの様子なら中身も三分の一は潰れているだろう。
即死している。
「これで戦いは終わりか」
「まだだね。上に山ゴブリンと人族の大隊と魔族の大隊がいるから」
「だが決着がつくのに間に合うのか」
「微妙なところだけど、前回と違って、床を破壊して進めることはわかってるから大幅にショートカットができるし、間に合う可能性は大きいよ」
ーーー
壁をぶち抜いて大幅にショートカットを行なったおかげで、クリスがばてる代わりに、数時間ほどで地上にたどり着くことができた。
地上に出ると、門は破られておらず、無傷の山ゴブリンたちが見えた。
「お主ら戻ってきたか。こっちは異様に硬い上に、俊敏なやつがおったが、異物のおかげでなんとか仕留めることができた。そいつが敗れた瞬間に人族どもは小太りの中年を先頭にここから敗走していたわ」
どうやら騎士達を壁から先に止めた上に、団長としては最も実力が高いとされる蒼炎騎士団団長を討ち取ったらしい。
遺物があるといえど圧倒的にこちらの方が寡兵だというのに、よくやれたものだ。
「じゃあ、後は魔族だけか」
「人族が敗走したのだ。魔族にこれ以上戦う理由は存在しない。逃げ帰ったところを確認して、魔王軍も退却しただろう」
「じゃあ、これで終わりか」
不確定要素が多く、予測の付かなかった、戦争がやっと終わった。
ーーー
夜は宴だった。
私は血だの汚れだのが目立つ、ボロではあんまりだと言うことで、ルイナのお古ではあるが、ちゃんと職人が作ったである服を初めて着ることになった。
袖があるので若干窮屈には感じるが、寒さや裂傷を防ぐことができ、かなり便利なものだったので、ルイナにこれを買わせてくらないか、持ちかけると気分がいいようで、ただでそのままくれた。
「お主らもすでにこの村の住人じゃ。大いに飲み、食らえ」
ルイナはエプロン姿でやってくると、本人の身長の半分くらいあるような大皿を器用に4つも持ってきてそう言った。
近くにあるエールはエグ味が強くてとても飲めないが、その分豪勢なご飯が食べられた。
腹が膨れたせいか。
満足感と共に、やっと寝床ーー住む場所を手に入れられたことを確信する気持ちが強くなってくる。
とりあえずここに来て手に入れらなければならないものは手に入った。
これで最低限の生活できる程度の安全が保障された。
奴隷の頃とは考えられない生活の充実だ。
制限はないのだから、これからは危険が及ばない範囲でできるだけ充実させていこう。
ーーー
完結になります。
読んでくださり、ありがとうございました。
ふふ、お前が『やめろ!!!』と叫ぶたびに仲間を1人ずつ殺していく……』『やめろおおおおおお!!』勇者パーティーに迫害されていた無職の私は魔王幹部にそう言われて『やめろ』と4回叫んだ 竜頭蛇 @ryutouhebi
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