お試しだからね!

「どやった? 今日の試合。俺に惚れたんちゃうか?」


 野村くんの第一声はそれだった。


(もう……またそんなこと言って。お調子者なんだから)

 あたしは内心呆れながらも、正直に答えてあげることにする。

「うん、結構カッコよかったよ」


 野村くんは目を丸くして、驚いたようにしばらくの間黙っていたけど、やがてぱあっと笑みを見せると、嬉しそうに早口でまくしたてる。

「ホ、ホンマか⁉ そーやんな! 最後のサヨナラタイムリーなんか俺、正直自分でもカッコええと思うわ! あんなええとこで打つの久しぶりやで!」

「うーん、そこも良かったけど。でもあたしは途中の……苦しみながらも頑張って投げ続ける野村くんの姿が、一番カッコいいって思ったかな」

「……そ、そうか?」

 野村くんは少し面食らったような表情をする。

「そんなとこが、カッコええんか? ……女子の考えることはわからんもんやな」

 野村くんはブツブツとそう呟いた後、何か決心したような表情でこっちを見て、口を開く。

「じゃあ……サッカー部の坂本先輩と今日の俺、どっちがカッコよかった?」

「ええ⁉ そんなの比べられないよ……」

 あたしはとっさにそう言った後、あれ、今までなら坂本先輩一択のはずなのに、なんでそう言ってしまったんだろうと考える。

「比べられへん、てことは同じくらいカッコよかった……と思ってええんか?」

 妙に真剣な表情でこっちを見る野村くんを前にしてなんだか少し緊張しつつ、あたしはなんて言おうか少し考えた後、ゆっくりと頷く。

「うーん……そうなのかも?」

 それを聞いた野村くんは一瞬ぐっとガッツポーズしたように見えた……けど、気のせいだったのかもしれない。野村くんは次の瞬間にはいつも通りの感じで、あたしににやりと笑ってみせた。


「にしても勝利の女神サマ効果、今日自分でもハッキリわかったんちゃう? 俺も、正直今日の相手はあんまし勝てる気せーへんかったのに、それでも勝てたのはものすごいことやと思ったで! それに投球で苦しんでるときに、空が晴れて光が姫神ひめがみサンとこ射してきたのには……正直驚いてしもた。あん時はホンマに、勝利の女神サマ降臨したんかと思ったわ!」

「た、確かに、あの時は突然晴れて光が射してたけど……でもさぁ、それって本当にあたしの力だと思うの?」

 疑わし気にそう言うあたしに、野村くんは身を乗り出し大きな声で言う。

「そうに決まってるやん! 俺、それ見て思わず感動してなぁ。俺には勝利の女神サマが付いてるんやから、俺もそれに応えて頑張らなアカン、て思ってなんとか投げ切れたわ」

(やっぱり、あの時野村くん、あたしのことちょっとは考えてたんだ……)

 あたしはそう思うと、なんだか嬉しいような、それでいて恥ずかしいような気持ちになった。


「……野村くん、あたしのために頑張ってくれたんだね」

 あたしは思わずポツリとこぼしてしまう。その事に気づいてハッと顔を上げると、野村くんの顔が少し赤くなっていて……やがて、気恥しげな様子で口を開いた。

「……そりゃあ……ただ俺が不甲斐ないせいで、姫神サンのこと、勝利の女神サマにさせへんわけにはいかんからなぁ」

 あたしはその言葉を聞いて、前々から気になっていたことをふと思い出して、それを口にする。

「ねえ……なんでそんなにあたしが勝利の女神だってことにこだわるの? 別に違ったら違ったでいいんじゃないの?」

「……それは、その……」

 野村くんはそこで口ごもり、少し言葉を選んだ後、再び口を開く。

「なんやろな、そういう存在がおってくれた方が、俺にとっては励みになるんや」

「……そう……なの?」

 野村くんは頷き、あたしに向き直る。

「せやから、姫神ひめがみサンには、これからも勝利の女神サマとして、俺のそばにおってほしい」

「……‼」

 その言葉がまるでプロポーズのように感じてしまって、あたしは妙にドキドキしてしまった。野村くんもそれに気が付いたようで、顔を真っ赤にしたまま慌てて口を開く。

「あっ、そんなん言うたらプロポーズみたいやんな。そーやなくて、とりあえず、これから先も試合観に来て欲しいって話やから」

「うーん……」

 次の試合、サッカー部とかぶってるんだけどな……なんてことを考えながらも、気づけばあたしは頷いていた。

「……ま、いっか。今日の試合頑張ってたし、次の試合も観に来てあげるね」

「ホンマか! よっしゃ、この調子で活躍して、いずれはサッカー部の坂本先輩より惚れさせたる!」

「ほ、惚れ……?」

 あたしは野村くんのこぼした言葉に思わず反応してしまったが、野村くんは特に何も気づいていないようだった。


「じゃあさ、今日の頑張りに免じて、次ん時は女神サマの手作り弁当持ってきてや!」

「もう、女神じゃないってば。それに、お弁当って……あたしまだ野村くんの彼女じゃないんだからね!」

 野村くんは、その言葉にすかさず反応する。

「ま、ってことは……カノジョになってくれる可能性あるってことやんな⁉」

「あっ……」

 あたしは顔を赤らめる。

「だ、だって、野村くんが言ったんじゃん。あたしが来た試合に勝ち続けたら、野村くんの彼女……にするって」

「じゃあ、次の試合……もし勝ったら、考えてくれるんか?」

 野村くんはマウンド上さながらに真剣な表情で、あたしを見る。あたしはさらに顔を赤くして、思わず野村くんから目をそらす。

「それは……まだわかんないっ!」

 あたしはそう言うと、恥ずかしくなって、野村くんから逃げるように背を向ける。

「もういいでしょ、つ、次はお弁当作ってきてあげるから!」

 あたしはそう言って立ち去ろうとするが、その時、野村くんがあたしの腕をぱっと掴む。

「え、マジで作ってくれるんか⁉ ってことは実質カノジョになってくれるってことやんな!」

「う……っ」

 きっぱりと断ればいいのに、野村くんに触れられた緊張のせいなのか、あたしはなぜかそこで口ごもってしまった。


 そうして結局、押しの強い野村くんにひたすら押され続けて、あたしが出した答えは――――


「あーもう、わかったよ! でも、お試しで……だからね!」


 そんな感じでなんだかんだあって……あたしたちは、「お試し」ってかたちでお付き合いしてみることになったのだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勝利の女神サマ ほのなえ @honokanaeko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ