ピンチ到来!?

「今日の試合はちょっと厳しいかもね。相手の中学、格上なんだ」


 今日の試合が始まる前、まこちゃんはあたしにそう言っていた。


「そうなんだ。でも、ある意味良かったかも」

「え、なんで?」

 あたしの言葉に、まこちゃんは不思議そうに首をかしげる。

「だってそろそろ負けとかないと、あたし本当に野村くんの彼女にされちゃいそうだもん」

 あたしはそう言って、ベンチで試合の準備をしている野村くんをちらりと見る。

「それに次の野球部の試合はサッカー部の試合の日とかぶってたし、今日負けてもう野球部の試合観に行かなくてよくなるなら、ちょうどいいのかなと思って」

「うーん……確かに今日は練習試合だから、別に負けても大丈夫なんだけど……」

 そう呟いた後、まこちゃんはちょっぴりにやついた笑顔をあたしに見せる。

「でも野村くん、咲良さらちゃんが彼女になってくれないってなったら悲しむだろうなー」

「な、何言ってんの……野村くんはただあたしに試合観に来て欲しいだけなんだって。それに負けるってことはやっぱり、あたしは勝利の女神じゃないってことなんだよ。ほら、今日は天気だって怪しくなってきたし」

 そう言って、あたしはどんよりとした曇り空を仰ぎ見る。



 そんな会話をしていたとおり、今日の試合はまだお互い無得点の状態が続いてはいたものの、ここまで相手に押されっぱなしのなかなか苦しい展開が続いていた。おまけに、小雨こさめもぽつぽつと降りだしてきている。

 そして、今日も野村くんは二番手ピッチャーとして出てきたんだけど、なんだかいつもより調子が良くないみたいだった。


「ちょっと制球コントロールに苦しんでるね。ボールが先行してる。これ以上ランナー溜めるとまずいよ?」

 隣にいるまこちゃんがそう呟くのを聞いて、あたしはどこか複雑な気持ちになる。

(この試合負けて欲しいって思ってたのに、なんでだろう。あたし、野村くんと付き合いたくなったの? ううん、そうじゃない……たぶんこの気持ちは……なんていうか、そう、自分の無力感だ……)

 あたしはそれに気づくと同時に、今までもわかっていたつもりだったけど……自分が勝利の女神でもなんでもない、何の力も持っていないただの女の子だってことに、まざまざと気づかされる。

「……やっぱりあたしじゃ、野村くんの力にはなれないんだよ」

 あたしはそう呟くと、野村くんから目を離してうつむく。

「……ダメだよ、咲良さらちゃん。ちゃんと応援しなきゃ」

 隣からまこちゃんの声が聞こえてきて、あたしはハッとする。まこちゃんはわたしに向けて、にこっと笑みを見せる。

「野村くん、咲良さらちゃんの為に頑張ってるんだから」

「……え……」

 まこちゃん、それは違うよ……とあたしは否定しようとしたけど、改めて顔を上げ、苦しみながらも頑張っている野村くんの姿を見ると、一瞬、少しでもあたしのことを考えて頑張ってる野村くんがいるのかもしれない……なんて思ってしまった。

 あたしは思わず立ち上がると、雨除あめよけに頭にかぶっていたタオルをつかみ、それを大きく左右に揺らす。

「野村くーん! 負けるな! 頑張れー!」


 マウンド上の野村くんが、あたしに気づいた様子でこっちを見る。それと同時に、どんよりしていた雲の切れ間から太陽の光が漏れて、バックネット裏の観客席を……あたしたちのいる方を眩しく照らした。

(あれ、これ、野村くんが言ってた『後光』とかいうのだったりする……? いや、まさかね……)


 あたしがそんなことを考えていると、野村くんはにやっと笑って、かすかに何か呟くと……腕を思いっきり振って、力いっぱいボールを投げた。




「結局、勝っちゃった……」

 試合が終わった時、あたしはほうけたようにそう呟いていた。


 あれから、野村くんの活躍は凄まじいものだった。

 今まで本気を隠してたのかってくらい一気にギアを上げて、打者を次々と打ちとっていった。

 それだけじゃ飽き足らず、最終回にはなんとサヨナラタイムリーまで打って、今日の試合で両チーム合わせて唯一の得点をあげて、チームを勝利に導いてみせたのだった。


 あたしはそんな野村くんの活躍を……タイムリーを打って、今まさにチームメイトにもみくちゃにされてる野村くんの姿を、バックネット裏の席からただ呆然と眺めていた。

 そして、遅ればせながら、試合に勝ったという事実にハッと気づかされる。

(あっ! あたしったら、すっかり野村くんのこと応援しちゃった……。次の試合の日はサッカー部とかぶるから、今日野球部が負けないと坂本先輩の試合観に行けないのに……)

 そんなことを考えつつ、今嬉しい気持ちでいっぱいなのはなぜだろう、とあたしは不思議に思っていた。


「おーい、女神サン?」

 突然声がしてあたしはドキリとする。その声のした方を見ると、野村くんがいつの間にかバックネットの近くに来ていて、あみに指を引っかけてあたしを見ていた。

「め、女神じゃなくて、姫神ひめがみ、だよ!」

 あたしは女神なんて呼ばれたことが恥ずかしくて、慌てて訂正する。野村くんはあたしに向かってにかっと笑う。

「ん。姫神ひめがみサン、後で会いに行くから、ちょっとそこで待っとって」

 野村くんはそう言うと、きびすを返し、まだ喜びに浸っている様子のチームメイトたちの元へと駆けてゆく。

「野村くん、会いに来るんだって。一体なんの話するんだろうね?」

 隣のまこちゃんはニヤニヤしてこっちを見ている。

「そ、そんなの知らないよ……」

 あたしが恥ずかしくて顔を真っ赤にしてうつむいていると、その横でまこちゃんが突然、勢いよく立ち上がる。

「あ! あたし今日は差し入れ持ってきたんだった。ちょっとお兄ちゃんとこ行ってくるね! じゃ、今日はここで解散ってことで!」

「えっ、ちょっと、まこちゃーん!」


 走り出すまこちゃんの背中に手を伸ばしながら、一人取り残されたあたしは、これから野村くんと二人きりで会わないといけないことになったことに気づいて……なぜか胸の高鳴りが抑えきれないでいるのだった。

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