あなたの為に歌うたった一つの歌

結紀

第1話

 キーンコーンカーンコーン。


 「じゃあまた明日なー」


 「おー」


 下校する友人に手を振りシャーっと自転車を軽快に走らせていく。

 今日は寄って行けそうだ。


 横道へ入り家路とは少し外れた道を進んでいく。

 道は段々と上り坂になっていく。


 「はぁ……はぁ……よっ!い、しょお!」


 立ち漕ぎで力いっぱい坂を登る。


 「はぁ……あと、ちょっ、と……!」


 目指していた場所が見えてきた。

 坂道を登りきった丘の上から僕が住んでいる街を見晴らす。


 「ふぅ……ついた」


 何度か深呼吸して荒くなった呼吸を整える。


 「今日は居るかな……?」


 自転車に乗ったまま目的の場所を見上げる。

 丘の上にある緑の屋根の白い大きな一軒家。


 ここが、僕が目指して来た場所。

 家の二階の窓は開いていて風になびくカーテンが見えた。


 そこから風に乗って歌声が聞こえてくる。


 「聴こえた!」


 「Twinkle twinkle little star……」


 「How I wonder what you are――」


 歌声に耳を澄ませる。どんな人が歌っているんだろう。

 胸がどきどきする。


 

 ――初めてその歌声に出会ったのは二週間前の事だった。


 その日は四月の流星群である、こと座流星群の極大日だった。


 僕は星を見るのが好きだった。

 六歳の誕生日に父さんから望遠鏡をプレゼントしてもらったのがきっかけだった。


 それから僕は夜になると毎日部屋の窓から星の観測をするようになった。


 「よし」


 いつもなら部屋から見るか家の庭へ出て星の観測をしていたが僕は今、ケースに入れた折りたたみ望遠鏡を担いでいる。


 「お、そういえば今日は流星群か」


 夕食の焼き魚を箸で綺麗に分けながら父さんが僕に言う。


 「うん、今日は庭から見ようかなって思ってる」


 僕は母さんお手製の唐揚げを頬張りながら答える。


 「だったら、丘の上から見てみたらどうだ?」


 「え?そんなとこあったっけ?」


 父さんの突然の提案に首を傾げる。


 「うん。柳沢通りにある駄菓子屋の横道から登っていくと町を見晴らせる丘があるんだ。結構坂道がきついけどな」


 「へー。初めて知った」


 行ってみようかな。


 もぐもぐとご飯を頬張りながら身近な場所に知らない場所があったことに思いを馳せる。



 「頑張れよー」


 父さんからエールを贈られ自転車を漕ぎ出した。


 携帯で天気を確認する。

 今夜は雲も出ていない。


 「うん。天体観測にはいい感じだ」


 夜の町中を自転車で走るなんて普段はしないから新鮮だ。


 見慣れた景色が違って見えて楽しい。


 春の夜風はまだ肌寒くて、少し厚めのパーカーを羽織ってきた。それでも、ちょっと寒い。


 「柳沢通りの駄菓子屋の横道……と。ここかな?」


 暫く走らせた後、丘の上へ続く横道を見つけた。

 へー、知らなかったな。新しい発見に心がわくわくする。


 ぎりぎり人と人がすれ違えるくらいの細道を抜けると十字路の空き地のような場所に出た。

 ここを真っすぐ登っていけば、目的の丘かな。


 と、目の前の道を見て、一瞬溜息をつきそうになった。


 「確かに……。これはしんどそうだ……」


 丘へと長く続く道は舗装がされているものの、傾斜がきつく辿り着くまでにかなり骨が折れそうだった。


 うん、よし。


 行くか……!


 「っしょ、っと。」


 自転車を目一杯立ち漕ぎしながらゆっくりゆっくりと登って行く。


 今思えば自転車を押して行った方が早かったのかもしれない。


 だが僕は、その時何故か意地でも自転車を漕いで行ってやるという気持ちだったのだ。

 押して行ったら負けだ!と自分の中の謎ルールみたいなやつだ。


 そうして体力ゲージが赤く点滅してるくらいに消耗した頃、ようやく丘の頂上へ着いた。


 「……っぐぅ。よいっしょ!」


 最後の一漕ぎで思い切りペダルを踏みこむ。


 「だーっ!ようやく着いた……」


 足はガクガクでとても立っていられず、ドサッとその場で仰向けに倒れる。


 「はぁ、はぁ……」


 全身で酸素を求めるように呼吸を繰り返す。


 呼吸が落ち着いてきた頃、ふと気が付いた。


 眼前に広がるは雲1つない夜闇に浮かび上がる星々。

 その1つ1つがハッキリと見て取れる。


 時折夜空を滑り落ちる光の筋は儚くも一瞬の煌めき故に、目を、心を奪われる。


 「凄い……」


 瞬きすることを忘れてしまう程、夢中になってじっと星空を眺めていた。


 今はただ望遠鏡を使わずに、肉眼で見ていたくなる。


 この目に焼き付けたい。


 どれくらいそうしていただろう。


 寒さに体を震わせると、少し風が吹いてきていた。


 「寒っ!」


 夢中になりすぎてじっとしていたら体がかなり冷えてきた。

 時計を見ると二時間半程は経過していた。


 そんなに!?


 もう少し防寒着整えてきたら良かったな。

 まだ、この流星群を堪能していたい気持ちと揺れながら、僕は家に帰ることにした。


 自転車に跨り、漕ぎ出そうとするとどこかから誰かの声がした。


 「ん?」


 きょろきょろと辺りを見回すと、緑の屋根の白い大きな一軒家がポツンと一軒だけあった。


 さっきは星に夢中で気がつかなかったけど、こんな所に一軒だけあるんだ。


 「Twinkle twinkle little star……」


 「え?」


 歌ってる?


 「How I wonder what you are――」


 このメロディー、きらきら星だ。


 小さいころよく聞いたな、懐かしい。


 歌声はどうやら女の人のように聞こえた。


 歌……上手い。というより、綺麗だ。


 「Up above the world so high……」


 「Like a diamond in the sky――」


 英語の歌詞、初めて聴いた。

 この人発音が良いな。外国の人?


 僕は歌声が途切れるまで静かに耳を澄ましていた。


 春風の音と夜の匂いと歌声。


 不思議な感覚だ。現実感が無い。


 生まれ育った町にいるはずなのに。


 何か……、分からないけど。


 分からないけど、温かくて何だか泣きそうになる。


 もっと聴いていたい。

 また来たら、聴けるかな……。


 その日以来、僕は歌声を聴きに丘の上へ自転車を走らせるようになった。

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あなたの為に歌うたった一つの歌 結紀 @on_yuuki00

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