猫を吸う

森野 のら

第1話

時はXXXX年。

第三次世界大戦や気候変動による災害により、地球上の生物たちは独自に生き残るための進化をしていた。


過去、人々と身近に暮らしていた『猫』もまたそうである。


遥か昔、猫は液体とされていたが、今の時代、猫といえば気体だ。


猫という生物は地球を大量の紫外線や放射線から守る集合体となり、空に大きな蓋をしていた。


それが猫であり、今、私たちの周りを散歩でもするように飛び回っているのもまた猫であった。


とんがった耳と、気まぐれな性格の猫たちは、偶に私たち、全身を防護服で覆ったキモい人類に近づいてくれる。


猫が近づいてきたらこの暑苦しい防護服を外すチャンスだ。


汚染された空気を吸い続ければ人間なぞ、数分も持たないが、猫が近くにいると話は別だ。


ガスマスクを外し、近づいてきた猫の腹辺りに顔を埋める。


新鮮な空気。

大量のチッ素と少しの酸素、ごく少量の二酸化炭素やその他の気体、そしてお日様の匂いと過去の人間が称した暖かな香り。


猫を吸うときだけ、私たちは人間に戻れる。


それがこの世界の真理であった。


ジーッ、ジーッ。


猫を吸っていると、通信が入る。

それは私が属している警備隊の本部からの通信で、通信を取ると、聴き慣れた隊長の低い声が耳に届く。


『221、何か言い残すことはないか?』


名前が呼ばれ、同じ部屋に住む友人たちを思い浮かべる。


「私の分の配給は223や589にまわしといてください。それだけです」


『……了解した』


ブツッ。

通信が途切れる。


私は猫を吸うことに集中する。


だが猫が嫌がるように身を捩り、私から離れていってしまった。


気まぐれな猫が私から離れると同時に、心臓が跳ねる。


それは猫を失った人類に起こる一般的な現象だ。


猫によって遮られていた汚染された空気を吸い、体が朽ちていく合図であった。


________猫を吸ってはならない。


それは警備隊の絶対遵守ルールの一つだ。


気まぐれな猫が離れていけば、人は生きてはいけない。


鼻や口から血が流れ、息がし難くなり、視界がぼやける。

立つこともできず、倒れ、救ってくれない神への祈りを誦じる。


やがて何も感じなくなり、深い眠りにつくように落ちた暗闇の中で、猫の鳴き声を聞いた気がした。

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猫を吸う 森野 のら @nurk

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