デスゲームから帰ってきた男

 内海すみれ。


 いつも通りの日常だった。パートに出て、帰りにスーパーに寄って奮発してお菓子屋さんでケーキを買って家に帰った。

 料理の準備もしておうちもキレイにして隆史の帰りを持っていた。


 突然、家の扉が開いて武装した人たちが入ってきた。


「小山内すみれ、推薦により中央会場の第102回デスゲームの参戦が決定した。抵抗しなければ害は加えない、大人しく――、うおぉ!?」


 最近お義母さんの状況が良くないって聞いていた。もしもの事があればすぐに逃げられるようにしていた。

 車のキーはポケットに入っている。


 熱々のスープが入った鍋をぶちまけ、フライパンや包丁を投げつける。

 窓から逃げれば車が用意されている。


 窓を開けると武装した男と目があった。

 ……あっ、無理なのね。


「スタンガンで気絶させろ! 内海委員の義理の娘だからといって手加減するな!」


 隆史、どうしよう……、もう会えないよ……。



 ***



 目が覚めた時、何の記憶も思い出せなかった。

 まっさらな状態。


 気がついたら日常を送っていた。

 私は貧乏な家庭で育った女子高生。親が借金を抱えて苦しんでいる。


 学校に通いながらバイトをし、苦しい生活を送っていた。

 学校では友達はいない。ギャルで不良の私に近づく生徒なんていない。


「ていうか、なんか違うんだよね〜? 頭がふわふわしているっていうかさ。ねえ、小山内君聞いてる?」


「も、もう、やめてよ。うるさいから少し黙っててよ」


 隣の席の小山内隆史。何故かこの男の子にちょっかいをかけたくなる。

 なんでだろ? 別に顔は全然タイプじゃないのに。

 小山内君の周りには女子生徒が沢山集まる。


 幼馴染ちゃんや後輩さん、陸上部の五十嵐さんや生徒会長さん、女友達の山田さん。


「うわー、やっぱあーしの一番嫌いなタイプだわ。ハーレムは無いわ」

「し、失礼な事言わないでよ!」

「ごめんごめん、てか幼馴染さんに睨まれるから退散するわ」


 一日一回話すか話さない程度の仲。

 むしろ嫌いな部類の男の子。

 なのに……気になってしまう。その時は気弱な感じが見ててイライラするだけかなーって思った。




 ショッピングセンターで小山内君とばったり会った。

 私と目があった小山内君は気まずそうに目をそらす。


 そんなに話したことがない生徒とあったらそんなもんだよね。


「ていうかムカつく。なんで嫌そうなのよ!」

「え、べ、別に嫌じゃないよ。……な、何を話していいかわからなくて」

「はぁ、どうせあんたは女の子と一緒に来てるんでしょ?」

「う、うん、幼馴染と一緒に」


 この時、何故か違和感を覚えた。なんで名前で呼ばないの?

 違和感は一瞬で消える。


「だ、大丈夫? 頭痛いの?」

「や、大丈夫よ。ちょ、あーしに近寄るとあんたの幼馴染がヒステリー起こすでしょ!?」

「そんな事ないよ」

「あるわよ。ほら、あそこにいる幼馴染が……、うん? なんか変な匂いしない?」

「そいえば……、苦しいかも……」

「煙出てるじゃん! 火事……、けほけほっ、目が染みる……」






 私達は気がついたらショッピングセンターではない場所に移動させられていた。


 西洋の大きな砦のような建物の中に閉じ込められていた。


『第102回異世界デスゲームを開始いたします。今回の参加者は1000人です。皆様のご様子は身近な人に配信されています。ルールにそって動いてください』


 この時、私は恐怖でパニックを起こしていた。

 知らない場所に知らない人だらけ。

 小山内君と幼馴染ちゃん、それに学校のクラスメイトもいたけど、私と仲が良いわけではない。


 一人の大人が大声を上げて怒鳴り散らす。


「ふざけんじゃねえぞ! こんなの都市伝説だろ? 俺は明日会社があるんだよ。酒のんで風呂入ってアニメ観て寝たいんだよ! 冗談も大概にしろや――」


 黒い兵士姿の人が奥の部屋から現れた。

 仮面を被ったその姿は悪魔に見える。


「この島ではルールが一番大事だ。叫んだ人間は殺す。残った者が『冒険者』だ」


 手には……ライフルを持ち、それを男に向かって――


 聞いたこともない轟音が部屋に鳴り響く。

 ガンッ、という音と共に男の人の胸から血が溢れ、死んでいく。


 集められた人々がパニックを起こし叫んだ。

 叫んだ人が撃たれる。


 人が死ぬ……。手足が震えが抑えられない。恐怖が身体を支配する。

 こんな経験はしたことがなかった。


 怖くて泣きたくて、でも泣いたら殺されそうで、感情が限界に陥った時――


 温かい何かが手を触れた。


「大丈夫、きっと何もしなければ殺されないはず。ゲームにはルールがある。……目をつぶって、深呼吸をして。手を繋いでるから一人じゃない」


「う、うん、あーし……」


 自分の震えが止まったのに驚いた。恐怖心は残っているのに全然違う。

 なんだろう、懐かしい匂いがしたからかな……。




 ****




 沢山の大人がいた、小さな子供も沢山いた。

 全員デスゲームの参加者だ。

 大人も子供の関係ない。ゲームに強い人間が勝ち抜くのだ。


「何なんだよお前!! おかしいだろ? なんであのダンジョンを一人で突破できるんだよ!? どんだけトラップがあったんだと思ってんだ!! 守っていた奴らは? おい、どうしたんだよ!!!」


「その汚い手を内海から離せ」


「うっせえ、この女は俺のものだ!! てめえには幼馴染がいるだろ」


「内海がほしいなら俺とゲームをしよう。ここはそういう場所だ」


 私がゲームの最中に攫われた時、小山内君は命がけで助けてくれた。

 照れくさくて変なお礼しか出来なかったけど、すごく嬉しかった。


「……ふ、ふん、そ、そんなんでハーレムの一員になんてならないもん! あーし、別に怖くなかったもん」


「そっか、元気で良かった」


「あ、うん……、その、ありがと、助けてくれて……」



 何度同じ事が続いたのだろうか? 私はどんくさくて全然ゲームに向いていないキャラだった。

 私がミスをする度に小山内君が傷つく。幼馴染ちゃんは冷たい目で私をにらみつける……。


「大丈夫だ。内海は笑っていろ」

「ははっ、こんな世界でそんな優しい事を言うのは内海だけだな……」

「なんというか、気が合うだよ。俺もあの映画は好きだ」

「内海は実家みたいな女だな。いや、別にけなしてるわけじゃない。……落ち着くというか、なんというか」

「内海ーー!! 俺の手を取れ!! この崖を二人で登りきるんだ!!」


 始めはこの感情を説明できなかった。……ほら、『なんとか』効果っていうのがあって、危機的状況になると男女が恋に落ちるっていう。

 それかと思ってた。


 だから絶対好きになってやんない。ってずっと思ってた。


 でもね、そんな事考えてる時点で手遅れだったんだよ。

 いつの間にか視線は隆史しか見ていなかった。



 ***



「あ、あの、幼馴染ちゃんがいるのに調子のってごめんんね」


 とあるゲームの後、幼馴染ちゃんと隆史が喧嘩をした。これが一度目じゃない。ここのところずっと喧嘩をしている。内容がどんどんエスカレートしていく。

 見ててハラハラする。


 みんなが寝静まった時、幼馴染ちゃんが私の布団に入ってきた。


 とりあえず私は謝った覚えがある。幼馴染ちゃんから嫌われてるから……。


 幼馴染ちゃんは小声で私に言った。


「……『役割』わかる? 昔の事覚えてる?」

「へ? 何言ってるの?」

「そっか……」

「幼馴染ちゃんはあーしの事嫌いなんでしょ? えっと、変な事してたらごめんね。てか、幼馴染ちゃんって名前なんて言うの? 絶対変だよね、幼馴染ちゃんって呼ぶの」

「あっ……」


 その時、幼馴染ちゃんは私を強く抱きしめた。そして――


「どんな事があっても私は内海さんの味方だから。それを覚えておいてね」


 頭がはてなだった。でも幼馴染ちゃんの良い匂いが心地よくて眠っちゃった覚えがある……、あはは。



 ***



「サクラ……、えへへ、ありがとう。素敵な名前だよ」


 サクラちゃんはゲームの時と全然違う顔をしてくれる。隆史にはそれを見せない。見せると死んじゃうからだ。


 運営から与えられた役割というものがあって、それを破ると殺される別のデスゲームをしているらしい。


 サクラちゃんはこのデスゲームで生き残る予定だ。一度は死んだと見せかけて、このデスゲームの後に隆史を絶望に陥れる役割。


「……そんなの嫌だよ。心が悲しくなるじゃん。……だってサクラは、隆史の事が、大好きでしょ……」


 女同士だから通じる心の機微。


「うん、でもこれは植え付けられた記憶だから」

「絶対違う。偽物の感情じゃないよ。始めはそうかも知れないけど、恋心は強くて固くて捻じ曲げる事なんてできないよ」

「あ、う、うん。あはは、内海さんはすごいね。隆史が好きになっちゃうわけだ」

「ふ、ふええ!? そ、そんな事ない、よ」

「だから、私は内海さんと隆史を殺したくない。運営の指示をどうにか捻じ曲げて――」


 サクラちゃんが隆史の事を大好きなのに裏切らなきゃいけない。

 それがひどく悲しくてどうしようもない気持ちにさせられて、力のない自分が悔しかった。




 ****



「ったくよ、泣いてんじゃねえよ。ほらよ、次のゲームの詳細だ。ここで幼馴染が―――」

「サクラちゃん!」

「あー、わりぃわりぃ、細けえんだよ……。で、ここでサクラが隆史たちを罠にかけて俺が登場する。で、罰ゲームで隆史かお前を殺す」

「うわー、これどうやって回避するの? 無理ゲーじゃん」

「流石に俺も運営の指示には逆らえねえからな。……生きて帰ってあいつらの面倒を見なきゃいけねえんだよ」


 黒い衛兵の相澤。このゲームでの上位存在。

 この人はサクラちゃんと繋がっている。

 この時点でサクラちゃんは運営側の人間として働いていた。

 何故かサクラちゃんはこの人を全面的に信用していた。


 サクラちゃんいわく――


『私が売られる前に住んでいた家の近所のお兄ちゃん。……お兄ちゃんがいなかったら私死んでた』


 この街には色んな状況の人がいる。

 サクラちゃんみたいに全部思い出して自我を取り戻して、運営に殺されないためにそのまま行動している人。

 相澤さんもサクラちゃんと同じ。


 役割の存在は知ってるけど、自我を取り戻せていない人。

 全く何も知らないプレイヤー。これは私と隆史のことだね。


 なんにせよ、私はどうにかしてサクラちゃんを悲しい目に合わせたくなかった――



 ***



 ――でもね、失敗しちゃったんだよね。


 今でも覚えている。相澤さんが一瞬だけ苦い顔をしながら隆史にナイフを振りかざした事を。


 バランスを崩した隆史には避けられない一撃。

 とっさに身体が動いていた。


「へっ、こんなやつかばって死にやがったか……。俺の役割は一人を殺すだけだ。じゃあな――くそがっ」


 お腹から血が一杯でた。

 私は自分が死ぬんだって思った。


「内海、内海!!! 死ぬんじゃない……、野営地まで戻れば医療器具がある。そこで――」


 大好きな隆史の声が聞き取りづらくなる。意識が朦朧としてくる。

 切り裂かれたお腹を見ると更に血の気が引く。


 隆史に想いを伝えたかった。大好きって言いたかった。でも重荷になっちゃう、これから死んじゃう女の子からの告白なんて――


 言葉が勝手に出ていた。多分最後の言葉――


『えへへ、た、隆史……、私ね……、最後に、キスしてみたいな。……好きな人と初めてのキスを……。隆史……大好き』


 朦朧とする意識の中、『俺も、大好きだ……、だから生きてくれ!!!!』という隆史の言葉が脳に響いた。



 頭の中の何かが割れる音がした。

 全ての記憶が洪水のように映し出される。

 それの殆どは隆史との思い出。


 ……なーんだ、やっぱり私達、好きになるんじゃん。えへへ。


『隆史、バイバイ……』




 ***




 小山内隆史。



 雨はすぐに上がった。そろそろ動かなくてはいけない。


 なのに姉妹が離れてくれなかった。


「おい、そろそろ移動しないといけないんだ。離れてくれ」

「えー、やだよ、やっとお兄ちゃんに会えたんだもん」

「うん、お姉ちゃんが言ってたんだ。お兄ちゃんどっか行くんでしょ? お姉ちゃんを置いてっちゃ駄目だよ」


 サクラの事か……。中庭が酷い状況だからサクラが死んでいるのがわからないんだろうな。


「お姉ちゃんはもう来ないんだ……」


「ううん、絶対来るもん! 約束したもん!」


 これだけ生き残っただけでも幸いだ。もしかしたら他に自我を取り戻したプレイヤーもいるかも知れない。


 だが、俺にはそいつらを助ける理由もすべもない。

 一刻も早くこの街を脱出する。


 だから――


「ほら、お姉ちゃんいるじゃん! おーーいこっちだよーー!! えへへ、衛兵のお姉さんなんだ。すっごく強くて私には優しいんだよ」







 俺は咥えていたタバコを落としてしまった。

 何故そこにお前がいる? 何故生きている? 


 何故、サクラの遺体を抱きしめて泣いている? 


 隣にいたお義母さんの膝が崩れ落ちた。向日葵のしゃくりあげる声が聞こえる。

 俺はもつれる足を懸命に動かし前に進む。


 全然前に進めない、まるで夢の中にいるような感覚。それこそ運営の幻覚に惑わされていると疑ってしまう。




 一歩近づくごとに心臓が高鳴る。記憶の中の彼女と姿形が変わっていたとしても俺にはわかる。


 思い出が溢れて止まらない。

 涙がこぼれ落ちて前がよく見えない。


 いつの間にか声を上げていた。慟哭なんかじゃない、全身から湧き上がる愛おしさが抑えきれないからだ。



 俺たちは言葉を交わす前に強く強く抱きしめ合う。

 そして、あの時言えなかった言葉――



「隆史……おかえり」

「すみれ、ただいま」



 デスゲームから帰ってきた俺の絶望はこの時、希望の未来へと変わった――




(デスゲームから帰ってきた男の絶望 完)







 ***



 幼馴染のすみれ。


『……内海さん、あなたが生き残れるかはあなた次第。だから、お願い、生きて――』



 切り裂かれた腹の傷は大したことなかった。相澤さんが手加減してくれたからだ。


 でも、内海さんは確実に一度死んだ。隆史の眼の前で。


 ……わたしが渡してくれた薬。一時的に仮死状態にする毒薬。そのまま死に至る可能性だってあった。


 一度死ななければ内海さんは自由に動けなかった。顔を隠せばどうにでもなる。


 内海さんの死亡記録が運営側で確認された。

 そして内海さんは私の部下として他のデスゲームの参加者の一人となり、偽りの身分を手に入れた。

 隆史が記憶を取り戻すまで彼女はずっと待っていた。



『隆史は向こうに行ったよ。まだ意識あるよね? 隆史はあなたの傷を見て死んだと思ったわ。……隆史、現実が見えていないよ。実際、傷自体はたいしたことない。……うん、この薬がそろそろ効いてきたから仮死状態になるね』


『しぃー、見つかったら大変だから。ねえ、動ける? え? お腹空いた? もう……。ほら、この仮面を被って。死にかけた衛兵がいたから今日からあなたがその衛兵よ』


『隆史が全部思い出すまで会わない方がいい。今の隆史は壊れているよ』


『この衛兵は第103回のデスゲームの衛兵役よ』


『デスゲームに本当のお母さんと妹がいる? ちょ、ちょ、ちょっとまって! 絶対死なせないように頑張るから。え、なにこのプレッシャー……』


『お母さん、やばいね。目立たないようにしてるけど、ほとんどのゲームはお母さんのお陰で勝ててるよ』


『隆史が新しいゲームを開始するわ。……わたし、どうにかして隆史を正気にさせるからね。ん、大丈夫、わたしも生き残りたいもん』


『多分、今日が最後だね。……プレイヤーが暴走したらみんなで対処してね。ゲームが始まったら生徒会長役の子が護衛にくるから』


『すみれ、あなたと友達になれて楽しかった。……また会った時は……普通にファミレスでおしゃべりしたりカラオケしたいね。あははっ、今度は恋のライバルだね。……すみれ、じゃあね』




 なんだろう、身体中の痛みが引いていく。手がなくなって身体中にボウガンが刺さって、すぐにでも死んじゃうのに……。


 後輩の桃子ちゃんの身体が私の上にある。私の前にでて私をかばってくれた。

 ……でも、私も死んじゃうから意味ないのに……。


 頭に温かいものが触れた。


『――――あ……と、う』


 よく聞こえないけど、きっと隆史だと思う。あははっ、なんで生きたいって思う自分がいるのかな?

 どんな事があっても死なない自信があった。

 銃で撃たれてもナイフで刺されても生還したんだもん。


 でも流石にもう駄目だよ。


 隆史はきっと記憶を取り戻した。ならこんな状況を打ち破ってくれる。


 だって――私の幼馴染だもん。


 どんどん身体の痛みがなくなっていく。あれ? これってどういう状況だろう?

 倒れている私を見下ろしている私。かろうじて息をしているけど、あと数十秒で死ぬ。


「――サクラ……、サクラ!! ……ひぐっ……、サクラ……」


 旧校舎から出てきたすみれちゃんが私の身体を抱きしめていた。

 泣かないですみれちゃん。

 最後に会えてよかったよ。


 私達、また友達になれるよね?


「サクラ、ずっと友達だよ」


 ――私、行くね。みんな呼んでるんだ。……すみれはまだ来ちゃ駄目。




「あなたを殺したこの腐った世界を隆史と一緒にぶっ潰す――」






 これは、デスゲームから帰ってきた幼馴染のわたしが絶望を乗り越えて、本当の友達ができる物語。



(完)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

デスゲームから帰ってきた男の絶望 うさこ @usako09

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ