内海


「くそっ! 爆風で見えねえぞ! ゲームマスターと旧校舎にいるやつを殺せば特別ポイントがもらえるんだよな?」

「ああ、あっちの街に帰れるポイントが得られる。普通の暮らしができるんだ! もうデスゲームに参加しなくてもいい!」

「動けるやつはいるか? 大体殺したから後は小山内だけだ」

「んだ? 歌が聞こえんぞ? あいつが歌ってんのか?」



 いままで聞こえなかった言葉が全て聞こえる。


 感情が抑えきれなかった。

 内海の前だと恥ずかしくて歌えなかったあの歌。

 俺は内海が歌ってるのが好きだった。


 子供の頃からずっと。


 俺と内海は……、幼馴染で恋人で家族だった。このデスゲーム前から。



 地面に倒れ込んでいた俺はゆっくりと立ち上がる。

 重なり合って倒れているサクラと桃子を見つめる。

 君たちがどんな人生を歩んだか俺は知らない。


 だけど、みんなで過ごした濃密な思い出を胸に刻まれた。二度と忘れない、忘れてたまるものか。


「……ありがとう。二人がいなかったら俺はこの地獄から抜け出せなかった」


 爆風が収まり、デスゲームの生徒たちが俺に向きあう。瞬間的に全体を『俯瞰』する。

 死傷者の数、生き残りの数、校舎から湧き出る生徒、運営役の先生たちの怒号。


 身体と精神が一致する感覚、制限されていた頭脳と身体が開放される――


 


 爆弾の破片によって血だらけになった生徒会長の死体。


「華子、か。俺も学校生活が楽しかったぞ」


 スピーカーから流れる内海の歌が消えた。


 今までとは違う。偽物の感情じゃない。悲しさが込み上げて涙が流れてきた。悲しかったら悲しめばいい。


「それが普通の人間だろ?」


 関係ない人間なんかじゃない。大切な――友達だったんだ。

 歌が消えたならまた歌えばいい。涙を流しながらでも――





 体制を立て直した生徒たちがボウガンと手に取り、鈍器を構え、集団になって襲いかかってくる。


 運営に操られていた俺は――優しすぎた。優しくするのは大切な人たちだけで十分だ。金に目がくらんだ奴らはどうでもいい。


 この怒りの炎は誰にも消せない。


 このデスゲームは運営が描いた物語。泣ける展開があり人の死があり、エンターテイメントとして配信されているくそったれな物語、俺はそれを潰す。



「もうゲームは終わりだ」



 ――全てを俯瞰しろ。


 飛んできた矢は避ければいい。

 振るわれた鈍器は流せばいい。

 刺してきたナイフは――奪えばいい。



「なんだあいつは!? ボウガンがあたんねぞ!!」

「おいBチーム、簡単にやられるじゃねえよ!! 一斉に飛びかかれ」

「ばかやろう、同士討ちすんじゃねえよ! いくら強くても人間の限界があるだろ!」

「応援を呼べ、どうせなら全校生徒で ぶち殺せせ!!! じゃないと俺たちが運営に殺されるぞ!」


 ――まだ勘違いをしている。もうこれはデスゲームじゃないんだ。

 クソみたいなガキの精神じゃ生き抜けないんだよ。





 ***





 首を切り裂かれた先生……の姿をした運営のポケットからタバコとライターを奪い取る。



 ポケットからメモを取り出して確認をする。

 現在のこの街の状況が精細に記されているメモ。

 サクラが俺に抱きついたときにポケットに入れたもの。


 思考を加速させ運営の職員の数を計算する。

 俺が知っている運営は植え付けられた記憶のものだ。

 それはすでに廃棄した。


 元々俺がこの街に来る前に持っていた情報と、メモの情報を整理構築する。


 都心から離れた陸の孤島。それがこの小さな街だ。デスゲームの配信場所。

 各地から集められた『罪人』……。

 この世界で罪を犯した人間だ。


 俺はタバコに火をつけて一服し、煙を大きく吐いた。


 罪人だけじゃない、借金が回らなくて自分の子供を売った親。甘い言葉に騙された馬鹿な家族。生き残れば普通の暮らしができると言われた孤児たち、デスゲームを楽しむために自ら志願した狂人。そして、ゲームを面白くさせるためだけに攫われた人間たち。


 ここにいる運営もデスゲーム参加者もみんな同じ条件の人間だった。


「俺まで記憶を改ざんされちまったんだな……」


 久しぶりのタバコがひどく苦しく感じる。

 この街の住人からは俺はいくつに見えていたんだ?

 認識がおかしかった。窓ガラスに映る俺の顔は十代のそれであった。

 見た目が良ければ視聴者は喜ぶ。


 内海は俺と同じ孤児院で育った幼馴染。必死に生き抜いて、二人だけの平穏な暮らしを手に入れたんだ。


『ねえ、隆史、今日は帰り遅いの? あっ、その、大事な話があるんだ』

『なんだ? そんなに遅くならないぞ? 別に今すぐ話してくれても構わないぞ』

『あ、あははっ、あーしね……、その、あれが来なくて……』

『お、おい、それってもしかして。そうか、やったな!!!』

『ちょ、抱きつきすぎ! 仕事行くんでしょ!』

『ばかやろう、今日は休んでもいいだろ』

『馬鹿! しっかり稼いできてね!』


 内海との幸せな結婚生活。

 俺と内海はこのまま平穏に過ごせると思っていた。


「小山内すみれ……」


 内海の本当の名前。旧姓内海すみれ。


 俺は内海の名前を忘れていた。名前だけじゃない、存在自体も忘れていた。

 だから、この学校で再会した時も気にもとめなかった。


 俺はこの街に連れ去られた内海を救うためにここへやってきたんだ。


『隆史と私はね、どんな事があっても絶対好きになるんだよ!』

『いや、それはないだろ? 上司と部下の関係だったら気まずい』

『えぇ、そんな事ないよ! 絶対絶対好きになるんだもん!』


 すみれとの思い出が溢れ出してくる。


 俺たちが住んでいた街でもデスゲームが配信されていた。この世界はカーストで支配されている。

 高校を卒業した俺は内海にプロポーズをした。内海は喜んでそれを受けてくれた。


 幸せな日々を送っていた。このまま平凡なまま過ごせると思っていた。なのに――

 突然それはやってきた。


『この度は小山内すみれ様が推薦により名誉ある中央デスゲームの『ヒロイン』に選ばれました。契約金としてこちらのお金をお受け取りください』



 幸せは他人の悪意で崩れ落ちるのであった。

 帰宅すると、家にはすみれがいなかった。

 書面と金だけが置いてあった。


 思えばあの時も俺は慟哭をあげていたな……。


 それでも必死で内海を助けようと動いたら――


『小山内隆史巡査、君を婦女暴行監禁、及び殺人未遂で逮捕する』


 これが俺のデスゲームの始まりだ。



 ***



「俺たち、やっと会えたんだな……。長かった、本当に長かったぞ、すみれ。何年かかった? ……お前の言った通りだよ。会えばまた好きになるんだな……」


 タバコの灰がポトリと落ちる。


 やることは沢山ある。時間もない。後数時間でこの街に本当の運営の奴らがやってくる。俺を殺すために。

 悲しんでる時間はない。


 だけど、今だけはいいだろ?


「ご丁寧に足かせまでつけていたのか」


 二本目のタバコを口に運ぶと、ライターの火が差し出された。


 旧校舎から出来てきた内海のお母さん。

 偽物の関係じゃない。本物のお母さんだ。


「いつから思い出したんだ?」


 お義母さんも俺からタバコを奪い取って吸い始めた。

 デスゲーム運営委員会の元役員であるお義母さん。デスゲームを廃止を訴え、その役職は敵対派閥によって剥奪され、デスゲームに投入された。

 


「娘が死んだ時ね。……その後も演技しなきゃ疑われるからね。……まあ年の功よ」

「流石だな。それに比べて俺は今思い出したぞ」

「死ぬより上々よ。あなたは精一杯やったわ。すみれはまたあなたに会えて恋をして……、笑顔で死んでいったわ」


 内海は死んだ。それは逃れられない事実。

 記憶が失ったとしても、姿かたちが変わったとしても俺たちはまた愛し合った。


「というか、あなたが運営に記憶を消されてびっくりしたわ」

「お義母さんが演技だけで過ごしたのもびっくりだ」

「女はそういうものなのよ。ほら、あの子たちも素質あるわよ」


 お義母さんの後ろで九頭龍が立ち尽くしていた。

 その横には柳瀬姉妹がいた。姉妹は俺を見て嬉しそうに手を振っている。


 九頭竜が唇をぎゅっと噛み締めて俺を睨みつけていた。

 そして俺の胸を叩く。


「なんで、もっと早く助けられなかったのよ。なんでもっと早く思い出さなかったのよ。なんで、私が生き残ったのよ……。『お姉ちゃん』は……死んじゃってた……」


「すまない」


「馬鹿、馬鹿、馬鹿! 隆史のバカ! だから私はあんたとお姉ちゃんの結婚なんて反対したのに……。ひぐっ、お姉ちゃん……。馬鹿、わたしの馬鹿……」


 施設で育った俺とすみれの妹分であり、すみれと九頭竜を引き取ったのはお義母さんだ。


 俺と内海をデスゲームに投入した運営は、更に悲劇を盛り上げようと家族を投入した。

 俺が謀反を起こしたときの保険。


 悲劇が視聴者を喜ばせる。


「生徒会長さん……華子さんが、守ってくれて……。お義母さん……、わたし……」


向日葵ひまわり


 お義母さんが向日葵を抱きしめる。俺もお義母さんも死ぬ事を厭わない。

 だけど――


「お前は唯一の希望だ。だから死ぬな」


「う、うっさいわよ! あ、あんたなんか、あんたなんか……、き、嫌いになれないよ……、お、お姉ちゃんと同じくらい、だ、大好きだったんだもん……、ひぐっ、ひぐ……」


 向日葵が嗚咽を上げながらお義母さんの胸の中で泣き喚く。


 俺のタバコの火が消える。

 雨が振ってきた。


 タバコを持つ手が震える。




「――内海すみれの最後の言葉だ……『お義母さん、大好きだったよ、今までありがとう。私、幸せだったよ』」





 お義母さんは向日葵を強く抱きしめ、何かをこらえていた……。


「お兄ちゃん、悲しいの? 泣いてるの? 頭撫でてあげようか?」

「お兄ちゃんがくれたナイフがあったから杏、頑張れたんだ! お兄ちゃん、ありがとう」


 柳瀬姉妹が俺に抱きつく。

 溢れ出てる涙は止めなくていい。

 感情はこの世界で生き抜くために必要なものだ。


 だから、今だけは泣かせてくれ。



「内海すみれ……、さよなら……」



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