【二十四話】「食されるは我が嗜好」其の二(終)
「
「良いですよ」
まるで中堅のように人懐っこい様子で誘って来た
瀏鑪哢は霞命の前席の生徒に机を借りて良いかと聞くと、机同士を合わせ昼食の準備を整えていく。
学
少年と少女。
白髪と黒髪。
伸ばす者と結ぶ者。
「「いただきます」」
こうして昼休み二分経過後、創人同士の食事は始まった。
今日初めて会話して、である。
霞命は弁当箱を開けるといつもと何処となく違う雰囲気を感じ取り、首を傾げる──も、目の前で食されていた物へと視線が移ってしまう。
一カ月前に剣を交えた相手、瀏鑪哢はボソボソと両手で事珍しい物を口に含んでいた。
否、珍しい食べ物には入らぬであろうが外食の際には基本的見かけぬであろう代物。
「
「瀏鑪哢で結構ですよ」
「……瀏鑪哢さん、食事はそれだけなんですか?」
「そうですけど?」
「食パン……二枚だけ、ですか?」
「違いますよ、トーストですよこれは。焼いてあります」
健気に恥ずかしげも無く、彼女はそう言った。
焼いてあろうとも時間経過で
他に弁当がある訳でもなく、購買に行く訳でもなく、ただ
「ごちそうさまでしたー!」
二分ほどで完食し、瀏鑪哢は両手で頬杖を付きながら霞命を見つめだした。
痛みなどない、優しく、柔らかな眸。
そんな純粋な一滴の雫が如く彼女に──霞命は。
「少し食べます?」
分け与えてしまう。
彼の施しを前に瀏鑪哢の表情は驚愕のものへと変わっていき、霞命の前に身を乗り出してきた。
「い、良いのですか⁉」
「えぇ」
平然とした声色で霞命は答え、予備のフォークを手渡す。
瀏鑪哢は恐る恐るフォークを左手で取り、念仏を唱えるかのように片手を
そして唐揚げにフォークを刺し、震えた手で口へと運んでいく。
「……ッ、……ッッ、……ッッッ!」
瀏鑪哢は、涙が止まらなかった。
一年ぶりに食した鶏肉、それも中まで焼かれ油の衣が口内を刺激してくるもの。
そんな芸術を彼女は今体験している。
周りの生徒に衆目されようと彼女の涙は止まらず、霞命はじっと唐揚げを見つめ出す。
──これ、やっぱりいつもと……。
「て、天女様ぁ……」
「はい」
意味の分からない呼び名を言われようが反応する。
「強欲で申し訳ありません……他のも……食して宜しいでしょうか……」
「お食べなさい」
瀏鑪哢は感謝しつつ口に次々と運んで行き、己が命を実感した。
食物連鎖の頂点、一番である
「質問宜しいでしょうか?」
すると霞命の冷徹な言葉が耳を刺し、瀏鑪哢は静かにフォークを置いた。
「なんでしょう」
気持ちを平静にし、互いに言葉を交わす体制を取ると霞命は桃色の唇を開いていく。
「何故、僕の学校に転校してきたんですか?」
彼の言葉を聞き、予想通りと彼女は言葉を返す。
「二週間前、私は庄司家へと連れ込まれ、十六夜さんに掛かった費用と霞命ちゃんを傷つけた件についてをお話ししたんです」
「ジィジが?」
その話を始めた途端、瀏鑪哢の表情は少々青ざめだし──十六夜に会った時の彼女の心境を深く伝えてきた。
「そして……私が霞命ちゃんの衆能江さんと同じ警護係になれば、お父さんの入院費や私の治療費など全額請け負い、住居先も通う学校も提供すると条件を出してくれました。
そして今に至ります、ようはその全額を働いて返せって事です」
その経緯を聞き、霞命は納得した様子を浮かべる。
「確か、お家は貧しかったのですよね?」
「えぇ……お爺ちゃんがギャンブルと女性に溺れて、一家は私が生まれる前から破綻してました。
お母さんも小さい頃に出て行ったみたいですし」
罰の悪そうに俯く瀏鑪哢を見て、霞命は少し黙った。
言わせてしまった事に罪悪感を感じ、視線を斜めへと下ろしながらも思い出したかのように話しを続けた。
「ですが……そういう事でしたら合う手間が省けました」
「……? と、言いますと?」
不思議そうに言葉を返す瀏鑪哢を見ながらも、冷静に打ち明けだす。
「貴方から没収していた三本の刀、アレを知人に頼んで修復して貰っているんです。
明日には終わるらしいので今週中にはお返しします」
一カ月以上もこの身から離れ、もう戻る事は無いと思っていた刀たちの行方を知り──瀏鑪哢は多少戸惑いながらも
刀は我が心を表す、それを失うと言った悔しさを想像する事は難しくない。
そして三十秒ほど経過したが瀏鑪哢は頭を上げず、まるで海で溺れた者のように起きようとはしなかった。
「頭を上げてください」
そう言うと瀏鑪哢は頭を上げ、安堵したかのように微笑んだ。
「優しいですね、霞命ちゃんは。主人公みたいです」
「主人公?」
彼女の予想外な言葉に、霞命は首を傾げてしまう。
「貴方が主人公じゃなければ、周りに三人も創人は現れませんよ。引き寄せてるんですよ貴方が。
これから先もっと来るかもしれない、いや、もういるかも。ここの学校の先生かもしれないし、ここから歩いて八分先にある喫茶店の店主がそうかもしれない、新たにやって来る転校生かもしれない」
もしも、と瀏鑪哢は仮定ながらも有り得なくはない話を展開しだす。
大げさに、さも真実かのように、彼女は語りだすが、それでも霞命は首を傾げたまま。
「だとしたら私は貧乏剣士モブ。それで衆能江さんが
貴方の周りだけでも新たな創人が産まれてしまいそう」
「……いいえ」
霞命は、凛とした聲で言葉を返す。
赫い眼を瀏鑪哢へ向け、表情も変えずに。
「僕はモブですよ。衆能江さんが主人公です」
謙遜。真顔で出た発言に瀏鑪哢は噴き出した。
「あは、あははっ! これは失礼、意味の分からない事を言いましたね」
と笑顔で謝りながらも、瀏鑪哢は唐揚げを美味しそうに頬張った。
※
「唐揚げを喰うなぁぁぁぁぁ! 霞命以上に食うな、この貧乏娘ぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」
学校の屋上、純白な日傘を差しながら千石瀏鑪哢に怒号する着物の美女がいた。
「私がそれ作るのにどれだけあの二人の指導に耐えたと思ってんの!
──というか、警護係に瀏鑪哢を付けるって何? 聞いてないんだけど、転校するって事も。言えよ十六夜、“報連相”って知ってるかよ
唇の動きで遠目からでも何を話し会っているのか分かっていたが、やはりムカつく。
彼女の苛立ちは捕まっていた屋上の屋根に、凹みを作るほどの力を加えていく。
教室に乗りこんでしまうかもしれないという所まで来ていた彼女の怒りは──突如として一気に消沈し、
「はぁ……食べてよ霞命ぁ……」
──やっぱ、変にプライド持たず私が作ったって言えば良かったのかな。
顔をゆっくり上げてみると、霞命が水筒を開けている光景が映り込んだ。
「あ……豚汁」
永進丸に「霞命が大好きだから」と作らされた豚汁。
それを蓋へと入れ、色合いを眺めていると静かに喉へと押し込んでいった。
衆能江の心に緊張感が
──不味く、ないかな。
霞命は唇を開かず何も言わなかった。
そして特に何も言わぬまま、
静かに頬を
その姿を見ても、衆能江は表情を変えなかった。
落ち着きを取り戻し、無言のまま座り直すと、
「また……作ろっかな」
静かに頬を染めていた。
【完】遺語汚禄 糖園 理違 @SugarGarden
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます