最終話 魔王ルセイン
時は少し遡る
一時的にルピナスのアジトに身を隠した一同は息を潜め、アヤカが戻るのを待っていた。オルタナとガイブは別室にて床に就いており、部屋にはオリビアとルセインが残っていた。
「あのさ……街を出る前に話しておきたいことがあるんだ」
「深刻な話? 目つきが怖い」
「め、目つきは元からだよ。それよりも話を聞いて欲しいんだ」
戸惑い気味のルセインを訝しみながら、オリビアは口を閉じ向き合う。
「ロザリオに戻ってからもオリビアとはずっと一緒にいたいと考えていたんだ。で、でもそれは仲間として……で、もし、オリビアがそうじゃなければ、俺はオリビアと別れなくてはとおもって……」
「?」
「ごめん、だからさ……」
要領を得ない、何とも歯切れの悪い言葉である。ヒエルナ皇国に殴り込みをかけ、勇者カルディナを倒した同一人物とは考えられない情けない姿である。オリビアはルセインの前へ否定の意味を込めて手のひらを前にだすと、きっぱりと言葉を遮る。
「ひょっとして、私、振られてる?」
「あ、うん。いや、違――」
「――ルセイン!」
射抜くような視線を受けて、ルセインの視線が落ち着きなく泳ぐ。大きく息を吸うと落ち着きを取り戻したようで、力強い視線を正面より受け止めた。
「ごめん。ちゃんと言うよ。俺、オリビアとはこのままじゃいけないと考えたんだ。俺はオリビアと仲間に――共に戦う仲間に戻りたい」
思わぬ告白にオリビアの瞳から涙が溢れ出そうになる。ルセインの次の言葉で溜まりに溜まった涙は堰を切ったかのように流れ出すであろう。
「そっか。ルセインはアヤカを選んだの……」
可能性としては十分にあり得る事だった。ここ最近のルセインのアヤカを見る目は明らかに仲間を見る目ではない。そこには何らかの特別な感情が含まれていると、傍から見てもはっきりと分かった。オリビアはルセインの前では涙を流すまいと、その場を静かに去る決意を固めると、ルセインから信じられない言葉が続く。
「いや、アヤカを選ぶこともできない。俺はこれから一人で生きていかなくてはならないんだ!」
「はっ?」
涙が急速に枯れてゆく。納得のできないオリビアがルセインを問い詰めると、このような言い訳が返ってきた。
「オリビアは大好きだ。俺の故郷が偽りだったことは残念だけど、この先もずっと同じ景色を見ていたい! 黒狼傭兵団にいた時にオリビアの存在がどれだけ支えになったことか……。あの時の気持ちは今でも色あせてないよ。
でも、サンアワードから戻って、自分が何者か分からなくなった時に救い出してくれたのはアヤカなんだ。助けられ、現実に導きだされたとき――アヤカに対して感謝の気持ちとは別に、愛おしさを感じちゃったんだよ……ごめん」
「それで、どっちも選べないから両方と距離を置くと?」
「……ごめん」
怯えた子犬のように視線をそらす。オリビアは小さくため息をつき、視線を一度下げると、ルセインを生暖かい目で見つめ直す。
「私を見て!」
気まずそうにオリビアに対し視線を合わせた瞬間、鋭い痛みと共に視界が白い光に包まれる。
「この馬鹿たれ!!」
勇者を超える力と言っても過言ではない拳がルセインの脳天へと落とされる。
「ぐぬぁぁぁぁぁぁぁ!」
鋭い痛みに椅子から転げ落ち、もがき苦しむ。その姿を上から見下ろしながら腕を組むオリビア。表情はあきれ返っており、手の施しようの無い馬鹿を見ていると顔に書いてある。
「振るならもう少しマシな言い訳を考える」
「い、いや違うんだ。本気で考えて出した結論なんだ。俺は二人とも好き過ぎてどうしようもないんだ」
「はぁ。私は悲しい。死闘を乗り越え、これからという時にそんなくだらない言い訳でふられる女二人。私達がそんなつまらない言い訳で納得すると思うの?」
「うっ」
「ルセインがこれから傭兵に戻るというのなら、傭兵のルールで私達と付き合えばよい。傭兵は欲しいものを力づくで奪う。ルセインは私とアヤカを力づくで奪えばよい」
「えっ?」
「黒狼傭兵団はもうない。貴方はこれから新傭兵団の頭になる男。頭が女二人を養えないようでは困る」
「いや、でも、俺は……」
「くどい! ルセインは私達が好きなんでしょう?」
「は、はい」
「じゃあ、私の提案でいいじゃない」
オリビアの有無を言わせない物言いにルセインも思わず頷いてしまう。オリビアは満足そうに口角を上げると、それ以上は話すことはないと寝床へと戻っていく。
「……」
オリビアが寝床に戻ると同時に、二人のやり取りを聞いていたオルタナとガイブが入れ違いでルセインの元にくる。
「ウヌ。相変わらず情けないやり取りだ。既に尻に引かれているではないか」
「ぬっ! しょうがないだろ。俺も考えが足りなかったかもしれないけど、ちゃんと考えた結果だったんだ」
「勇者を倒すほどの男とは考えられない発言ではあったけど……まぁ良かったんじゃないか? 結果として美女二人を手に入れられるわけだしな。でも、大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫って?」
「オリビアは傭兵団育ちだからあんな発言できるだろうけど。アヤカは納得しないかもよ。呪いで素顔を隠してきたから、今まで恋愛もできなかったろうし。そういうところは純粋だったりするもんだぜ」
「えっ! ど、どうしよう」
「……」
「……」
両手で頭を抱えこむ。情けない話ではあるが、僅かながら震えているようにも見える。オルタナとガイブはこれ以上、何を言っても無駄と判断し寝室へと踵を返した。
~~~
ピレシー山麓
もうすぐ春とはいえ、山の麓はまだ少し寒い。しかし、別れを祝うかのように空は晴れ渡り、雲一つない。そんな中、ルセインの元より一人の男が別れを告げる。
「じゃあな!」
遠くに離れてゆくというのに綺麗な歯が光り輝いているように見える。オルタナが大きく手を振ると皆が一斉に手を振り返す。オルタナもセリィも決して幸せな半生だったとは言えない。今後二人には幸せになって欲しいと皆願っている。
手を振る姿が見えなくなるとルセインは皆に対してオズオズと口を開いた。
「い、今更だけど、本当に俺に付いて来てくれるの? 前も言ったけど傭兵だよ。時には危ない目にあう。みんなは平和に暮らせる可能性を捨てて、本当に俺に付いて来てくれるの?」
「はっはっはっ! 前にも言った通り俺はお前と共に行動したい。少なくともナンナがこちらの生活に慣れ、嫁に行くまではコボルトの同朋に会うのは早いだろう」
「そう言ってもらえるのは嬉しいよ。確かにガイブがいれば戦闘で困ることはないと思うけど……」
ガイブは笑いながらルセインの肩をバシバシと叩くと、心配するなと一言だけ告げた。
「アヤカは? レリックの扱いにも長けているし、何でもできるんだから働き口には困らないんじゃないの?」
「あぁーー。本当にひどいですね。私の手配書が誰のせいでヒエルナ中に撒かれていると思うんですか? 確かに直接戦闘は皆さんには敵わないかもしれませんが、後方支援ならお役に立てるはずですよ……それとも私がついて行ったら迷惑ですか?」
「そ、そんな事はないよ。アヤカが後方で支えてくれれば百人力だよ! よろしく頼むよ」
「そうですか」
ルセインが肯定すると顔を赤く染め、もじもじとし始めるアヤカ。
「オリビアは――ごめん、愚問だったね」
聖女の力があればどこの国からも引っ張りだこであろう。しかし、オリビアにとっての居場所はルセインのいる場所が全てなのだ。ルセインが傭兵になるといえばオリビアの居場所は自然と傭兵となる。
「それよりアヤカにあの話はしたの?」
自分の知らない話が出てきたのかアヤカがルセインに食いついて来る。
「えっ? あの話って、何?」
「いや、あの、まだ。心の準備が」
「えっ何ですか? 今さら、隠し事は無しですよ!」
「じ、実は――」
先日のオリビアとのやり取りを包み隠さずに全てを話す。そのやりとりを腕組を見ながら見守るオリビア。二人を見守る姿勢はまさに母そのものであった。ちなみにガイブは不穏な空気を察知したのか見張りを理由に少し離れた場所で辺りを眺め、このやり取りには我関せずを一貫している。
「はっ? 私とオリビアを? えっ? これって告白ですか?」
アヤカはがワナワナと震えだすとルセインは手持無沙汰になった手で無意識に口の辺りをさする。
「はぁぁぁぁぁぁぁ。惚れたもの負けとはよく言ったものですが……」
盛大なため息の後に浮かべた表情は、呆れ半分、笑顔半分といった塩梅である。
「えっ? それって?」
「何、勘違いしてるんですか? 私はこのような雑な告白でも貴方を見捨てずについて行くと言っているだけですよ」
「そ、そうだよね」
(本当にこの人が隊長を倒したのかしら……でもーー)
背を向け、前を歩き出すアヤカ。その表情をルセインが見ることはできないが、目元を緩め優しく微笑んでいる。
不安そうにアヤカに着いていくルセインの背中をオリビアが力強く叩く。
「そんな不安そうな顔をしない!」
「う、うん」
厳しい言葉とは裏腹にオリビアの表情も明るい。
「行こうアヤカ! ルセインの陰気が移る」
「ちょっ! ちょっと待って!」
オリビアがアヤカの手を引き前に走り出すと、ルセインは一度立ち止まり、後方にいる二股狼、リュケス、ルイにブラッスリーへと合図を送る。
「さあ、行こう! ロザリアはもうすぐだ」
春には少し早い晴れ空の下、ルセインの後を魔物の群れが後に続く。
相変わらず不健康そうな顔色に、目元の隈は不気味さを醸し出している。しかし、その表情は今までになく希望に満ち溢れており、足取りは今までになく力強かった。
※※※
その後、ロザリアのある人物が世界中で噂される。その名は【魔王ルセイン】二十四匹のレジェンド級の魔物を従え、二人の美姫に、灼熱の鬣をもつ獣人を仲間にする。極悪非道と言われたどの組織も魔王ルセインに睨まれれば数日で地獄の底に突き落とされる。
話は吟遊詩人により瞬く間に広がり、その後、数百年に渡り語り継がれる物語となる。しかし、本当のルセイン達を知る者は限られた者しかいない。
※※※
あとがき
この《強制ジョブチェンジ!街の兵からネクロマンサーに転職》は別サイトで投稿していた小説をカクヨムにて投稿し直した小説です。改めて読み直して見ると誤字脱字、描写不足などがあり、半笑いになりながら数万字の書き直しをしておりました。世の中に面白い小説が溢れるなか、時間を割いてこの小説を最後まで御拝読していただいき感謝しております。
最後になりますが、早い段階で話の辻褄が合わない部分を指摘して頂いた某読者様。毎話応援を押しながら優しく誤字脱字を指摘頂いた某読者様。サイトをひらく度に温かい気持ちになっておりましたありがとうございました。
なお、明日13時13分より別小説を投稿しますので宜しければご覧になっていただければ幸いです。
強制ジョブチェンジ! 街の兵からネクロマンサーに転職 陽乃唯正 @noel1215
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