第270話 パパ、私も大好きよ

 サーラサーハがワルクーレを足で踏みつける。視線はオ―スタンスの浮かぶ水槽を経由して、カルディナを抱えたランドルフに向けられていた。


 部屋には機械を動かす駆動音のみが響き、オースタンスはまだ幼かった頃の面影が残るカルディナの姿を見降ろしていた。


「うっ! 私は……」


 カルディナは目の前にいるランドルフを見て状況を察したようで、盛大なため息を吐くと力なく項垂れた。


「私、やられたのね。ルセインは? ……そう。みじめに負けた挙句に手当てまで。私ともあろうものがなんて情けないのかしら」


 いつもの様子に、ランドルフは目に涙を浮かべる。


「もぉ、隊長。そんな事は後で考えれば良いんです。それより、見てください。分かりますか?」


 ランドルフの視界の先をたどるとカルディナの時が止まる。


「えっ……」


「成長したなカルディナ」


 ランドルの元を離れ、よろよろと立ち上がったカルディナ。驚きの表情を浮かべ、オースタンスが漂う水槽の前に立つ。その様子を見たランドルフはサーラサーハに目で合図を送る。サーラサーハはワルク―レを肩で担ぐと、後ろ髪を引かれる思いで、ランドルフに続き部屋を後にする。


 カルディナはそんな気遣いに感謝しながら、オースタンスの円柱型の水槽に足早に駆け寄る。


「……パパ」


「パパ、パパ、パパ!」


 水槽に両手を付け、頬を押し付ける。堰を切ったかのようにカルディナは感情の赴くまま声を上げる。


「寂しい想いをさせてすまなかったな」


「本当よ。寂しかった! 私、寂しかったんだから。どうして、どうして何も言ってくれなかったの!?」


「すまなかった。当初は普段の生活をしながらシステムを運用していたんだが、ヒエルナの人口が増加し、多様化するとどうしても処理能力が追い付かなかった。私も家族と別れるのは苦渋の決断だった。しかし、お前の姿を見て今さらながら気付いたよ。他の手段を模索するべきだったと……」


 長い間求めていた父親が目の前にいるというのに、カルディナの口から次の言葉が出ることはなかった。頭の中では、長年溜め込んできた喜びや憎しみの感情が入り混じり、過去の思いが次から次へと溢れ出る。


「な、なんで。なんで」


 そんな娘の姿を見てオ―スタンスは言葉を失う。


「本当にすまなかったと思っている。できればこの先、お前たちの事を支えてやれればとも思うが……。私の時間も残り少ない」


「えっ!」


「私はこの命をこのシステムに捧げている。ルセインの特殊な魔力に影響を受け、一時的に意識を保っているに過ぎないのだ」


「えっ! 私、まだ、」


「聞いてくれ。お前が私を恨むのは理解できる。私が意識を失った後にお前がここの施設を破壊したとしてもそれはしょうがないことだ。ただ、一つ憶えていて欲しい。私はお前たちに争いの無い平和なヒエルナで暮らして貰いたかったのだ。愛していた家族に幸せになってもらいたかったのだ」


「そんな、そんな勝手だよ」


「ああ。わがままな父を許してくれ。愛してるカルディ――」


 力なく首をうなだれると、オ―スタンスが次の言葉を紡ぐことはなくなった。


「パパ、私も大好きだよ。う、うわぁぁぁぁぁぁぁ」


 カルディナは大粒の涙を流し、力なくその場に崩れ落ちると声を上げて泣き続けた。


 ※※※


 街道


 ヒエルナ皇国を後にしてしばらく経つ。街道を歩く三人は、イケメンのオルタナ。聖女のオリビア、ヒエルナで魔王と呼ばれ始めたルセインの三人だ。


 ガイブはナンナと街に残り数日後に合流予定。アヤカはルセイン達と共に行動する約束を交わし、ルピナスと数日過ごした後に合流する予定となっている。元々そこまでおしゃべりでないルセインとオリビアの間にオルタナが入り、何気なく会話は続けられていた。


「隊長はあの【機関】とやらを守っていくようだな」


「あの後、どんな会話がされたかは分からないけど、ランドルフさんがついてるんだし、問題ないんじゃないかな?」


「確かにな。あの場で聞いた話が全て真実かは確認しようがないけれど、俺には隊長の父親が嘘をついているようには見えなかった」


 そんな中、ふと、ルセインが街道を振り返る。見えなくなり始めたヒエルナの街を名残惜しそうに眺めはじめたのだ。


「もうすぐ見えなくなるなぁ。俺の半生を過ごしたヒエルナ。帰らないとなると感慨深い」


 ルセインにつられオルタナとオリビアも遠くに小さくうつるヒエルナ皇国を見る。


「いい思い出でばかりではない。でも、二度と帰らないと思うと少し寂しいかもな」


「私はそうでもない。あの街は作られた街。よそ者の私には居心地が悪い」


 城を出た後は隠れ家に一時的に身を隠し、ほとぼりが冷めたのを見計らい街道に出てきた。三人の手配書は依然としてヒエルナに出回っているが、ルピナスより渡された強力な認識阻害のレリックにより三人を捕まえられるものはいない。


「ランドルフさんはやっぱり隊長の元にのこったな」


「最初から隊長を助けるのが目的だったし、当然といえば当然だよね」


「でも、少し寂しくなる」


 異端審問官はその後、五月闇の牢獄最深部にワルクーレを閉じ込めると、カルディナと異端審問官で共同声明を上げ、街にスタンピートをもたらした魔王ルセインの撃退を発表する。


 コペルニクスにより以前からルセインの悪評は高められていたが、今回の事件により名実共に異端者扱いされることになった。


「ルセインはこれで良いのか?」


「良いも、悪いもないよ。理由はどうあれスタンピートを引き起こしたのは俺だしね。仲間も無事だったし、ランドルフさんも隊長を助けられた。結果だけをみるなら大満足だよ」


 口では後悔はないと言いつつも、表情はどこか寂しげである。そんなルセインを見て、オリビアが肩に手をかける。


「安心して私がついている」


 優しく微笑むと、ルセインも釣られて笑顔になる。そんな二人を見て、オルタナは複雑な表情を浮かべ、ルセインの腕を掴み、少し先まで走る。オリビアの耳に届かない囁き声で耳打ちする。


「お前、どうするんだ? 本当にアヤカに言えるのか? 早く覚悟を決めろよ。もうすぐ合流だぞ」


「か、覚悟は決めている。卑怯者と言われようと俺はアヤカに自分の思いを伝えるよ」

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