冬の章 狸と狐
足早に秋が過ぎ、冬がやってきました。北風が引き連れてきた真っ白な雲は、まるで自分の一部のような雪を降らせました。山も、野原も、道も、すっかり雪に覆われて、空との境い目が分からなくなるくらい、景色を真っ白にしてしまいました。
ある時、真っ白になった山の中を、一匹の狐が歩いておりました。赤茶色の毛皮はすっかり分厚い冬毛になって、雪が体を転々と白く染めています。たまにぶるっと体を揺すって、体に乗った雪を払い落としました。
「おい狐さん。おいおい狐さん」
突然声を掛けられて、狐はびっくりして飛び上がりました。振り返ると、ご近所さんの狸が首を傾げております。
「なんだい、そんなに飛び上がって」
「足音も立てずに声を掛けられたらびっくりするだろ」
「仕方ないじゃないか、こんな雪の日なんだもの」
狐が狸の足音に気付かなかったのも、無理のないことです。降り積もった雪は地面のみならず、足音や匂いまですっかり覆い隠してしまっていました。
不意に遠くから、ざく、ざく、という大きな足音が聴こえました。二匹が慌てて木の陰に隠れると、鉄砲を担いだ人間の猟師が、ぬっと現れました。
「また来た。これだから俺は冬が嫌いなんだ」
狐がさも嫌そうに、小さな声で呟きます。狸も頷きました。
「本当だねぇ。寒いし、食べるものは無くなるし、人間が鉄砲を持って山に来る。恐ろしいったらありゃしない」
二匹がぼそぼそと話しているうちに、猟師は歩いて行ってしまいました。不意に狸が言いました。
「おい狐さん。あの猟師のあと、つけていってみようか」
狐は目を見開きました。
「冗談じゃない。気付かれて撃たれでもしたら、死んじまうじゃないか!」
「大丈夫だよ。足音はしないし、ほら、また雪が降ってきた。上手く撃てやしないさ」
世間では、こういうのを思いつくのは狐だと相場が決まっていますが、彼らの場合は違っていました。狸は面白そうに猟師のあとをつけていき、狐はびくびくしながら、狸のあとを追っかけました。
冬の太陽はせっかちで、当たりはあっという間に暗くなりました。雪はしんしんと降り続け、猟師は雪で覆われた道を、ざくざくと踏みしめて歩きます。少し離れた所から、一匹の狸と狐が、足音もなくついていきます。
周りは暗くなっていきますが、それに反するように明るくなる場所もあります。それは、猟師が向かっている人間の住む村です。この狸と狐は、人間の住む村には初めて来ました。二匹とも小さい時から「人間の住む村は怖いところだから、絶対に近付いてはいけない」と、母親に教わっていたからです。
猟師が家に入っていくと、家の中からはおかみさんの声がしました。
「おかえりなさい。今日はどうでした?」
猟師は困ったように笑いながら答えました。
「いや、何も取れなかったよ」
この会話を、家のすぐ近くにやってきた狸と狐は、じっと耳を澄まして聞いていました。家の中からは、夫婦の他愛のない会話が、途切れては聞こえ、途切れては聞こえました。狸と狐は、人間はずっと怖いものだとばかり思っていたので、二人の暖かな会話を聞いて、たいそう驚きました。
しばらくして、狸がぽつりと言いました。
「狐さん、僕たちも帰ろうか」
狐が言いました。
「そうだね、帰ろう」
二匹は
四季連作 巡り、巡る。 藤野 悠人 @sugar_san010
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