終:魔女密室虐殺刑
勅使河原結依にビデオチャットで函館に向かうよう指示した後、私はスーツから着替えて、織木真理が待つ山奥の家に向かった。
明日の計画実行に必要な灯油や点火装置などは、あらかじめ家の近くの茂みに隠しておいたので、特段、慌てる必要は無かった。
翌日、母と共にサバトの準備をしながら、結依と京子の到着を待った。
母が二人を出迎え、談笑しているのを自室から聞いていると、急に私の名が呼ばれ、心臓が跳ね上がった。
鳥栖蓮華ではなく、織木亜理紗として二人の前に立つ。ここでバレてしまったら、計画は失敗だ。
もちろん、バレるはずはないと、頭では分かっている。
鳥栖蓮華としてビデオチャットするときは、服装も髪型も化粧も、すべてに気をつけていた。声も、ボイスチェンジャーで加工し、本来より低くしていた。多少、ロボットのようなノイズが入ってしまうようだが、相手がそれを気にしたことは一度も無かった。
結果、心配は杞憂に終わった。
夕食の時間となり、私は睡眠薬入りのワインを母たちに飲ませた。
全員が眠ったことを確認し、まずは結依と京子を物置兼客室に運んだ。
続いて母をシャワールームまで運び、鉈を使って首を切断した。シャワールームを使ったのは、血の処理が簡単だと思ったからだ。仮に寝室で切断したとしたら、噴き出した血の跡や、それを踏んだ私の足跡から、第三者が殺したことが判明しかねない。あくまで、自殺に見せかける必要があった。出血が収まるまで、母の死体はシャワールームに放置しておいた。鉈は血と肉を洗い落とし、客室の工具入れに戻しておいた。
次に、灯油と発火装置の設置を済ませようと、脚立を外に持ち出した。貯水タンクの配管を外し、中の水を捨て、灯油に入れ替えた。電動ポンプと電気コンロの電熱線を、翌朝九時三十分と十時にそれぞれセットしたタイマーコンセントを介して、ポータブルバッテリーに接続した。
シャワールームに戻り、母の死体を運び出そうとしたところで、床に残った血痕に気付いた。シャワーで洗い流そうと混合水栓を捻ると、水が少し出た後、灯油に変わってしまい、慌てて止めた。幸い、血は流せたが、シャワールームは灯油臭くなってしまった。
血が垂れないように、ビニール袋を母の頭と首、両方の断面に被せ、母の寝室へと運んだ。死体はベッドに寝かせようかとも考えたが、あくまでAIを用いた機械的な仕掛けで死んだように見せたかったので、暖炉にもたれかかるような体勢にした。
ノートパソコンに、あらかじめ作成しておいた画面を表示させ、ベッドの上に置いた。以前、母に言われて作成した魔女AIアルディナスとは無関係の、時計とメッセージと入力欄があるだけのウェブページを模した画面だ。AIと対話したり遠隔で何かを動かしたりといった機能はもちろん無く、入力欄に何を記入しようが『違います』とポップアップするよう組んである。普段からオカルトガジェットでウェブページを作成している私にとっては、この程度、朝飯前だった。
カンヌキに糸を掛けた状態で部屋の外に出て、糸を引き、簡単に密室を作り上げることに成功した。糸は、母がウィッチクラフトで使用した余りがリビングにあったので拝借した。
最後、玄関扉から二人が逃げ出すのを防ぐため、力尽きるまで釘を打ち続けた。
あとは朝が来るまで待つのみ。私も自室に戻って仮眠を取った。
翌朝、二人を起こしに行くと、ちょうど目が覚めたところのようだった。母が起きてこないことを話し、二人を死体に引き合わせた。
ノートパソコンのメッセージに気付いた後は、想定通り、脱出経路探しとなった。このとき、私の寝室だけは二人に調べられたくなかった。ベッドのマットレスとフレームの間に、死体運搬に使用したビニール袋を隠していたし、何より、唯一の脱出口が私の部屋にあったからだ。だが、これも杞憂に終わった。疑う素振りもなく、私の証言を鵜呑みにしたのだ。死が迫る中、その窮地において、まさか犯人が隣にいるなどとは考えなかったのだろう。
すべての経路を確認し、脱出不可能だと分かった後、ようやく首切りの謎に取りかかってくれた。下手に扉などを破壊しようと動かれるより、正解がない密室首切りの袋小路に迷い込んでくれたほうが、私としては安心だ。
しかし、結依の推理力もとい妄想力には驚いた。灯油周りの仕組みはほとんど正解だったし、ハープの弦、暖炉、ドローン、風車を用いた首切りのカラクリ装置をあの短時間で考え出したのだ。
面白かったので、その推理に乗ることにした。推理の傍証はすべて私のみが確認し、そして事実であるかのように虚偽の報告をした。本当はドローンもハープの替え弦も無くなっていないし、風車に弦が絡まっていたというのも真っ赤な嘘だ。
会心の推理も水泡に帰し、いよいよ火の手が迫る中、私は自室に戻り、カンヌキを掛けた。これは万が一、私の脱出に気付かれたときの保険だったが、二人とも玄関扉に夢中のようだったので、要らぬ心配だったかもしれない。
そして、あらかじめネジを緩めておいた窓の面格子を蹴り破り、私は家から脱出した。
首を切られ惨死した母と、努力の甲斐むなしく、ただただ死んでいく二人。そして因縁深き家が焼け崩れていく様を見ると、笑いが止まらなかった。
憎き魔女どもは、外に出ることの叶わない密室で、私の手により虐殺されたのだ。
私は魔女もその信者も大嫌いだ。いや、好き嫌いという次元ではない。存在が許せないのだ。
十歳になったばかりの頃、私は母に連れられて、魔女のサバトに参加した。
修道院からさらに山奥に入ったところに建てられた小屋には、たくさんの修道院関係者のおじさま方がいた。一様にギラついた目をして、いやらしい笑みを浮かべていた。
アロマが充満した部屋で、母は服を脱がされ、おじさま達はその体を弄び始めた。しばらくして、その汚らしい手は私にも迫り……。
結局のところ魔女のサバトというのは、儀式の皮を被った、聖職者による乱交パーティーだった。
そして、それは私の出生の理由でもあった。
私には戸籍が無い。
なぜ出生届を出さなかったのか、母を問いただしたことがある。すると、「修道院のおじさま方が面倒を見てくれるから必要ない」だとか、「そもそも父親が誰なのかも分かっていない」とかいう、とんでもない答えが返ってきた。
おかげで学校にも病院にも行けず、結局、私は修道院のおじさま達の助けを借りないと生きていけない状態になってしまっていた。
ヤツらは女をペットのように繋ぎ止め、己の醜い欲求を満たすことだけを考える畜生だ。
そんなヤツらも、それを何の抵抗もせずに享受する母も、その母を神のように崇める連中も、私は殺したいほど憎んで生きてきた。
私の自由はインターネットの中にのみ存在した。
人生を変えるため、復讐を果たすための資金を調達しようと、必死に勉強し、ウェブサイトを立ち上げた。ウェブ上での仕事なら、住民票などの提出を求められることが無い。市内の自宅を仕事場とし、支払いに必要な銀行口座やクレジットカードは母名義のものを借りた。
ウェブサイトは「オカルトガジェット」と名付け、オカルト関係ならなんでも扱うことにした。オカルトに人生を狂わされた同胞も、そして、その敵も、同時に見つけることが出来ると考えたからだ。
活動する際のペンネームは、魔女裁判に用いられた法典『魔女への鉄槌』の著者であるインスティトリスとシュプレンガーから取って、鳥栖蓮華にした。
次第にライターが集まり、その中に勅使河原結依と岩田京子もいた。
京子はスピリチュアルを完全に信用しきっている正真正銘の馬鹿だった。さらに、織木真理の熱狂的な信者ともなれば、絶対に処刑しなければならない。
結依は、非常に聡明で最初は好印象を覚えたのだが、根っからのオカルト信者だったし、身だしなみに無頓着な部分もだんだん鼻につくようになった。このような女がいるから女の価値が下がり、世の男どもに舐められるのだ。せっかくだから、一緒に処刑しようと思った。
計画の準備が整い、私は実行に移した。コイツらが好きそうな、ヴァルプルギスの夜を狙って。
全員眠らせている間に放火して殺すことも可能だったが、すべての元凶である母は自分の手で鉄槌を下したかったし、信者には、己の無力さを呪いながら、敬愛する魔女の手によって死ぬというシチュエーションを味わわせてやりたかった。
計画の序章が終わった今、私はフィリピン行きの飛行機に乗っている。偽造パスポートの入手は驚くほど簡単だった。フィリピンは、貧困層の間ですら仮想通貨が盛んなほどインターネット網が整備されていて、なおかつ物価も安い。逃亡先として打ってつけだ。
やがて、焼け跡から首切り死体が見つかれば、放火殺人の線で警察が捜査を開始するかもしれない。しかし、首切りに使った鉈を最後に持っていたのは結依だ。もちろん私の指紋も残っているだろうが、戸籍の無い私にまで捜査の手が伸びてくるのかは正直分からない。もちろん、簡単に捕まる気などさらさら無いが。
魔女AIアルディナスのデータは私が持っている。
これを使えば、全国の魔女信者を死に至らしめることが出来るのではないかと私は考えている。
例えば、拝火のサバトを密室で行わせ、一酸化炭素中毒を引き起こしたり。
優秀な人物であればこちら側に引き込み、聖職者を誘惑させ、情事の隙に殺すよう仕向けたり。
元々、科学的根拠の無い健康法にすぐ飛びつくような人々だ。火刑で非業の死を遂げた魔女、織木真理のAIが指示したとなれば、深く考えもせず、そのまま実行に移すのではないだろうか。
すべての鎖が外れ完全な自由を得た私は、これからの人生を、私の人生を狂わせた者達への復讐に充てるつもりだ。
魔女とその信者、そして醜い聖職者を根絶やしにするまで、私の虐殺刑は続くのだ。
<了>
魔女密室虐殺刑 真瀬 庵 @kozera_hinami
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