魔女の森

 まだ葉の揃っていない広葉樹に覆われた山道は、曇天も相まって薄ら寒い雰囲気だった。

 いや、四月三〇日の函館は、事実として肌寒い。


「絶対、結依先輩のせいです! 先輩って、もしかしなくても雨女なんじゃないですか?」


 隣を歩く京子が、息を切らしながら悪態をつく。金色の長い髪を両肩の辺りでふわりとカールさせ、生成りのワンピースにサンダルと、およそ登山に似つかわしくない格好をしている。天候はともかく疲労については彼女の自業自得だろう。ウインドブレーカーにスニーカー姿という、完全にオシャレを捨てた私の格好を少しは見習って欲しいものだ。


「恨むなら私じゃなくて編集長にしな。そもそも、あの人の差し金で来たワケだし」


 午前中に函館港にほど近い観光ホテルのロビーで京子と合流した後、海岸線を一時間ほどバスに揺られ、登山道の目印となる修道院を目指した。彼女によると、魔女の家は人里離れた山の中にあるとのことだった。

 修道院の近くに着いた頃には、朝方は輝いていた海面もすっかり鈍色になっていた。天気予報によると、午後から明日の明け方に掛けて、強風が吹きすさぶらしい。

 ハイキング気分でいる京子にそのことを伝えても心ここにあらずと言った感じだったが、実際に天候が傾くにつれて京子の機嫌も悪くなっていった。

 そんな京子に先導されながら、私たちは舗装もされていない山道を奥へ奥へと、もう三十分近く歩き続けていた。


「やっぱりさ、魔女の取材なんだから快晴だったら雰囲気出ないだろ。むしろ曇っててラッキーじゃないか」

「あー! そういうのが偏見とか女性差別を生んでるんですよ!」


 気を利かせたつもりが、逆に反感を買ってしまった。


「先輩もどうせ魔女裁判する側の人間なんですよ、所詮」


 京子は口を尖らせ、私に冷たいまなざしを向ける。いいから、キビキビと歩いて欲しい。


「でも魔女っていうとさ、やっぱり薄暗い部屋で緑とか紫の液体が入ったでかい鍋をかき回してるイメージだろ。一般的にはさ」

「それが偏見なんです! そもそも魔女っていうのは、キリスト教をワールドワイドに布教する段階でアンチ認定されちゃった、その他の宗教の地母神と信者たちのことなんです! 大地の恵みよありがとうって暮らしていただけなのに、適当な悪いイメージを植え付けられちゃっただけなんですよ。昔あった魔女裁判なんてのも、風評被害によるイジメに他なりません!」


 今制作している記事では、あくまで新時代の魔女について書いていたので、昔の魔女については薄らとした知識しか持っていなかった。調べても、魔女裁判についての文献ばかりで、魔女の原型についてはさっぱりだった。京子はさすがスピリチュアル系を専門にしているだけあって、その辺に詳しい。


「なるほどな。だから現代の魔女たちはハーブだとかオーガニックだとか、自然派なのか」

「……なんか先輩、バカにしてないですか? でもまあ、そんなところです。邪教だとか怪しい黒魔術だとかじゃなくて、自然の恵みを享受して自分らしく生きようっていう、女性の解放みたいな側面が強いですね」

「女性の解放ねえ……。でも、それがなんで魔女AIなんてものに繋がるんだ?」


 そう、魔女AIこそが、ネットロア担当の私が記事制作に抜擢された理由だ。

 先日、新世代の魔女である織木真理は、自身の人格を持つ魔女AIを生成したとライブ配信内で発表した。最近流行っているチャット型AIと同様、テキストで対話できるものらしいが、具体的にそれらと何が違うのかは伏せられたままだ。多くの信者が魔女AIの一般公開を待ち望む中で、いち早くスクープを手に入れようと、今回、我がオカルトガジェットが取材を申し込んだ次第である。


「そりゃあ、人間は常にアップデートしなきゃいけないですからね。神様だろうがAIだろうが、使えるものはみんな使うのが現代の魔女なんです」


得意げに京子は言った。

 彼女の言い分はともかく、オカルトと最新技術の混血児たる魔女AIの詳細については、織木真理に直接訊くしかないだろう。

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