ささげ
灯村秋夜(とうむら・しゅうや)
お聞きしたいのですが。“ササゲ”ってご存知でしょうか? いえ、違います……細長いさやいんげんみたいな豆ではなくて。赤紫色のサボテンのような植物です。ない? いえ、そんなはずは。私は確かにこの目で見たのですが……。オカルトサークルなら何かご存知だと思ったのですが、違ったようですね。失礼します。
情報共有を? それで知っている人が見つかればいいのですが。もっとも、あれのことを知ってるのに生きている人がいたら、それこそ変な話ですけれど。あの植物は……あれを見たときのことからお話しします。
かなり悲惨な生まれの先輩がいらっしゃいまして、いつもその人の愚痴を聞いていました。母親が風俗嬢ですとか、ホスト狂いですとか、兄にいたずらされるですとか、犯されそうになっていたですとか……気を惹くために冗談を言っているのでなければ、あんまりひどい境遇だったと思います。実家が遠いのと、そのような方々にはお会いしたくないのとで、確かめることはありませんでした。そうでなくとも、先輩はひどいうつ状態でしたので……やはりいずれ、自殺なさっていたのだろうと思います。
はい。先輩は自殺されました。周囲の偏見や経済的な締め付け、性被害を含むDVと、とうてい一人の人間が受け止めきれるものではない問題が山積みでしたから。ただ、その前にいくつかの問題が起こりました。ひとつは先輩が自殺サークルに所属してしまったこと、もうひとつは先輩の一家が巻き添えを食ったらしいことです。仲良くもない家族が自殺の巻き添え……まさか心中などするのかというお話になるのですが、それが“ササゲ”の話につながります。
あの人がなくなる二日前のこと、先輩が「こんなのがあるの」と写真を見せてきました。おかしなものを調べては妙な知識を付けてくる人でしたので、今度は何だろうと思って写真を見ました。そうですね、いつもなら妙な漢方薬や呪具や……どこでどう探したのか、見当もつかないようなものばかりでした。外国の魔女の街で売られている不思議な道具だなんて、画像があったところで意味がないように思いましたが。それが、赤紫色のサボテンのような“ササゲ”だったんです。
半信……でもありませんね。あの植物が実在したとしても、私は先輩の言うことなんて信じなかったと思います。誰かの創作なのか画像をコラージュしたのか、そちらあたりの可能性の方が高いですから。ですから、それがすぐにバッグから出てきたときは、ぎょっとしました。いつも愚痴を聞かされていても、行動に移す人ではありませんでしたから……。一家でいちばん弱い立場にいたあの人は、抵抗なんてできなかったんです。
ええ、そうです。妙に実感がこもっているコメントだと思われたでしょう? 本当に目の当たりにしていないと、もっとほかの種類ではないかと考えたと思います。多肉植物にもいろいろありますから。身近に見かけそうなものですと、ベンケイソウやマツバギクがあるでしょうか。斑入りも、ああいう赤紫色の差し色も、栽培されている植物にはありがちですものね。今思えば、“ササゲ”というのは品種名だったんだと思っています。
家に置くだけで一家全滅するんだって、とおっしゃいまして……さっそくサークルで悪影響を受けてきたな、と思いました。先輩が説明するには、ルールはこうでした。死なせたい人に近い場所に置いておくと、ふだんからそこで生活している人が全滅するのだそうです。自室のベッドの脇に置けば自分の家族が、誰かにプレゼントすれば、その人に加えて同じ家で寝泊まりする人が……というわけですね。
この話を聞いたときは、なるほど、うまいこと考えたなと思いました。正直、自殺サークルの人に感謝さえしたい気持ちになりました。あの人が苦しんでいる原因は家族です。これを家に置いておけばいい、自宅にはもう二度と顔を出さない……そういう宣言だと考えれば腑に落ちます。あなたの嫌いな人なんてもういない、たとえ暗い動機で集まったとしても、新しいコミュニティーで生きていこう、と。そういうメッセージを込めたプレゼントだと思ったんです。
さっそく行ってくるね、と笑顔で実家に向かった先輩が……翌日、こぶし大の気味悪いものを持って、大学に帰ってきました。
ほんとに死んでた、と。これをリーダーに渡すと成仏させてくれるらしいよ、と先輩は言いました。朝になってから実家に向かって、その果実を回収してきたそうです。いわく、ぼんやりした顔で死んでたということでした。
その次の日に、先輩は飛び降りて……。かなり高いマンションからだったので、ご遺体はひどい状態だったそうです。親族の方が別にいらっしゃったのと、身元確認書類は一通りお持ちだったので、私が呼ばれることはありませんでした。どうしても気になることがあったので、警察の方にお聞きして、現場付近を見せていただきました。すると、確かに見つかったんです。あの“ササゲ”の実が。カラスか何かについばまれたようで、中身は出てしまっていて、ぺこりとへこんでいました。
厳しい環境で育つものって、種や卵を多く残すんです。サボテンも例外ではなくて、実にはものすごい数の種が入っています。へこんだ実を棒でつついて裏返すと、果肉と種がすこし残っていました。だいたい予想通りでしたけど……問題なのはここからです。身近にいる生き物を一晩で死滅させる植物が、鳥に食べられて拡散してしまったんです。警察の人には、ほとんど信じてもらえませんでした。今日で一年になります。何十人もいるメンバーに、気軽に配れるような植物です。きっと条件が揃えば簡単に……。
どうして、とは? 先輩が実を持ったまま自殺した理由? ご家族を成仏させたくなかったからでしょうね。何が分からなかったんですか?
ささげ 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます