これから独り言(脳内含む)は禁止です

ちびまるフォイ

制限のはての進化

「わからぬ……」


「どうしたんですか総理」


「若者が何考えてるのかわからぬ」


「総理。たしかに総理の若者からの支持率が0.1%だとしても

 そこまで気にすることじゃないですよ」


「いや、このままじゃだめだ。

 なんとか若者からの支持も集める必要がある。

 そのためには若者の心を理解しなくては」


「総理……お言葉ですが、若者なんて宇宙人と一緒。

 心を理解するのはとてもできませんよ」


「いいや、同じ人間なんだ。歩み寄ればきっと理解できるはず」


「でもどうするんです?

 心を開けとお願いして開くような生物じゃないですよ」


「そのときこそ、私の権限の使いどころじゃないか」


総理はすぐに新しい法案を力づくで通した。



「では、賛成多数! 反対したものは処刑とし、

 "独り言禁止令"をここに成立させます!!」



口に出すのはもちろん、頭の中で独り言を言うことすら禁じられた。


国民は頭に脳波装置が義務付けられ、

頭の中で独り言を言おうものなら警報が鳴らされる。


「総理、この法律になんの意味があるのですか?」


「これで頭の中でごちゃごちゃ考えていることも

 口に出してしゃべらなくちゃいけなくなるだろう?

 ひいては若者の考えがわかる、というわけだ」


「そんなにうまくいきますかねぇ」


「いくとも。みんなこれで常にアウトプットを求められるからな。

 人間とはなにか禁止されれば、そこから進化するのだよ」


「進化してくれるといいんですが」


独り言禁止令が決まってから数日後。

総理のもとに慌ただしく議員がやってきた。


「総理! 総理! たいへんです!」


「なんだ、騒がしい!」


「我が国の学力がいちじるしく落ちています!」


「なんだって!?」


議員が持ってきたデータには若者の学力が急激に低下しているグラフがあった。


「まったく最近の若者ときたらバカばかり。

 おおかた、スマホばっかり見ててろくに勉強してないのだろう」


「いえ総理。それが……。

 独り言禁止令のタイミングから急激に下がってるんです」


「……偶然の一致じゃないのか?」


「独り言を禁止したことで、集中力が低下したのではないでしょうか」


「バカな。なんで脳内会話できなくなったら集中力が落ちるんだ」


「私なんかも以前は脳内で自分に声をかけたり、

 脳内であらゆる可能性を言葉で考えたりしてましたから」


「それはお前の話であって、若者の話じゃないだろう。

 急ぎ"スマホ禁止令"をだそう。そうすれば収まるさ」


すぐに総理はスマホ禁止を発令したが、

それで収まる訳はなかった。


独り言を禁止したことで、

若者だけでなく国民すべての集中力みるみる落ちていった。


そんなこともつゆ知らず、

総理は南国でバカンスを楽しんでいるときだった。


「総理! 総理! たいへんです!」


「今度はなんだ。私は今休暇中だぞ」


「それどころじゃありません。今、国民が暴れてるんです!」


「ええ!?」


総理がニュースを見ると、国のあらゆる場所で暴力がふるわれているディストピアが報道されていた。


「な、なんでこんなことに……」


「わかりません。みんな感情が抑えきれなくなっているようです」


「はあ? 前はこんなことなかっただろう!?」


「そうですが……」


秘書は言いづらそうに言葉を続けた。


「もしかして、独り言禁止でおかしくなったのでは?」


「暴力と独り言になんの関係性があるんだ」


「独り言を禁止されたから、自分で自分を抑えらなくなったんですよ。

 "我慢しよう"と呼びかけることができなくなったから」


「ぐぬ……。だ、だが……一度出したものを引っ込めるというのも……」


「そんなこと言っている場合ですか。

 独り言を禁止されてから進化なんてできてないですよ。

 

 集中力は落ちるし、暴力事件は増える。

 それに精神病の患者数だって爆増してるんですよ!?」


「独り言がこんなに大事だったなんて知らなかったんだもん!」


「じゃあ撤回してくださいよ! メンツ守ってる場合ですか!」


「ああもうわかったよ! 撤回するから! それでいいだろ!」


独り言禁止令は歴史上もっとも早くに廃止された。


これで何もかも元通りだと安心していた総理だったが、

いつまでたっても元には戻らなかった。


総理は納得いかないと秘書を呼びつけた。


「おい! なんで独り言を解禁したのに、

 まだ集中力低下も暴力も精神患者も増えてるんだ!」


「それは……誰もやり方を知らないからでは?」


「え?」


「独り言を禁止したので、

 独り言のやりかたを忘れてしまったんですよ。

 だから解禁しようがしまいが、変わらないんです」


「そ、そんな……」


「総理のいうように進化してしまったんですよ。

 独り言を禁止したことで、自分を制御できない人間へ」


「くそ! だったら強制的にでも独り言を言わせてやる!

 まだ脳波装置は国民につけっぱだったな!?」


「総理いったい何をする気です!?」


「脳波装置を使って、疑似人格を頭にぶちこんでやる。

 そうすれば自分の行動をブレーキしてくれるはずだ」


「無茶ですよ!」

「今よりはいい!」


総理は脳波装置を使って、国民全員に独り言を言わせる人格を突っ込んだ。


それまで独り言という概念がなかった人たちも、

作り出された人格による独り言の応酬が脳内で可能になった。


やがて提出されたデータを見て総理は鼻高々だった。


「見ろ! 国民の集中力偏差値がもとに戻ってる!

 それに暴力件数も抑えられたし、精神病患者も減った!

 やはり私は正しかったんだ!」


「総理が正しいと言うよりも、独り言が大事だったってだけですけどね」


「とにかく問題は解決できたんだ。それでいいじゃないか」


「しかし総理、今後はどうするんです?」


「やることは最初と変わらない。若者の心を理解するだけだ」


「今回の一件で反省しなかったんですか」


「いいや逆だ。今回の一件で私は思い知ったよ。

 若者は私が思っているよりも可能性があるとな」


「どのあたりでそう思えたんですか」


「なにかを禁止すれば、若者は別の方向への進化を遂げる。

 今回はたまたま悪い方向にころんだだけだ。

 今度こそ正しい方向に進化できるように誘導するのだ」


「はあ……。本当に大丈夫です?」


「もちろん。今度はちゃんと若者の意見を聞こう。

 そうすれば、きっと正しい進化の糸口もわかるはずだ」


楽観的な総理に指示されて秘書はサンプリング用の若者を部屋に集めた。

総理は意気揚々と質問をした。


「さあ、若者たち。私に教えてくれ。

 いったい今の世界に何を求めて、どうなっていきたいのかな?」


「「「 …… 」」」


若者は無言だった。

総理は沈黙に耐えきれず秘書にすがった。


(おい、えらく静かな若者ばかり集めたじゃないか)


(わざわざそんなことしませんよ)


(じゃあなんでみんな一言ともしゃべらないんだ)


(緊張してるとかじゃないですか?)


総理は冷や汗をかきつつ無言の若者に質問をつづけた。


「あ、あはは。緊張しているようだな。

 リラックスでいい。私達とよりよい進化について語ろうじゃないか」


「「「 …… 」」」


相変わらずの無言。

総理が脂汗をかきはじめたとき、若者の一人が手をあげた。


「あのう、ぼくらさっきからテレパシーで話してるんですが

 なんでずっと無視してるんですか?」


それを皮切りに他の人も話し始めた。


「そうよ。どうして言葉なんて古いコミュニケーションしてるの?」


「口がつかれるし、喉が枯れちゃうよ」


「早くテレパシー会話に切り替えてください」



総理はそのときやっと理解した。


スマホ禁止令を出しっぱなしにしていた結果。

若者がどういう進化を遂げていたかを……。

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