今さら読んでる推理小説

入河梨茶

笹沢左保『人喰い』――多作本格ミステリ作家と火曜サスペンス劇場

 徳間文庫版の『人喰い』を最近になって読みました。

 笹沢左保は、今(二〇二三年)からおよそ二十年前に亡くなった作家です。乱歩賞候補作『招かれざる客』でデビューした後、売れっ子作家として生涯で数百冊の小説を書いて書いて書きまくり、二時間ドラマの原作となったミステリは多数。また時代小説も多く書き、人気時代劇『木枯し紋次郎』の原作者でもありました。

 一方で作者は、流行作家でありつつも本格ミステリ作家としても非凡な才を有していました。現在、徳間文庫ではレーベル内レーベル「トクマの特選」の一環として、有栖川有栖の作品セレクトにより、鮮烈なタッチの表紙イラストで装いを新たにしつつ、続々復刊しています(私が今回読んだ『人喰い』は、徳間文庫ではありますが三十年ほど前に刊行されたものを古本屋で買っていたのを最近読んだもので、現時点で復刊されているわけではありません)。

 わたしもその復刊企画で『求婚の密室』を読んでおり、その流れで今回『人喰い』の自宅での発掘を機に読んでみた次第です。


 さて、その『人喰い』ですが、書かれたのはおよそ六十年前。火薬会社の労働争議が激化する中、社長の息子と組合側の女性社員の恋愛が発覚し、ロミオとジュリエット状態に。様々な方向から追い詰められた二人は死を決意して失踪。女性社員の妹である主人公が恋人である組合幹部の青年と共にその行方を追う、という発端です。

 冒頭の労使対立を巡る書きぶりなどは、文庫刊行時の三十年前にはすでに遠くなりにけりな古臭いものとして映ったかもしれません。しかし今となっては参照すべき過去として受け入れられそうな気もします。タイトルとも関連があることがラストでわかり、印象的です。

 そして、読み進めていくごとに連想するのは二時間ドラマです。主人公は若い女性で、観光地へ調査に向かい、新たな事件も起こり、刑事でもないながら素人推理で真相に迫る。以前読んだ笹沢作品『真夜中の詩人』もこういった二時間ドラマ的なノリが多々含まれていました。

 これはつまり順番が逆で、笹沢作品のような推理小説を多くドラマ化することで二時間ドラマは「ああいうもの」になっていったのでしょう。それがやがて二時間ドラマの原作供給先として期待される推理小説側にもフィードバックされ、「こういう感じ」の推理小説がたくさん書かれるようになったのだろうなとも思います。これも「トクマの特選」である中町信『追憶(recollection) 田沢湖からの手紙』(旧題『田沢湖殺人事件』)が、いかにも二時間ドラマ的であったように。

 しかしその中町作品同様、この『人喰い』も(また『真夜中の詩人』も)謎解き要素がかなりしっかりした本格ミステリに仕上がっており、安っぽい予定調和的な物語を踏み越えていきます。

 推理と検証、特殊な舞台を活かしたトリック、それらの果てに行き着く結末で……私がイメージしたのは、しかしまたしても二時間ドラマ。それも特に、火曜サスペンス劇場のラストに流れるテーマソングでした。『聖母たちのララバイ』、あるいは『家路』や『化石の森』。

 この前読んだ『求婚の密室』も、昔読んだ『招かれざる客』や『真夜中の詩人』もそうでしたが、笹沢作品は根底に苦みを強く湛えているように見えます。ままならない人生、激情の迸りと冷徹な打算、それらがもたらす犯罪と哀しみ。そんなドラマを飾るにふさわしい歌曲が火曜サスペンス劇場にはいくつもいくつも準備されていた。

 ふと、火曜サスペンス劇場の――少なくとも初期の――制作者たちは、笹沢作品の愛読者だったのではないのかなと思いました。


 そしてまた、別に思うこともあります。

 どれだけ売れた作家だろうと、その没後に作品を復刊させて蘇らせる(あるいはそもそも蘇らせる必要なく、絶版にならずに存在し続ける)ために大切なのは、何より作品自体の質なのだなと。当時の多数派にどれだけ受けたかは関係なく、時代を超えた普遍的な出来の良さがなければ始まらないのだなと。

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