第7話 東大の本屋さん

 東大の時計台のある建物の中で何時間も籠って検査を受けているとき、私の心は色々と複雑だった。検査を受けながら自分の得意不得意も分かる。検査を受けながらこの分野ではこれくらいの値だろうな、数唱はメチャクチャ苦手だな、と実感する。

 すべての検査を受け終わって心理士の多田さんから得意分野の言語理解の数値を推定で告げられ、その高い数値に驚きもしたが、苦手な分野である処理速度の低さになるほど、と認められた。


『こんなに言語性IQが高い人も珍しいんだよ。でも、動作性IQとの差がこんなに開きがあれば生きづらいのは当たり前だよ。立っているのも大変かもしれないね』

 言語性IQが160近くあって、動作性IQが70ほどということは一人分のIQほどの開きがあるということになる。そりゃあ、生きづらいよね、と私は率直に思う。


『東大の学生も色々と抱えている学生も多いよ。高IQがあっても色々抱えている人が多いように卒業してうまく行かない人もいるんだよ』

 実は私の知り合いに東大卒の友人がいるのだが彼も同じようなことを呟いていた。彼は同じ発達障害者と双極性障害で、同じく自立訓練に通っていた仲間だった。彼の話を聞くと人生がうまく行っているように見える東大生もそれなりに悩み、苦しい思いをしている学生も少なくない、という。私はこんな人生を歩んでしまったけれども必ずしも高IQが人生の安心感を保証してるわけでもなく、東大生もそれなりに色々あるのだろか。


 私が今まで過酷な人生を送ってきた答え合わせに東大での出会いがあった。人生、何があるのか、分からない。あんなにどん底の人生を送って来たのにまさか、自分の生きづらさをあの東京大学で知るなんて思いもしなかった。東大へ行って楽しみだったのは東大の中の本屋さんに行ったことだった。東大の本屋さんは都内に立地された大型書店のようで専門書がずらりと並んでいた。


 東大の本屋さんを散策していると東大関連の本のコーナーに多くの本が置かれていた。『東大に行かなきゃよかった』という本が多くの東大にまつわる本を押しのけて並んでいた。それを見て友人の話や心理士さんの話を改めて思い出した。東大の本屋さんには私が好きな歌集、夭折した歌人、萩原慎一郎さんの『滑走路』の文庫本も置いてあった。それを見て東大の学生も生きづらさがあるのかな、と思えた。萩原慎一郎さんの『滑走路』を読むと死んだらいけない、と思える。人生、どうなるのか、分からないのだからこそ明日を生きなさい、と死んだ萩原慎一郎さんからのエールを感じる。そんな本が東大の本屋さんでも多く売られていた。


 閉鎖病棟で何時間も無意味な時間を過ごし、何度も泣いて絶望して、どん底まで叩かれた私。走馬灯のように思いは巡る。私は生きづらさマックスで生きてきたけれども、うまく行っているように見える人でもそれなりに生きづらさはある。今でも劣等感はあるし、毎日希死念慮はある。東大から帰ってきてからある本を思い出した。

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