── La nuit de pleine lune ──

 悲観的思考に囚われている間に、つい微睡んでいたらしい。

 ふと目を覚ますと、月光が微かに部屋の中に差し込んでいた。


 カーテンを開けて夜空を見上げる。……美しい満月が、煌々と輝いている。

 なるほど。どれだけ時が経とうとも、月の美しさは変わらないようだ。


「……あ」


 そこで、唐突に思い至ってしまった。


 、と。


 人間の醜悪な部分が変わらないように、月の美しさが変わらないように。

 我々に届かないものは数多くあって、そこに僅かでも手が届く事は、きっと稀なのだろう。


 しかし、それでも出逢った。変わらないはずのものを変えられた。


 私と彼女に必要な事実はそれだけで、私の生きる理由もこれだけでいい。


 同情心からでもいい。憐憫からでもいい。

 感情がなくても、自我がなくてもいい。



 ただ、あの日の邂逅奇跡さえあれば、それでいいんだ。



 ……我ながら、呆れるくらいの開き直りだな。

 だがそれがどうした! 元から生きる理由なんてそんなものだ。

 

 吸血鬼ヴァンパイアとは己のための享楽に生き、退屈と失望で死ぬ者なのだから!!


 さて、そうとなれば行動あるのみ。

 ──とびきり身勝手に、傲慢に、誇り高い吸血鬼として。

 あの狭苦しい鳥籠から、彼女を攫ってしまおうじゃないか!


 『思い立ったが吉日』という言葉を作った人間を心から賛美したい。

 一張羅のマントを羽織ると、私は窓から外へと飛び出した。


 空中を蹴って彼女の家へと向かう。道筋は分身の記憶が覚えている。

 心が躍る。抑えようとしても、口が勝手に弧を描いてしまう。

 何もかもがノープランなのに、今が楽しくて楽しくて仕方がない!



 彼女の家の前まで来た。

 二階の窓を覗くと、彼女が机の上で端末を見ているのが窺える。

 軽く窓をノックして、一歩下がる。彼女が窓を開けたタイミングを見計らって、



「さあ! 共に行こうじゃないか、二百八十七年ぶりの我が友よ! ──我等を縛るモノなど何もない、自由な夜の世界へ!!」



 マントを翻し、堂々と宣言した。


 彼女は案の定、私の登場に混乱しているらしい。固まった体を抱えて……抱え……少し……いや、かなり重いな……。

 この重さ、機械人類アンドロイドだからか……? だが、これしきの重量も持ち切れずして、何が誇り高き吸血鬼か!

 彼女の体を抱え、私達は夜の空中散歩──否、逃避行へと繰り出した。


「今すぐ降ろしてください。あなたが今行っているのはチャイルノイドの誘拐です。法律により──」


「廃棄処分されるガラクタを拾って何が悪いんだい? それに、私は誇り高き吸血鬼ヴァンパイアだ、人間の法など知ったことではないね!」


 我に返ったのか、彼女が若干の抵抗を試みている。しかしそれを笑って、私は更に歩調を速めた。

 私の手から逃げられるなら逃げても良いだろう。ただし、この高さから落下するのが怖くなければな!

 ……まあ、危険なので落としたりなどしないが。


「なあに、そのまま考えてみたまえ。ただ廃棄処分されて全てがなかった事にされるのと、私と二人で共に面白おかしく暮らすのと。どちらが良いのかなんて、一目瞭然だろう?」


 あえて彼女にそう問いかける。……分かっているとも。

 彼女はこの問いに答えられない。だからこれは、私の自問自答だ。



「本当に、私でいいのですか?」



 同様の問いが、彼女からも返ってきた。


 これから先、何度でも彼女はそう尋ねてくるのだろう。

 そして私も、何度でも同じ答えを彼女に返すのだ。


 いつかこの星が、そらの最中に消えるまで。


「勿論だとも」


 だから、今回は記念すべき一回目。

 一際高く跳躍して、月明りに照らされた彼女の顔を見ながら。


 限りない を込めて、私は答えた。



「それでも、君がいいんだ」

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吸血鬼は蒼い血の夢を見るか? 独一焔 @dokuitu

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