── Quatorzième jour ──

「どうして五日間も来てくれなかったんだ!?」


 我慢の限界だった。私しかいない屋敷が、あんなにも退屈で静寂に包まれている事など知りたくなかった。

 慣れ親しんでいたはずの孤独の、その虚しさに気付きたくなどなかった。


 君のせいだ。君が、私を変えてしまった。


 この私が太陽のある時間に外出し、壁に追い詰めてまでただ一人の少女に執着するなど。こんな事初めてだ。自分で自分をコントロールできない。

 どうしていいのか分からない。だから、君が。君が──



「──というわけで、明日からの私は新しい人工知能に移行します」



 錯乱した私に冷や水を浴びせるように告げられたのは、彼女が欠陥品であるという事と、欠陥を補うために人工知能を入れ替えるという事だった。

 そうする事で、『次の彼女』はシンギュラリティに到達できるはずだと言う。

 ……何を、言っているんだ?


「………………君は、それでいいのか?」


 要するに、頭脳を入れ替える事で欠陥を補おうとしているのだろう?

 ……おぞましくはないのか?

 人間ですら脳の移植はしないだろうに。機械人類アンドロイドならば、それも治療法だと言い張れると?


「はい。欠陥品はリコールされるべきです」


「その、『新しい君』とやらは『今の君』と同じ存在なのか?」


「『次の私』にも『今の私』と同じ記憶のバックアップが刻まれます。ボディと記憶が同一なのであれば、それは間違いなく『雪永桜わたし』という個体になるのでは?」


 詭弁だ。そんなはずがない。


「……だったら、『次の私』なんて呼び分けはしないだろう」


「『今の私』は廃棄処分される欠陥品ですので。欠陥品と正規品を区別することは、一般的な観点において──」


「そんなことを聞いてるんじゃない!!」


 激情のままに私は叫んだ。欠陥品とか、正規品とか、どうでもいい。

 私が望んでいるのは『今の君』だ。


 無表情で、感情を理解せず、機械的な返答しかできない、世界に縛られた君。

 周囲から異端と退けられた君。


 けれど、あの日確かに私を見つけてくれた君。


 私に未来を、今の世界を、孤独の本当の意味を教えてしまった君。


 感情さえあれば、そこに自我が宿るのか? ……いいや。

 自発的な返答さえできれば、そこに自我があると証明されるのか? ……いいや。

 自由自在に嘘が吐けるなら、それこそが自我だと言い張れるのか? ……いいや。


 そんな事ができなくとも、彼女には確かに自我が宿っているはずだ。

 そうでなければ、私がこんなにも惹かれるはずがない。

 同情心からでもなく、憐憫からでもなく。

 ただ、君の在り方に惹かれたのだと──


「……そうだ。共に遠くへ行こうじゃないか。奴らの手が届かない場所までさ。それが良い。──君を、このまま廃棄処分にさせてたまるものか」


 救いの手を伸ばす。どうか頼む、この手を取ってくれ。

 君のためなら、私はどこへでも行こう。

 だから、


「……申し訳ございません。あなたのご要望には、お答えできません」


 ──ああ、知っていたとも。そうだろう、君はそう答えるはずだ。

 ……分かっていただろうに、どうしてこんな事をしてしまったんだろうな?


「だろうね。別にいいよ、言ってみただけさ。勝手に鉄屑スクラップにでもなってるといい」


「申し訳、」


「罪悪感もないくせに謝ったって、言葉が軽くなるだけだよ。──さようなら、傲慢な知性に殺される君」



 体を散らして彼女の前から消える。

 風に乗って屋敷に戻り、体を再構成した。……これでいい。

 元から別れを切り出す予定だったのだから、これで良いじゃないか。


「そうだろう?」


 虚空に問う。答えはない。


「なあ……」


 誰もいない空間に問う。答えはない。

 ……とうとう、私は頭がおかしくなってしまったようだ。

 意味もない事を繰り返して、一体何になる?


 さあ、夢から覚めろ、ユーリ・ドゥ・オステルメイヤー。

 お前は強大な一族の末にいた、孤高なる吸血鬼。

 周囲から疎まれ独りになり、かと言って人の中に紛れる事もできなかった半端者。

 ──虚勢を張る事でしか、自分を守れなかった愚か者だ。


「…………私は、何がしたいんだろうな」


 最早同族はおらず、血の通う人間は次第に減り、いずれは人の真似事ばかりを繰り返す機械だけになるであろう、この星で。

 私が生きる意味は、どこにあるのだろうか。

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