第2話 兄妹


結果として、父さまは助かった。息を吹き返したあの瞬間、皇宮内が安堵の空気に包まれたことは、いうまでもなかった。ただ、全快と呼ぶにはあまりにも障害が大きくて。



「父さま、父さまはお疲れだわ。 休みましょう。ソフィアと一緒に寝ましょ」


「ソフィア、お前は優しい子だね。でも父はまだ仕事があるんだよ。もう少しなら大丈夫だから。アルベルトが図書館にいるだろう、一緒に本を読んでおいで」



父さまはで体力が以前に比べて格段に落ちているのだと侍女のイヴァが言っていた。だからあまりご無理をさせてはいけませんよ、とも。だから休ませようとしているのに、ちっとも休もうとしないことにやきもきとしているのがここ最近毎日続いていた。

せっかく命が助かったのに、それでも仕事にせいを出して、一生懸命国のために働いている。きっと今までの何倍もお疲れのはずなのに。



「あれ? ソフィ? 何か探したい本でもあった?」


「兄さまを探しに来たの。 父さまが兄さまがここにいるだろうから行ってこいって言うの。私はソフィアと一緒に寝ましょうって言ったのにちっとも言うことを聞いてくれないの!」



ぷくり、と頬を膨らましてわかりやすく不満を示すと、くすり、と少しだけ笑って優しく頭を撫でられた。だって休んで欲しいのだ。だと言うのにこの不満をわかってくれないのか、と少しだけ兄さまを睨みつけてみる。



「ソフィ、ソフィが父さまを心配していることはきっとみんなわかってるよ。……僕は父さまの負担を減らす。だからそのために、ソフィアも一緒に勉強しようか? 僕が教えてあげるよ」


「……勉強したら、父さまを、兄さまを……助けられる?」



兄さまはとびきり寂しそうに、とびきり優しい笑顔を浮かべて、もちろんだと答えた。

それ以来だ。私が勉学をきちんと始めたのも、きっとあれが最初の一歩だったんだろう。賢明な皇女の肩書きを得る、はじめの一歩。




***






「おはようソフィア。その手に持っているものは?」


「おはよう、父さま。これは普通の水ですが見ていてくださいね」



水が入った盃の縁をそっと撫でると、水が宙に浮いて平べったい長方形を形作る。そこに映し出されるのは、昨夜ここで家族が夕食をとっている姿だった。



「過去幻影? ぼやけていないし、随分と上達したのね。さすがだわ、ソフィア」


「ありがとう母さま」



褒められて満足し、盃に水を戻そうと魔法をゆっくりと解こうとした時だった。まるで横取りされるかのように水が目の前からなくなり、背後へと集合していく。一体なんだ、誰なんだ、と言わずとも犯人はわかっていた。



「随分上手になってるね。流石だよ、ソフィア。それで、僕の昨日のおやつを食べた犯人はソフィアであっていそうだね?」



そういって先ほど横取りした水で同じように幻影魔法を使用して、昨日のキッチンの様子を幻影魔法を通して見せるのだ。そこには、ちょうど人がいない時間帯を見越しての犯行に及んでいるソフィアがあまりにもくっきりと写っていた。



「うーん、これは言い訳できないなあソフィア」


「だいたいキッチンに出入りしないであげなさいソフィア。厨房の人がかわいそうだわ」


「ソフィア」



圧強い。とくに兄さまの。いいやわからなくはない。なにせあの美味しい美味しいシェフが腕を振るってくれたケーキだ。食べ物の恨みは怖いんだとどこかの誰かが言っていた気もしなくもない。



「兄さま、」


「ソフィア」


「可愛い妹のためだと思って……」


「そう、残念。じゃあ次はかっこいい兄のためだと思って今日のおやつは僕が全部いただこう」


「待ってなし、それはなしよ兄さま」


「だぁめ。早く朝食を食べるよ。父さまも母さまも暇じゃいらっしゃらないんだ」



むす、としてもまあ効かないだろう。兄は可愛い顔をしたとて、決して折れてくれない。可愛い妹である私が大好きなくせに、頑固で意固地なのだ。



「兄さま」


「わかった、今日ラゴーナ先生がいらっしゃるだろう、今日のテストで僕よりよかったら、いいよ」



終わった。ラゴーナ先生が担当するのは経済学。経済学で兄に勝てるわけがなかった。平気で難しいとされるラゴーナ先生のテストを八割以上を取る兄に、そんな一夜漬け、否数時間漬けで勝てるわけがない。


よって今日のおやつはなしである。

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大賢者皇女は死が嫌い れふと。 @K0ka_o0

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