最終話「何かを始める一歩は、必ずしも最初とは限らない」
結局、俺はまだGSで働いている。というか、職探し中だ。転職サイトやハローワークを使って、時々休みを取って、面接に行っている。
俺が一番大事にしているのはそこで長く働けるかどうか、なんだ。車に触れる仕事を探していた時期もあったが(つまり、整備士として働けるようにって意味だけれど)、文系の大学を出た後に専門学校に行くのは流石に俺の金と時間が足りていない。
それに、俺がやりたいことはそう言うことではない気がしなくもない。何度かアオキ板金に行って、彼らの作業を見せてもらってはいるのだけれど、もし俺がスパナを扱う作業をしても、きっと百万回くらいスパナを落としてしまう気がしたんだ。それくらい、ガソリンスタンドで働いていればわかるってもんだ。
とはいえ、人間ってのは時間と共に結構、考え方が変わる。だから、それはあくまで今の考え方の延長線ならば、と言うことになる訳で、一年後の俺が何をどう考えているかってのは、今からだとちょっと判断しにくい。
今日は珍しく客が少ない。佐々木先輩も暇そうに見える。
「黒田君」
「はい」
「どうだい、就職活動は」
季節は九月、働き始めてもうすぐ半年というところだ。
「この間、面接に行ったところは二次の案内が来ましたよ」
「ほう。合格に近づいているって訳だ」
「だと良いんですけどね。でも、ここで働けなくなると寂しくなるなぁ」
佐々木さんはそれを聞いて笑う。
「そう思ってくれるのはありがたいね。俺も……なんだかんだとここが好きだからね。でも、黒田君は俺とか店長ほどこの仕事が好きじゃないっていうのは見れいればわかるよ。だから早く次を探したほうがいいんだ」
本心ととって良いのか判断がつかないが、彼は多分そういう皮肉を言う人間じゃないだろう。だから言葉通りに受け取っておくことにした。
まあ、彼の立場からしたらアルバイトでも、辞めると決めている人に良い印象を抱く訳ないよな。俺が同じ立場だったら多分、彼と同じように思うだろうよ。
「お〜、黒田君」
「こんにちは」
「どうも」
バイトが終われば俺と秋生くんと鈴木さんでファミレスで食事だ。最近は毎日と言って良いくらいこれだ。俺たちはある意味、遅れた青春を取り戻そうとしているのかもしれない。
「ねえ、黒田さん。また走りにいきましょうよ」
「良いですね。秋生くんはどうですか?」
「僕がいたらお邪魔虫だろうよ、どう考えても」
鈴木さんは曖昧な笑みを返す。
しばらくして、鈴木さんが飲み物を取りに行っている間、秋生くんが俺に近づいてくる。
「おいおいおい、鈴木さんは君に気があるぞ、間違いなく!」
「いやいやいや、そんなことはないでしょうよ。それに、多分鈴木さんは青木さん、青木社長のことの方が……」
「そんなわけあるか! そんな馬鹿なことをそれ以上言ったら一発ぶん殴るぞ!」
「落ち着いてください……。さっきの発言は取り消します。申し訳ない。」
「そうそう、それでいいんだよ。君はもう少し自分に自信を持ってくれよ」
「とはいえお祈りメール続きですよ」
そこで鈴木さんが戻ってくる。さっきの話は無かったことにしなければならないが、不自然にならないようにした。
「難航しているんですか? 就職活動」
「俺がいくつか紹介したところはまだ残っているよ。でも、変に頑固なところがあって最初はそれを断っていたんだよ、この人は。使えるものは使った方がいいんだ。黒田君はもう少しズルくなった方がいい。それが社会人を続けていくコツだよ」
「黒田さんは真面目な人なんだと思いますよ。そのうち良い知らせが届きますよ」
「だといいんだけどね……」
携帯電話がなり、メールが届いたことを知らせる通知が届いている。ここはこの間受けた会社だ。またお祈りだろう。祈られ続けるのも慣れたもんだ。ダメで元々、だもんな。でも、今回のメールはそうじゃ無かった。
「良かったじゃないか。とにかくおめでとう」
「なんの会社なんですか?」
「ホイールメーカーの営業職です。正直、自分で務まるとは思えないところもあるんですが、前に鈴木さんから言われたように、とにかく頭を空っぽにして働いてみようと思うんですよ」
「新しい車を買うために?」
「それもあります。でも、もう少し大人になりたいってのが正直なところです」
「へえ、格好いいじゃないか。ねえ鈴木さん」
「そうですね、格好良いと思いますよ」
「褒めても何も出ないですよ。俺は今とにかく金がないんですから」
一同、笑いといったところだ。
これでこの話はおしまい。正直に言うと、俺はあのまま、あのガソリンスタンドで理由なく働いて、そのまま年を取り続ける人生もあったと思う。というか、あそこで働き始めた時はそう思っていた。
でも、色々な人との出会いで(多分、おそらく、他の曖昧な表現で)俺自身も変わったと思う。そして俺はやっぱり車が好きだったんだと思う。別に峠や高速に走りに行く必要なんてない。ただ、純粋なツールとして車が好きでも良いじゃないか。
いつか、店長が言っていたように、好きなことを仕事にするものじゃないのかもしれない。でも、俺が今何かをやりたいと考えた時、それしか思い浮かばなかったんだ。
とにかく、俺は社会人になる。うまくいくかどうかなんてわからない。だけど、結局人生ってそう言うものじゃないのかな?
これからも多分、時々寄り道でもしながら歩いていくんだろう。
いつか傷がついたら、板金屋で修理して貰えば良い。幸い、俺は腕の良い板金屋を知っている。
街外れの板金屋 坂原 光 @Sakahara_Koh
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