第十九話「方向を定めて今よりも少しだけ遠くを見られるようにする」

「でも、って言って良いのかわからないですけど、別に孤独が好きなわけじゃないので」


 何とも情けない話だが、冷静になってみると、俺は鈴木さんのことが好きってわけじゃないので、曖昧な言い方になってしまう。


「なんとなく、秋生さんが黒田さんのことを好きな理由が分かりましたよ。多分、フィーリングが合うんでしょうね」


「そう言ってもらえるのは嬉しいですが……。秋生くんは曲がりなりにもちゃんと働いていますよね。俺もそうだ、といえばそうですが。でも、俺には目的とか目標とかがないんですよね。日々、毎日を流している感じで」


「それじゃあ、どうですか? 一度、働いてみては」


「アルバイトじゃなく、ですか?」


「そうです。私がみた限り、黒田さんは実は相当、車が好きなんだと思います。アオキ板金の人たちみたいに。あの人たちも口ではあーだこーだ言いますが、その実、かなり車が好きなんですよ。


 狂っている、といっても良いかもしれないくらいです。私は、黒田さんもそれに近いと感じています。プレオも良い車だと思いますし、黒田さんにも似合っていますが、今一度、本当に好きな車を買うために、金を稼いでみてもいいんじゃないでしょうか」


「……」


「言いすぎましたね。でも、それはここしばらく、黒田さんと会ってみて、そう思ったんです。だからこそ、一旦、真面目に就職活動をしてみたらどうでしょう?」


「……」


 何を言いえばいいのか、分からなかった。彼女の言っていることも一理あるし、今の自分にも一理があるような気がする。だけれども、自分の人生に対して曖昧な態度をとるのはもう、いいだろう。


「いま黒田さんが辞めてしまったら、人手不足になるGSの人たちには申し訳ないのですけれど、疑問を持たずに、一度頭を空っぽにして働いてみるのも、いいんじゃないでしょうか。もしかしたら、そこから何か動くものがあるかもしれませんよ」


 最近行き詰まっているのは確かなのだ。いや、正確に言うのであれば、ただ毎日を流していることに飽きているんだと思う。別に俺は、忙しければ生きている実感を持つ、なんて人間ではないが、ただ、毎日を流していることを良しともしていない。決して。


「大学を卒業した人間でも、大学の就職課って使えるものなのでしょうか?」


「さあ、どうでしょうか。私とは縁のなかった世界なので」


 馬鹿なことを聞いたものだが、今は目の前の人、鈴木さんに聞く以外方法がなかった。


「あとは、ハローワークとかですかね? 前にも話しましたが、私は学校出てから青木さんに拾ってもらった身なので。……そうだ、秋生さんに聞いてみましょうか。ああ見えて、彼、顔が広いんですよ」


 俺と秋生君は大きな差があると思っていたが、想像以上に大きい差、みたいだな。


「そうしてみようかな。今決めたわけじゃないけれど、漠然と考えていたことなんだと思う。……正直言うと、俺も何がしたいのかわからない。わからないけれど、とにかく一歩、踏み出す必要があると思っている。だから動く。


 もっと……もっと早く動けていれば良かったのかも知れないけれども、今日でも遅くなかったと思う」


「そうですよ。早速、秋生さんを呼びましょうよ」


「来てくれますかね?」


「彼、黒田さんのこと好きですから連絡すれば来てくれますよ」


 そう言って、彼女は笑った。こんなにもすっきりとした笑顔を見るのは、多分初めてのことだったと思う。間違いなく、このままではプレオの次の車も買うことはできないだろう。


 それは事実ではあるんだ。つまり……車を買うためだけに働くのだって、そう悪い選択肢じゃないじゃないか。自然と、そういう考え方にシフトしていっていたんだと思う。


 俺の人生を考えたら、それだけでもう上出来なんじゃないのか?

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