エピローグ「愛の在処」
「一連の事件の参考人として、直ちに警察本部に出頭するように」
可愛げない幼馴染からの連絡に、マーニはハティを連れて混乱が収まりつつあるコロニー内を歩いていた。
フォルセティ警察の対応は早かった。マーニが事前に手を回したのもあるが、ものの数時間でフエンを確保し、暴走するアンドロイドらを鎮圧。既に彼の実験場にも人員を派遣しているようで。その全容が周知されるのも時間の問題だった。
「しかし本当に、これでよかったのでしょうか」
懸念があるとすれば。マーニは隣で暗い顔しているハティを見やる。
課せられた命を全う出来なかったこと。創造主が迎えた愛の結末に、マーニの出生の秘。やりきれない思いは数多くあるだろうに、マーニはこうして人の都合で同行を頼むなければならないことを深く恥じていた。
ハティを色々と利用した事実もまたきまりが悪く。上手く言葉が継げずに視線を逸らしてしまう。
その優れた人間性を評価するあまり、無謀にも彼女に過酷な道を歩ませてしまったのではないか。創造主に逆らったアンドロイドの処遇は、概して穏やかなものにはならない。
「後悔してるか」
やっと口にした言葉はそんな無責任な言葉。いよいよ顔を逸らすマーニに、ハティはそっと手を伸ばした。繋がれる指と指。
「いえ、そうではないんです。酷い実験に曝される人のために動くと決め、彼に逆らうと決めたのは私の意志です。そこに後悔はありません、ただ……」
ハティは手を引っ張って、マーニと視線を交わす。
「愛について余計に分からなくなってしまって。私の生まれた意味も、これからの未来も……」
人工太陽に照らされたドームの外側。ハティは殺風景な宙を仰いだ。本の世界で読んだような星空は、空に近すぎるこの場所からは見えない。
一般的に。想いを寄せあう男女がそれを伝える場には月の出る夜などがある。マーニの事務所で目にした書籍にもそのようなことが書いてあった。
似たような状況の今ならあるいは。そう思ったのだが、現実はいつだって上手くいかないもので。
マーニは価値のある失敗と言ったが、これではとてもそう思えなかった。
「――月があればいいのに」
切なる願いが滲むその言葉。
マーニはようやく理解した。今すべきは反省などではない。この寄る辺ない少女と交わした約束を守ることだったと。
コートの内ポケットから取り出したものを、ハティの小さな手にそっと持たせる。
「マーニ様、これは……?」
握られた三日月形のキーホルダーを見て首を傾げるハティ。それに付属した鍵は、マーニが家を施錠するのに使っていたものとそっくりだった。
「これも爺さんが残した骨董品なんだが……とにかく、あんたには考える時間が必要だろ?」
「え、あの、それって……」
偽物しか用意できないのは心苦しいが、それでも。
「――月はずっと、あんたのもんだ、ハティ。依頼の二つ目はまだ完了してないからな」
「……!」
突如として胸に生じた熱に銀のアンドロイドは理解した。これこそが、己が歩むべき道だと。
銀のアンドロイドは月を欲す 鈴谷凌 @RyoSuzutani2
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