第5話「徒花」

 彼女を自由にしたのは間違いだったと、コロニーを練り歩くフエンは唇を噛んだ。出血が不健康な首筋を伝うのもいとわず、彼は白衣の内ポケットを探る。

 取り出した円盤状の液晶画面には、先ほどまで赤いドットが点滅していたのだが。探知対象を失った今は手がかりも失われてしまっていた。


「ふん。問題はない。彼女の居場所は見当が付いている」


 何も映さない液晶には、己の姿のみが映る。痩せこけた肌に、水分が失われた白髪。色濃い目のくま。いずれも積み重ねた過去の証であり、望む未来へ捧げた代償でもある。


 フエンは振り返る。戦闘用にカスタムされたアンドロイドの隊列。幾つもの罪を犯し、極秘裏に生み出した愛しき人にすら逃げられたのなら。もはや潜伏する意味はない。罪は罰する者がいなければ罪ではないのだ。


「手段も被害も問わない。一刻も早く彼女を確保しろ」


「了解、シマシタ」


 派手に街を破壊すれば、周囲は混乱に包まれる。それに乗じて彼女を連れ戻せばよい。彼女はフエンのものなのだ、それで全てが丸く収まるはずだ。

 現実感を欠いていく街の様子を他人事のように捉えながら、フエンは目的地を目指した。


 古臭い、二階建ての住宅。彼女の反応が消えた地点。中の様子を窺おうと近づくフエンに。


「よお、随分と派手にやってくれたもんだな」


 低い声。驚いて振り返る。闖入者ちんにゅうしゃは黒髪の男。無精髭に、冴えない面。元来他人に興味がないフエンだが、その青藍の瞳と、隣に立つ銀の少女にだけは。強い執着があった。


「ハリエット……! なぜ、そんな男と共に! それに、お前は……!」


「俺の名はマーニ・アルスヴィス。あんたのいうハリエットはもうここにはいないぜ」


「ふざけるな! その手を離せッ! それに何だ、アルスヴィスだと? 僕から彼女を奪ったその名を、どうしてお前が名乗る!?」


 フエンはすっかり正気を失っていた。見込み通りの状況に、マーニは一瞬眉を歪めて。


「ルファリ・アルスヴィス。俺の父親は宇宙海賊とかいうろくでもない男だった。あんたから大切なものを奪った人の血が、俺には流れている」


 フエンは走り出した。衰えた細い体躯たいくを懸命に動かし、仇敵に迫らんとしたのだ。

 だが、その刹那。閃光が瞬く。己の脚が鋭い熱に貫かれた感覚がして初めて、フエンは自らが光線銃に撃たれたのだと悟った。


 憎き相手にではなく、


「どう、して……」


「申し訳ありません、フエン様。私は貴方の愛したハリエットにはなれませんでした。私は――」


 注いだ愛の返礼、彼女の選んだその結末を。フエンはついぞ否定した。

 地に伏してなお、叶わぬ夢想を求め叫び続けた。

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