第4話「宿る熱」
愛を求められたアンドロイドの少女と、万屋を営む男。両者の契約は
創造主に逆らった汎用アンドロイドは、もれなく廃棄処分されるのが常である。ハティの依頼を受けたマーニは、ひとまず彼女を保護することに決めた。
「この機械を使えば、あんたの首にある識別装置を無効化できる。逃げ出してから少し日が経っているからあまり意味はねえかもしれないけど、探知機の類もこれで潰せるだろう」
事務所の奥にある一角。
「アンドロイド用の修理機器……やはりマーニ様についての噂は正しかったみたいですね」
ぺたんと、台座の中心に割座したハティが問う。先刻は動転していた態度もいくらか収まっていた。
「ああ、やっぱり知ってたか」
座椅子にかけ、操作用の端末に目を向けつつ得心。
「コロニー1のマーニ・アルスヴィスは、万屋稼業を営んでいる傍ら親アンドロイド派としても活動している。そうして一部の間で蔑ろにされがちな彼らの権利を、陰ながら守ってきたと聞きます」
「……別に大層なことはしちゃいない」
ピピ、と電子音。認識装置を無効にすることは大して難しいことでもない。これが企業などで製造されたアンドロイドであれば話は別だが。
「さて、約束通りあんたのメモリーを調べさせてもらうが、こっちの方は少し時間がかかる。何か暇つぶしの道具でも持ってくるか?」
案の定、というべきか。ハティが所望したのは書架に並べられた紙の本であった。適当に見繕って手渡し、マーニは続けて端末を操作する。
打鍵音と紙が捲れる音だけが空間を支配するも、ふと、ハティの丸っこい瞳がマーニを捉えた。
「そういえば、マーニ様はどうして親アンドロイドの理念を掲げているのですか。特にこのコロニーでは風当たりが強いと存じますが」
雑談。もしくは一歩踏み込んだコミュニケーション。つくづく人間臭いと、マーニは鼻で笑ってしまう。「真剣に聞いているのです」とむくれてみせるハティに、彼は端末を動かす手を止めた。
「強いて理由を挙げるなら……
マーニは実の母を知らなかった。父についての情報も、顔と名前の他には持ち合わせていない。唯一傍にいた祖父もこの家を遺して逝き、幼いマーニを世話したのは女性型の汎用アンドロイドだけであった。
母子の間にあったのは自然な愛着ではなく、義務から生まれた連関のみ。その事実を周囲に揶揄われたことも、無機的な交流も、マーニの心に濁った澱を残すばかり。
ついには紛い物の関係に耐えられなくなり、ある程度一人で生活がこなせるようになった頃、マーニは育ての親を自らの手で廃棄した。全てが
「ま、結局それは間違いだったんだけどな」
沈んだ面持ちのハティに謝る。マーニとしても、同じくアンドロイドである彼女に己が失敗を話すのは心苦しかった。
「口の減らない幼馴染はいたが、一人きりの生活はそこそこ寂しいもんでな。あるとき気になって、残っていた彼女のメモリーを覗いたことがあった。……それで、中はどうなっていたと思う?」
読んでいた本を胸に抱き、かぶりを振るハティ。答えを知るのに臆しているのか、口元を分厚い背表紙で隠している。
「大したことじゃない。残っていたのは、単なる記憶データだ。俺と彼女が過ごした時間のな」
素体を廃棄しても、記憶媒体は消えない。保存されているのは当たり前のことであったが。
「汎用アンドロイドの記憶ってのは、ある程度蓄積されると選択的に排除されていく。大体は稼働に必要な情報を優先して残すものだが……彼女のものは違っていた」
例えばそれは、マーニが誕生日のケーキを頬張って、口元にクリームを付けているシーンであり。例えばそれは、風邪で寝込んだマーニが珍しく親に甘えたシーンである。
生活に必要な知識というには、あまりに雑多でささやかで。単なる保存のためというには、些か
彼女にはマーニに対する特別な情があったのだと、失ってはじめて気付いたのだった。
「本気で愛してくれないのなら、作り物を用意するまでもないと思っていた。かえって俺の心に傷を付けるだけだと。はっ、大馬鹿者だった。おまけにどうしようもなく傲慢で……」
独善的な愛を強いたフエンと何も変わらない。嘲るマーニに、ハティは口を閉ざした。
やはり困らせてしまったらしい。マーニは反省し、おざなりになっていた作業に戻る。
ハティのメモリの中には、フエンが為した様々な非道が収められ、いずれもマーニの推察を裏付けるものだった。
「判明した限り、失踪事件の被害者と映像内の人物は一致している。なら、後は早いな」
「マーニ様?」
「大丈夫だ。もうあんたに無茶な願いを押し付けさせはしない。事件に巻き込まれた奴も出来るだけ無事に帰せるよう手配する。あんたにくれた、その名に免じて必ずだ」
マーニは台座に座っていたハティに視線を合わせ、落ち着かせるように銀の髪をそっと撫ぜる。きょとんとした表情から、彼女は恥ずかしがるように目を伏せた。
「知り合いに警察関係者がいる。そいつに情報を渡せば、単独で動くよりも安全に……」
再び端末を手に、幼馴染へ連絡するマーニ。
その手が、ふと止められる。
「な、なんですかっ、このサイレンは……!」
「コロニーの住民に危険を知らせるもんだ。これは恐らく……クソ、面倒なことになったな!」
狼狽えるハティをよそに、マーニは部屋を出ていく。書机横に掛けてあった防護コートを着込み、使い込まれた光線銃を取り出す。寝不足でやや体調は優れないが、起こってしまったことは仕方がない。
「マーニ様、これは一体」
追いかけてきた少女に、マーニは一言。
「あんたのご主人様がお迎えに来たんだろうよ」
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