許されざる恋
大隅 スミヲ
許されざる恋
昼間はイタリアンレストランとして営業しており、夜はバーになる洒落た雰囲気の店だった。
この店を見つけたのは偶然だった。
終電を逃した午前1時。タクシー乗り場には長蛇の列が出来ており、どこかで時間を潰そうと街を歩いた。
馴染みのある街というわけではなかった。少し歩いて、入れる店があったら入ろう。その程度の気持ちで街を歩いていたのだが、あるのは大手居酒屋チェーン店や若者が集うようなバーばかりであり、アラフォーの女がひとりで入るには少し敷居が高かった。
洒落た看板が目に留まった。英語ではない言語で店名が書かれているが、何と書かれているかはわからなかった。
どうしようか。
一瞬、悩んだ。
悩むぐらいならば、その一歩を踏み出すべし。
わたしの座右の銘だった。
恐る恐る店の扉を開けてみる。
店内は意外と奥行きのある細長い空間だった。
暖色系のライトで照らされており、どこか温かさを感じる。
「いらっしゃいませ」
ベストを着た女性バーテンダーが声を掛けてくる。
わたしはカウンター席に腰をおろし、メニューへと目を向けた。
価格は良心的なようだ。
店内にはわたし以外に数人の客がいたが、それぞれが自分の世界に浸っているようで、静かにアルコールを楽しんでいた。
グラスワインを注文し、スマートフォンをカウンターの上に置いた。
静かな店内には耳ざわりにならない程度の音量で音楽が流れている。たしか映画で使われていた曲のはずだ。
出てきたグラスワインに唇をつけ、ゆっくりとワインを味わう。
この店は、居酒屋のようにワイワイと騒がしいこともなければ、若者の多いバーのようにナンパ目的で声を掛けてくるような人間もいない。落ち着いた雰囲気でアルコールとこの空間を楽しむ。大人の店なのだ。
わたしは小説家だった。
だったと過去形であるのは、執筆した本が売れたのは10年近く前のことだからだ。いまは会社員をしながら、執筆活動を続けてはいるが、一冊も書籍化はされていないというのが現実だ。
そろそろ、次の作品を書かなければ。
そうは思うのだが、執筆しようとパソコンの前に座るとキーボードを打つ手は止まってしまう。
アイデアは沢山ある。いつも持ち歩いている手帳にも、スマートフォンにもアイデアはびっしりと入っている。
でも、書こうとすると手が動かないのだ。
こんな雰囲気のバーが登場する物語が書きたい。
そう思いながら、カウンターの上に手帳を置き、ペンを手に取った。
どんな物語がいいだろう。
大人な雰囲気のバーを舞台に繰り広げられる大人の恋愛。
許されない恋。
これだ。
わたしの手はすらすらと手帳に物語を書き連ねていく。
できた。これだ。これでいいのだ。
あっという間に、手帳の余白部分が埋まるほどの物語を書き上げることができた。
あとはこれをパソコンで清書して、編集者に見てもらうだけだ。
翌日、私は以前担当だった編集者に連絡を取った。
編集者はすぐにでも作品を見せてほしいと言ってきたため、作品をメールで送り、送った旨を電話で伝えた。
「いやー、まさか先生がクリント・イースト・ウッドのファンだったとは知りませんでしたよ」
「え?」
「西部劇ですよね」
「え?」
どこか編集者との会話が噛み合わない。
「いや、ラブストーリーなんだけど」
「え?」
「え?」
「許されざる者って、イースト・ウッドの……」
そこまで編集者が言った時、わたしは電話越しに爆笑した。
誰が許されざる者って言った。
わたしが書いたのは、許されない恋なんだけど。
本当に、この編集者にまかせて大丈夫だろうか。
わたしは不安に駆られていたけれど、結果的にはこの編集者に任せて正解だった。
わたしの書いた許されない恋の物語は爆発的ヒットをし、本屋大賞にもノミネートされた。
帯にはなぜか、イースト・ウッドもびっくりという文字が躍っていた。
許されざる恋 大隅 スミヲ @smee
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