夜明けを待つ

尾八原ジュージ

真夜中

 こんな夜に限って女友だちは私の前に現れ、ねえねえと忙しなく一方的に話しかけてくる。

「会社で新しく異動してきた上司が、普段は厳しいのに時々コーヒー奢ってくれたり、ミスしたら一緒に謝りに行ったりしてくれるの。彼って私のこと好きかも? これってもしかして恋? でも彼は既婚者だから、これは許されない恋なのよね……」

 なんてうっとりと能天気な声で話すのを、それってもしかして普通の上司では? ただの自意識過剰では? と心の中でツッコみつつ、実際には余裕がなくてうん、うんと適当な相槌を打っている。

 ドライブ中にDV彼氏と喧嘩して、スマホも財布もとられたまま冬の山道に置き去りにされ、雨風を避けて逃げ込んだトンネルで寒さで死にかけている私だけど、彼女の話を聞いていると自分が少しはマシなものに思えてきて、申し訳ないけど心地良い。

 一昨年その既婚上司に振られたショックで十階の職場の窓から飛び降りた女友だちは、道路にぶちまけた脳味噌と一緒にそのときの記憶を失ってしまったらしい。潰れた頭をぐにぐに傾けながら、どうしよう〜やっぱり彼のこと好きになっちゃったかも〜なんて勝手に舞い上がっている。

「明日また彼に会えたら、思い切って食事に誘ってみようかな。どう思う? ねえねえ」

 半透明の指が私の肩をつつく。ふーんそうなんだ〜いいね〜ってふらふらうなずきながらも、私は瞼が重くって仕方がない。でも私が寝落ちしそうになると、彼女が「ちょっと聞いてんの?」ってつついて起こしてくれる。だから眠ったら死んでしまうであろうこの夜を、なんとか生きたまま明かすことができる気がしている。

 もしも明日、彼氏にまた生きて会えたら今度こそ別れ話をしよう。いや、むしろ黙って逃げたほうがいいのかもしれない。とにかく少しばかり人生が好転することを夢見ながら、私は真っ暗なトンネルの中、彼女と並んで夜明けを待っている。

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