えりかとふたごの魔女の駅

かすがせい

えりかとふたごの魔女の駅

▪️1 ひとりたび


 その日、えりかはひとりで列車にのっていました。とおくにいる、だいすきなおばあちゃんに会いに行くためです。学校や家でいやなことがあったとき、おばあちゃんはいつもえりかの味方で、はなしを聞いてくれていました。ですが、もうながいあいだおばあちゃんに会っていません。えりかはもうなにがなんでも会いたいとおもうようになっていたのでした。それでえりかはひとり、おばあちゃんのところをめざして列車旅をしていたのです。

 やまぶき色をした革でできたおおきな旅行かばんはえりかのお気に入りです。よそ行きの、そでのふくらんだレトロなデザインをした空色のワンピースはとても上品で、とくべつなところへ出かけたくなる気もちにさせてくれました。そういうよそおいで出かけると、いつものつまらないイライラする毎日をおいてけぼりにして、とてもうきうきとした気もちになれるのです。そして、みるものすべてが美しい発見のようにおもえてくるのでした。

 列車が走りはじめて、えりかのかよう学校やいつもあそびに行く公園のそばをはしりぬけて、見なれたけしきをとおりすぎると、みどりのおおい山へと入りました。

 えりかは、いつものる列車とはちがって、まどにそってむかいあわせになっている席がめずらしくて、むちゅうでまどの外をみていました。山のこいみどりと、あざやかな空の色がえりかの目のまえにまぶしくひろがっています。

 さいしょは目あたらしい気分でしたが、いつまでたっても変わりばえのしないけしきに、えりかはだんだんあきてしまい、そのうちすうすうとねいきを立ててねむってしまいました。列車はえりかがねむっているあいだも山の中をはしりつづけました。そのあいだに止まった駅で、女性がひとり列車にのりこんだのです。女性はえりかの向かいの座席にすわりました。

 えりかはそれには気づかずに、ずっとねむっていました。女性は、ねむっているえりかと、まどの外のけしきを交互にみていましたが、列車が長いトンネルに入ると、席からこしをあげてえりかのそばへよると、えりかのかたをゆすっておこしました。

「もしもし、おきなさい」

 えりかはふとんの中から目ざめたようで、あたまがふわふわとして、自分がどこにいるのかをいっしゅんわすれていました。そんなえりかが目ざめたのをみて、女性はいちまいの切符をさしだしました。

「おこしてごめんなさいね。でもこの切符、あなたが落としたのでしょう?もうすぐ駅につくわよ」

 えりかは切符をうけとると、自分がなにをしにどこへいくのかようやくおもいだしました。(そうだわ……わたし、おばあちゃんのところへいくのだったわ)

 そのとき列車は長いトンネルをぬけて、あかるい日ざしのもとへ出ました。トンネルをぬけたところはみずうみの上で、列車はスピードをすこしずつゆるめながら、たかい鉄橋をわたっていました。えりかが列車のすすむほうをみると、鉄橋のさきにちいさな駅があるのがわかりました。

 列車が駅にとまると、えりかはおりるために席をたちました。この女性が起こしてくれなかったら、ねすごしてしまったのではとおもったので、かんしゃの気もちでおれいをいいました。

「おこしてくれてありがとう。さようなら」

「ええ、あなたもよい旅をね」

 えりかが手をふると、女性もにこにこして手をふりかえしてくれました。えりかは、女性をやさしく感じのいい人だなとおもいました。そして、そのやさしさにおばあちゃんのことをおもいだして、よりいっそう会いたくなったのでした。えりかが車掌に切符をわたして列車をおりると、すぐさまドアはしまり、列車は鉄橋をわたってはしりさっていきました。

 えりかは、しずかになった駅のホームにひとりきりでいることに不安をかんじていました。えりかの住んでいる町の駅はおおきくて、デパートとつながっていてにぎやかです。ホームにはいくつも売店があって、いつも列車をまつおおぜいのお客で、こことはおおちがいです。なにしろこの駅にはなにもないのです。売店もありませんし、のみもののじどうはんばいきもありません。それどころか駅員もみあたらず、えりか以外はだれもいないのです。

 えりかがあたりをみわたしてみると、この駅はみずうみにうかぶ島の上にあることがわかりました。駅のりょうがわの線路は、たかい鉄橋になっていて、つめたい風がふいています。鉄橋の下では、風でみずうみになみがうまれているのがみえました。

 みずうみは、向こう岸とこの島のあいだで谷のようになっていて、風はそこから上にむかってのぼってくるようにふいていました。えりかはだんだん耳がなれてきて、しんとしずまりかえったばしょに、風が通りすぎるわずかなおとや、みずうみのちいさいなみがぶつかりあう音までもきこえるようになってきました。

 どれもえりかにはめずらしい光景でしたが、なによりも不安な気もちでいると、どれもいいもののようにはみえません。

「ほんとうにこの駅でおりてまちがいなかったかしら……?」

 えりかがそうおもったところで、切符はもうないので、たしかめる方法はありません。切符をひろってくれた女性もこの駅だといっていたのだから、まちがいはないのだとえりかは自分にそういいきかせることにしました。

 駅の出口のむこうは、人がひとりとおれるくらいの細い道があるだけでしたが、すぐに高くおいしげっている草と花にかくされて、先がどうなっているのか、なにもわかりませんでした。えりかはそのうちおばあちゃんがむかえにきてくれるとおもって、このまま駅でまっていることにしました。


■2 さえ


「なんだかさむいわ」

 えりかはベンチにすわってまっているうちに、いつのまにかねむっていましたが、つめたい風で目をさましました。風はそのひとふきで、季節が変わってしまうかのようなつめたさでした。

 ふと気がつくと、かげがずいぶんと長くなっています。えりかは、ついさっきまではあついとおもっていたのに、いまはもうすっかりさむくかんじるようになっていました。空をみあげてみると、夕やけがひろがっていました。

(やっぱり、おりる駅をまちがえたのかしら。でも列車をおりるとき、車掌さんはなにもいわなかったからまちがいないはずなのに……、いまごろおばあちゃんはしんぱいしているかしら?)

 えりかは、このまま夜になってしまったら一体どうしたらいいのか、さっぱりわかりませんでした。今までこんなことにはなったことがないからです。どうしたらいいかわからないでいるうちに、太陽は山にかくれはじめて、えりかのかげは今にも消えそうです。そして、日が当たらなくなってまっくらになったみずうみからは、ヒューヒューと風の音がいっそうつよくきこえてくるようになりました。こまりはてて、なきそうになっていると、どこからあらわれたのか、えりかと年がかわらなさそうな女の子がひとり、いつのまにかベンチにすわっていました。

 えりかは、きゅうに人のすがたをみておどろきましたが、同時にホッと安心しました。そして、この女の子も列車をまっているのにちがいないのだから、もうすぐ列車がくるにちがいないとおもったのです。えりかは、気をとりなおして女の子からすこしはなれたところで列車がくるのをまつことにしました。

 しかし、いくらまっても列車はきません。えりかには十五分はまったようにかんじられました。駅で列車をまつのにそんなにも時間をかけるものなのか、えりかにはわかりませんでした。えりかは、だんだんおちつかなくなって、女の子をチラチラ見たり、あたりをうろうろして、とうとうイライラしはじめました。

 そのようすに気がついたのか、ベンチにすわっていた女の子はとつぜん立ちあがると、えりかのほうにむかってあるいてきました。そして、えりかをみたまましずかにこう言ったのです。

「列車ならきょうはもうこないわよ」

 えりかは、そのことばにおどろきがっかりしましたが、女の子は、気にしていないようすでした。女の子はえりかとおなじくらいの年とせたけのようでしたが、つんとすましたようすで、えらそうな言いかたでした。きりっとしたかおだちに、きりそろえられたまえがみと、こしまでまっすぐにおちたきれいな黒いかみのみた目が、えりかにいっそうつめたくおもわせたのです。

 女の子はふしぎなかっこうをしていました。まるで、ハロウィンパーティにでもいくような、三角にとがったぼうしをかぶっています。それなのに、服は制服のようなものをきていました。そして、手におおきなほうきをもっていました。えりかがめずらしそうにみていると、女の子はたんたんとしたようすでえりかにといかけました。

「それよりも、あなた、いつきたの?」

 まるで先にいたみたいないいかたに、えりかはおどろきながら「おひるごろだけど」といいましたが、それをききたいのは自分のほうだともおもいました。

「りんじ列車なんてあったかしら……?」

 女の子はうでを組みながらしぶい顔をしてそういうと、ほうきにぶらさがっていた竹のつつをとって、口をつけてうえへとかたむけました。ずいぶんかわっていますが、どうやらすいとうのようです。それをみていたえりかは、きゅうにのどがかわいていることに気がつきました。そういえば、もうずいぶんとなにものんでいません。えりかは少しおかねをもっていたので、それでのみものをかおうとおもいました。

「ねえ、あなた、ここにじどうはんばいきはないかしら?」

「あなた、じゃないわよ。わたしはさえよ。あなたは?」

 女の子はふきげんそうにそういいました。えりかはふいに名前をききかえされて、あわててこたえました。

「わっ……わたしは、……えりか」

 えりかは、きえいりそうな声でもじもじとしながらいいました。

「ふーん、それで『じどうはんばいき』ってどういうものなのかしら?」

 えりかは、さえがじどうはんばいきをしらないことにおどろきながらも、どうせつめいしたらいいのかわからなかったので、「のみものをうっているところはない?」といいなおすことにしました。

「ないわよ。けどこれがあるわよ」

 さえはそっけなくこたえながら、もっていた竹のすいとうをえりかに手わたしました。もってみると、やはりただの竹のつつです。

(竹でできているなんて、はじめてみたわ。でも、ざっかやさんにあるようなかわいいデザインじゃないし……、中はきれいなのかしら……)

 えりかは、すこし気味がわるいとおもいつつも、とてものどがかわいていたので、おそるおそるすいとうに口をつけてみました。すると、えりかの口の中にさわやかで、すっきりとする味が広がりました。あまずっぱいような、心がほっとする気分です。それに、きんとひえていてとてもつめたいのです。

(ああ、なんておいしいのかしら!それに、とってもいいかおりがするわ。)

 えりかは自分でも気づかないうちに、中身をぜんぶのんでしまいました。からになったすいとうをかえすのがとてもきまりわるかったので、おもわずこういってしまいました。

「あの……、おかねはあるんだけど……」

「いらないわよ」

 さえはムッとしたようすで、からになったすいとうをうけとると、すたすたとあるきはじめました。えりかは、のみものをかうところがあったら、こんなかたみのせまいおもいをしなくてすんだのにとくやしい気もちになりました。

 それに、さえという子もそんなにツンツンしなくてもいいじゃないとえりかはおもいました。さえは、えりかのわきをすりぬけるようにとおって、すこしあるいたところでたちどまると、えりかのほうにふりかえりました。


「列車なら今日はもうこないっていったでしょう。ついていらっしゃいよ、えりか」


 さえはあいかわらずつんとすましていましたが、駅の出口の前でえりかがついてくるのをまっていました。えりかは、このまま駅にいても列車がこないのなら待っていてもしかたがないし、おなじとしごろの女の子にならついていっても平気におもえたので、さえのいうとおりにしました。さえのなまいきな感じがはなにかかりましたが、えりかはなにより、こんなところでひとりぼっちのまま、まっくらになるなんてかんがえたくもありませんでした。


 えりかがうしろから大きなかばんを引きずるようにしてついてくるのをみて、さえはすたすたとあるきはじめました。いつのまにか夕日は山にかくれはじめていました。まわりはどんどんくらくなっていて、ふと足もとをみると、かげも消えてしまっていました。あい色になった空の東の方角には、星がひかっているのがみえていました。


■3 ふたごの魔女の家


 えりかが駅を出てみると、草や花を分けただけの道が一本あるだけで、それも茂みにかくされていてやっとみつけられるような細い道でした。あたりはくらくて、あかりはさえがほうきに下げているランプひとつだけでした。ときどき、小さな花がランプのあかりにてらされていました。


 くらくてよくわかりませんでしたが、ずっと坂道をのぼりつづけていました。えりかは、重いかばんのせいであせをかきながら、それでもさえにおいていかれないようについて行きました。


 あたりが急にひらけると、その先にとつぜんりっぱな家があらわれました。つくりのよい洋館のようです。整然と並んだたくさんの窓からは、オレンジ色のひかりがもれていて、なんともあたたかそうです。えりかがそれらにみとれているうちに、さえは家の中に入ってしまったようで、すがたがみえなくなっていました。


「入ってもいいのかしら……」


 えりかはドアをすこしあけると、中のようすをうかがいながら、そっと中へ入りました。


「わあー……すごい」


 入ってすぐみえたのは、ダイニングのある広間でした。チョコレート色をした大きくがっしりとしたはしらと、それとおなじ色でつくられた作りつけのちょうど品に目をうばわれます。


 へやのまん中には、おおきなテーブルセットがあって、いすがなんきゃくもありました。テーブルの上には、あお色のステッチやレースあみされたクロスがしかれていました。その上には、ほそながいかびんがおかれていて、かざられている花からは、なんともいいにおいがしていました。


 ダイニングからへやつづきになっているカウンターのむこうは、キッチンになっていて、そのかべにはおそろいのデザインのフライパンやなべがかけられています。つくりつけの棚には、いくつもの同じかたちのビンが整然とならべてしまってありました。


 コンロでは大きななべが火にかけられて、こちらからはたべもののいいにおいがしています。えりかはそのにおいで、すっかりおなかがすいていたことをおもいだしました。


 へや中、えりかのきょうみをひくものでいっぱいで、しばらくながめていてもあきませんでしたが、いつまでたってもだれもいないことに、えりかはすこしふあんになってきました。


(さえって子、どこへいったのかしら……?)


 えりかがそうおもっていると、家の中のどこかでドアがあく音がして、だれかが木のゆかをコツコツとならしながらあるく音がきこえました。


 足おとはだんだん近くなってきたかとおもうと、とつぜんきこえなくなりました。えりかがカウンターごしにキッチンをのぞいてみると、こしのあたりでまっすぐにきりそろえた、ながいかみの女の子のうしろすがたがみえました。えりかは、さえがもどってきたのだとおもいました。


 うしろすがたは、いそがしそうにキッチンをうごいています。そのたびに、まっすぐなくろかみがさらりとゆれて、えりかは、自分のくしゃくしゃしたかみとくらべると、みじめなきもちになりました。


「……あのう」


 えりかは声をかけてみましたが、気づいてもらえません。


「ちょっと、いいかしら」


 それでも、えりかはあきらめずに声をかけると、ようやくへんじがかえってきました。


「あっ、かえってたんだね、おかえり。もうすぐお夕食ができるよ」


 うしろをむいたまま返事をすると、かみのけをさらりとうごかして、できあがった夕食をおさらにもりつけはじめました。


(なんてしつれいなのかしら)


「ちょっと!こっちをみなさいよ!」


 えりかは、がまんできなくなって、声をあげました。


「きゃあ!!」


 うしろすがたはおどろいて、もっていたおたまと、まな板にのせてあったやさいをゆかにおとしてしまいました。


 そんなにおどろかなくてもいいじゃない。と、えりかはおもいましたが、つぎのしゅんかん、えりかの方がもっとおどろくことになったのです。


「なにをしているのかしら」


 なんと、別のドアからさえがあらわれたのです。


「えっ!?えっ!?……ふたり?」


 えりかはおどろいて、キッチンでおびえている女の子と、よこにいるさえのりょうほうをみくらべました。


 ふたりはみた目はほとんどかわりません。かみの長さもおなじですし、服もおそろいのものを着ています。ただよくみてみると、さえはまえがみをひたいのところで切りそろえていますが、もうひとりはまえがみをおでこの上にあげて、うしろへながしていました。ちがいはたったそれだけだったので、うしろすがたは全く同じにみえたのです。


 ふたりがおどろいているのを気にもしないで、さえはキッチンへはいると、おちているやさいやおたまをひろいあげました。


「この子は『まあゆ』よ」


 さえは、たった今まあゆとよんだ女の子に、えりかにはみせないやさしげなまなざしで、やさいとおたまをわたしました。まあゆとよばれた女の子は、さえのすがたをみてあんしんしたのか、おちついてしんこきゅうをしてからいいました。


「さえ、おきゃくさまね」


「そうよ、えりかというのよ」


 おきゃくときいて、まあゆとよばれた女の子は、ぱっとあかるいえがおになりました。


「えりかちゃんね、よろしくね」


「……う、うん」


 あっというまにおちつきをとりもどしたまあゆにとまどいながらも、えりかはなんとか返事をしました。おなじかおだちでも、きりっとしたようすのさえと、ふんわりしているようすのまあゆでは、ずいぶんちがう印象です。まあゆはキッチンへもどると、なれたようすでお茶を用意しはじめました。かわいくて上品なポットと、三人分のカップがすぐに用意されると、さえがテーブルまではこんできました。


「どこでも、あいてるところにすわっていいわよ」


 さえにそういわれたので、えりかは自分にいちばんちかいいすにこしかけると、はなしかけました。


「ふたごなんだ」


 えりかは、興味をもってそういっただけでしたが、どうしてかさえはムッとしてらんぼうにお茶のはいったカップをえりかの前におきました。


「さきにいっておくけど、おかねならいらないわよ」


 そういうと、さえはえりかのななめむかいのいすへらんぼうにすわりました。


「もう、さえったらしつれいでしょ」


 まあゆがさえに注意しましたが、さえはフンと鼻をならして、そっぽをむいてひとこともしゃべりませんでした。


 えりかは、いったいなにが悪かったのかわかりません。こんなお茶なんかのむもんですか!と、おもいましたが、カップからたちのぼってくるあまりにもいい香りに、おもわずてをのばしてしまいました。甘いとも花ともいえそうなやさしい香りです。


 えりかがひとくちのんでみると、甘さとすっぱさがおたがいちょうどいいくらいの中に、あとからすっきりするさわやかさがやってきました。もやもやした気もちも、すうっととけていくようでした。


「ごめんね」


 また、さえにかわってまあゆがいいました。そのことばは、このお茶のようにえりかの心にすうっととけていくようでした。えりかは、せめてまあゆとはふんいきを悪くしたくないとおもい、しんちょうにことばをえらんでいいました。


「お茶、おいしいわ」


 えりかがそういうと、まあゆはうれしそうにわらいました。さえはだまってお茶をのんでいます。


「ありがとう。はちみつとカモミールのハーブティーなの」


 えりかには、はじめてきくお茶の名前でした。このお茶はおだやかでやさしげで、どこかまあゆのような感じにおもえたのでした。そしてえりかは、このあとさえがあきれているのもかまわずに、お茶を三杯ものんだのです。


「えりかちゃん、夕食たべるでしょ。たくさんあるからえんりょしないで」


 えりかがお茶をのんでいるうちに、まあゆは夕食をはこんできてくれました。えりかは、とてもおなかがすいていたので、すすめられるままに食べたのでした。おなかいっぱいたべおわったえりかが、おてあらいに行ってもどってくると、テーブルの上はきれいにかたづけられていました。


 えりかは、夕食をたべさせてもらったおれいを言わなくちゃ……とおもいましたが、きまりがわるく感じていいませんでした。


 それよりも、このふたごのお父さんやお母さんはどこにいるのか、そしてえりかのおばあちゃんの家にれんらくをしてむかえに来てもらいたいとおもいました。


「ねえ、あなたたちのお父さんとお母さんはいつかえってくるのかしら?かえってきたら、わたしのおばあちゃんのお家にれんらくしてもらえないかしら?」


 たったそれだけを言っただけなのに、さえはひどくおこったようすで、「もうしらない!」といいすててダイニングを出ていってしまいました。えりかはなぜ、さえがあんなにおこっているのかわかりません。とりのこされたまあゆは、今にもきえいりそうな声でかなしげでいいました。


「えりかちゃん、わたしたちだってね、ちゃんとした魔女みならいなんだよ……」


 えりかはまあゆのことばに、耳をうたがいました。


「魔女……?ですって?」


「そうよ、わたしたちふたごだけれど、ちゃんとした魔女みならいなのよ」


 まあゆは、とてもこまったようすでいいました。


「なにわけのわからないことをいってるのよ、魔女だなんて!」


 えりかは、さえとまあゆが何かふたりだけの共通のあそびのきめごとでそういうふうにいっているのだとおもいました。それで変わった服を着ているんだとおもいました。


「もういいわ。自分ででんわするわ。……でんわはどこかしら?」


 えりかはまあゆに、そうたずねましたが、まあゆはひどくかなしそうにくびをよこにふるだけでした。そして、とぼとぼとキッチンへ行ってしまいました。広いダイニングに、えりかはひとりとりのこされました。さえは急におこりだすし、まあゆも急にようすがおかしくなるし、へんな子たちだとえりかはおもいました。それに、でんわもないなんて、なんて家なのかしら!えりかはイライラしてダイニングをうろうろあるきまわりました。


 しばらくすると、まあゆがのろのろとあらわれました。手にはじゃらじゃらと音のするかぎたばと、おさらにとっ手をつけたような燭台をもっています。


「きょうはもうおそいから、おへや……、あんないするね」


 まあゆは元気のない様子でいいました。えりかはもんくのひとつもいおうとおもいましたが、外はまっくらですし、夜もずいぶんおそいはずです。ここでおこって、泊めてもらえなくなったらこまるとおもい、だまってまあゆにいわれるままについていくことにしました。


 かいだんは、ダイニングとはちがって、まっくらでした。まあゆのもつ燭台のあかりはちいさく、あしもとまであかりはとどきません。ろうそくの火がゆらりとゆれると、あかりにうつしだされたえりかたちのかげが長くのびて、気味が悪くおもえました。


 ギシギシと音をたてる木のらせんかいだんをのぼって、まっすぐのろうかをあるきました。ろうかのりょうがわはまどのないかべで、まっくらでますます気味がわるいと、えりかはおもいました。


 まあゆが、ろうかの奥のへやのドアのかぎをあけると、ドアはギギギといやな音をたててひらきました。


「ふだんつかってないへやだから、……でもねられるとおもう……」


 まあゆは歯切れ悪くそういうと、もっていた燭台をえりかにてわたしました。


「あかりがないから……、おやすみなさい」


 まあゆは、えりかをへやにおしやるようにいれると、ドアをしめて行ってしまいました。


 小さな燭台の、ろうそくのあかりでもわかるくらい、へやはちらかっています。ほんとうにずっとつかわれていなかったみたいで、へやじゅうかびとほこりのにおいがしていました。


「……なんてひどいへやなのかしら。こんなベッドではねられないわ」


 ほこりのつもったベッドではねむる気がしませんでしたが、ソファは上においてあるものをどけると、いがいにきれいにみえたので、そこによこになってねむることにしました。


「ねるところまでほんとうにひどいところだわ」


 えりかはそうつぶやくと、さきほどのまあゆの言葉をおもいだし、自分がこの家のだれのおきゃくでもないことをおもいしらされ、こどくな気もちになりました。ここではだれもえりかのことをまちのぞんでなどいないのです。


 えりかは、どうして自分がこんなめにあわないといけないのかと、泣きだしたかったですが、いじわるなたいどのさえや、こんなへやにつれてくるまあゆのことをかんがえると、はらだたしくなりました。


(いいわ、あしたの朝になったら出て行ってやるから!)


 えりかはそう決心したのでした。


■4 えりかでていく


 えりかは目がさめると、ここが自分の家ではないこと、そしてきのうにおきたできごとを、すっかりおもいだしました。カーテンごしに朝日が入りこんで、へやはうっすらとあかるくなっていました。えりかはあたりをみまわして、自分によういされたへやがものおきべやだったことに気づいたのです。


 そうわかると、えりかはくやしくてしかたありませんでした。まるで、いらないものみたいにほうりこまれたようにおもえて、あんまりだとまあゆにもんくのひとつでもいわないと気がすみませんでしたが、それよりも早くこの家から出てしまおうとおもいました。


 えりかはろうかに出てふかくしんこきゅうをすると、下の階からなんともおいしそうなにおいがただよっているのに気がつきました。えりかはそのにおいにさそわれるように、かいだんをおりました。ベーコンやたまごのやける、おなかのすくにおいです。だれにもみつからないようにしんちょうにかいだんをおりましたが、ダイニングにもキッチンにもだれもいません。ですが、こんろには火がついていて、お湯もわかしていたりしていたので、すぐにだれかがもどってくるのだろうとおもいました。


 えりかは、ダイニングのまん中のテーブルをみて、あっとおどろきました。きのうと同じように、三人分のおさらがならべてあったのです。えりかの分があるのではないかとおもいましたが、すぐに、それはふたごとそのお母さんかお父さんのものにちがいないとおもいなおしたのです。


 たしかに自分は、ここではおよびじゃない人だけど、朝ごはんすらわけてもらえないなんて、つめたい人たちだとえりかはおもいました。それならば、だれにもあわない今のうちにここから出ていってしまおうとおもいました。そう決めると、えりかはすぐにあのほこりっぽいものおきべやへもどって、おおきな旅行かばんをもちだしました。


 えりかがふたたびダイニングまでもどってきたとき、キッチンのおくにあるドアが開くおとがきこえました。だれかがキッチンの裏口から入ってきたのです。えりかはおどろいて、あわててげんかんから外へとびだしました。


 えりかが外に出て坂道をまっすぐくだって、みはらしの良いところにでると、駅がみえてきました。そこにはきのう、あれほどまっていた列車のすがたがみえていました。列車のドアはあいていて、すぐにもしゅっぱつしそうでした。えりかはそれをみると、駅までの残りのみちをころげるようにはしりました。


 えりかが駅にたどりついたとき、列車はまだドアをひらいていました。いそいで駅の入り口をくぐってホームへ入ったえりかは、あっとさけびました。そこには、さえのすがたがあったのです。


 さえはえりかには気づいていないようすで、列車のドアから大きい箱や小さい箱、さまざまなにもつをはこびだしていました。


 えりかは、こまっている自分に声をかけてくれたさえにだまって帰ろうとしていることに、こころがちくりといたみましたが、そんな気もちをかくすように、わざとおこったかおをして、さえのわきをとおりぬけて列車にのろうとしました。


「ちょっと、えりか。この列車にはのれないわよ」


 さえは、えりかがいることに気がついて声をかけました。えりかはいっしゅんとまどいましたが、すぐに


「ほっといてよ!あなたにはかんけいないでしょ」


 といって、そのまま列車のあいているドアからのりこもうとしました。


「のれないっていっているのがわからないのかしら」


 えりかがドアのステップに足をかけようとしたとき、さえにうでをつかまれて、列車からひきずりおろされてしまいました。えりかはほんとうにおこって、声をはりあげていいました。


「なにをするのよ!」


「だめよ。だってこれは荷物列車なのよ。旅客列車じゃないわ」


 さえもえりかにつられて、声をはりあげていいかえします。


「それに、たとえ旅客列車でも、あんたは切符をもっていないわ。切符をもっていない人をのせるわけにはいかないわ」


 えりかは、さえが自分と年がかわらないくせに、まるで駅員のような注意のしかたをするので、はらがたちました。


「どうしてさえにそんなこといわれないといけないのよ!」


「どうしてですって?だって、わたしは『魔女鉄道』の『ふたごの魔女の駅』の駅長だからよ。切符のないひとが列車にのるのをだまってみているわけにはいかないわ」


 そうさえがいうと、列車の中にいる乗務員もこまった顔をして首をよこにふっていたので、えりかはこの列車にのることをあきらめたのです。


 それにしても、おかしなことばかりです。ふたごの魔女とはさえとまあゆのことでしょうか。そういえば、昨夜もまあゆが魔女みならいだとか言っていたことをおもいだしました。でもえりかは、ふたごが魔法をつかっているところをいちどもみていません。


 それに、えりかと年がちがわなさそうなのに、さえが鉄道の駅の駅長だなんてしんじられません。えりかがもやもやとあたまの中でかんがえごとをしているうちに、さえは荷物をぜんぶおろしおえて、列車はドアをしめてはしりさって行きました。


 えりかは、魔女だなんてわけがわからないことをいういうさえにたいしてはらだたしい気もちと、せっかく列車がきたのにのれず、泣きたい気もちでごちゃごちゃです。列車はいってしまいましたが、さえとまあゆの家にもどる気などはありません。


 えりかは、さえがおろした荷物の箱からはなれたばしょのベンチにイライラをぶつけるようにらんぼうにすわりました。


 さえは、えりかに気をかけるようすはなく、ツンとすましてかばんに荷物をはいるだけつめこんで背負い、そしてりょう手にこぼれおちそうなくらい荷物をかかえると、坂道をのぼって行ってしまいました。


 駅のホームにはさえがかかえきれなかった荷物がたくさんのこされていましたが、えりかはただだまってみおくるだけでした。のこった荷物をみていると、どうして自分がこんなにいやな気もちにならないといけないのかと、もやもやしつづけていることに気がつきました。ホームのはしっこにおかれたままの荷物が、えりかの目にチラチラみえるたびに、心がおもくなるのでした。そしてえりかはこうおもったのです。


(わたしが魔女だったら、あんな重そうなもの魔法ではこんでしまうわ)

 ですが、そうおもったところで、心はおもくるしいままなのでした。


 いっぽうさえは、足場のわるい坂道をよろよろとのぼっています。まだすずしい時間なのに、さえのひたいにはあせがじっとりとうかんでいます。やっと家についてドアをあけると、まあゆがでむかえます。さえはダイニングに入ると、かかえていた荷物をおろして、かばんの中身を確認するようにカウンターにならべたのでした。


 カウンターの上にはミルクのはいったおおきなびん、あたらしい紅茶の缶、そしてやわらかい木くずをしきつめた箱にはたまごが六個はいっています。紙の箱に入れられた四角いバター、それにベーコンやソーセージ、じゃがいもやブロッコリーまであります。そしてさいごにかばんの底から新聞をとりだしました。そうしてならべられた品物を、まあゆが確認しながられいぞうこや棚にきちんとしまってゆきます。


「きょうはこれでおしまいかしら?」


 たった今、さえがはこんできた新聞の見だし記事をみながらまあゆがいいました。


「まだホームにのこりがあるわ。あともう一回は運んでこなくちゃいけないわ」


 さえはつかれたようすでかたをすくめていいました。


「そっか、じゃあそれがおわったら朝ごはんにしましょ。わたしそれまでに……、えりかちゃんをおこしておくね」


 まあゆの言葉にさえは、こころがひやりとしましたが、すぐにいつものきりっとしたかおにもどって、「わかったわ」というと、からになったかばんをもってげんかんからふたたび出ていきました。


 さえはげんかんから出ていくときに、ダイニングのテーブルをちらりとみました。そこにはちゃんと三人分の朝食のよういがされていたのです。


 さえは、家から少しはなれたところまであるいて、たちどまってうしろをふりかえると、ため息をつきました。さえは、えりかが駅にいることに知らないふりをしてしまったことをすぐに後悔していました。


 坂道をあるきながら、さえはかんがえました。もし駅にまだえりかがいたら、いっしょに家にもどって朝ごはんをたべるようにすすめよう……、そうおもいなおしたのでした。


 さえが駅のホームにもどると、えりかはあてもなさそうにベンチにすわっていました。さえは、ホッとあんしんしましたが、自分のすがたに気づいたえりかと目があうと、つい目をそらしてしまいました。


 さえは、どうやって声をかけたらいいのかしら……、とかんがえながら、のこっている荷物をかばんにつめこみました。さいごのさいごに残しておいた大きい木箱は、ほかの荷物よりはるかに重いのです。ときどきとどくその木箱を見ると、さえはいつもこれをかかえて坂道をのぼる苦労をおもいだし、気もちがめいってしまうのです。


 えりかに声をかけたらてつだってくれるかしら……?すこしそうおもいました。でも、これは自分のしごとです。さえは首をふってそのかんがえをふりきると、えりかにちかづいて行きました。


 えりかは、さえがこちらにむかっていることに気づきましたが、さえのいるほうの反対にかおをむけて、だまってベンチから線路をみつめていました。さえの目には、それがなまいきなたいどにうつりました。


「まっていたって列車はこないわよ」


 そういって、さえはベンチにすわっているえりかをみおろしました。えりかも、さえに負けないくらいすました感じでいいました。


「いいの、ほうっておいて」


 えりかがそういうと、さえは首をよこにふってそれ以上はなにもいわずに、ベンチからはなれました。そして気がめいるような重さの木箱を両手にかかえると、ホームを出てまた坂道をのぼりました。さえには、きょうの木箱はいつもよりさらに重く感じられたのでした。



 駅に残されたえりかは、さえがいなくなるとなんどもふかいため息をつきました。えりかは、さえが荷物をはこぶのをてつだってほしいいってくれたら、てつだおうとおもっていたのです。ですが、えりかはなにかいじわるなことでもいわれるのではないかとびくびくしていたので、自分からは何もいいだせなかったのです。


 ですから、さえの「まっていたって列車はこないわよ」という言葉が、いじわるなもののようにきこえていたのです。たしかに、えりかにとってはうれしくないことばでしたが、さえは本当のことをいっただけなのです。えりかも、さえがいじわるでそういったようにはおもえませんでしたから、よけいにこまってまたため息がでるのでした。


「そうだわ!」


 えりかはきゅうにたちあがってさけびました。


「列車がこないなら、線路の上をあるいたってへいきだわ。線路の上をあるいていけば、そのうちとなりの駅につくじゃない」


 そうしたらなんとかなるだろう……、とかんがえたのでした。えりかは、さえがいないことをたしかめてから線路の上におりました。たしかにさえのいうように、列車がくるけはいはまったくありません。駅のホームのはしっこまであるくと、その先はすぐに橋になっていました。とてもたかい橋で、ずっとしたにみずうみの水面がかぜをうけて、きらきらと光っています。


 橋は、かんたんなつくりで、柵や囲いもなく、線路のすきまはひろくて、はるか底に小さな波がキラキラ光っているのが見えています。足をふみはずしたらそのままみずうみにおちてしまいそうです。えりかは、あしがすくみましたが、おそるおそる前にすすんで橋の前にきたところで、風がふいていることに気がつきました。


「さっきまでこんな風ふいていなかったのに……へんね」


 すぐに風はえりかのかみをくしゃくしゃにするくらいつよくふいてきました。おおきな音がヒューヒューとあたりにひびいています。


 やっぱりやめておこうかしら……、そうおもったときです。とつぜん風がビュウッとふいて、えりかはせなかをおしだされて橋の上に出てしまいました。そしてそのまま、まるでとぶように橋のまん中あたりまできてしまったのです。風はそこでぴたりとやんで、えりかはほっとひと息つくことができました。ですが、ほっとしたのと同時に、たかい橋の上に足がすくんでしまいました。


 やっぱりひきかえそう……、えりかがそうおもうと、また風が強くふいてきてえりかをもときた場所にかえしてくれません。


「いったいなんなのかしら……!?」


 えりかは、橋のはんたいがわをながめました。橋のむこうは、すぐにトンネルになっているのがみえます。トンネルの方へは行きたくないとおもいましたが、橋の上にこのままいてもしかたがありません。おそるおそる線路のまくら木をひとつひとつまたぎながらすすみました。そして、なんとか橋をわたりきると、こんどはすぐにトンネルの入口になっています。えりかは、ぶじにたかい橋をわたれたことにホッとするひまもなく、くらいトンネルの中をのぞきこみました。


 トンネルの中にむかって風がすいこまれていて、おくからはうなり声のような風の音がぶきみにひびいています。トンネルの中はまっくらで、出口はみえませんでした。まるで地のそこにすいこまれてしまって、もう二度と出られなくなるのではと、おもわずそう想像せずにはいられません。それに、もしトンネルの中をあるいているとちゅうで列車がきたら大変です。そうかんがえると、とてもトンネルに入る気にはなれません。


 えりかがびくびくしながらトンネルをのぞきこんでいるそのとき、いちだんとつよい風がふいてきて、えりかはトンネルの中にすいこまれそうになりました。


「ひゃあっ!」


 おそろしさとおどろきで、えりかはさけび声をあげて、トンネルのしゃめんにしがみついて、がけのような山をかけあがりました。


 えりかはうしろをふりむかないで、むちゅうできりたった山肌をかけのぼりました。からだがうごくかぎり手足をうごかして、ようやく平らなばしょをみつけました。


「ああ、びっくりした……」


 もう風はふいていません。えりかはちゅういぶかくうしろをふりかえってみました。すると、ついさっきまでいたはずの鉄橋はずいぶん下のほうに小さくみえています。それどころか、駅のホームも、さえとまあゆの家もとおくにみることができたのです。えりかは自分でもしらないうちに、高い山をのぼりきっていたのです。



 あらためてそこからの景色をみてみると、山にかこまれたみずうみのうえに、ぽっかりとうかんだ島と、そこへわたるための鉄橋がなんとも幻想的です。そのけしきに少しのあいだみとれていましたが、このあとどうしたらいいかをかんがえると、えりかはとほうにくれたのでした。


■5 魔女 莉花


 えりかは、なんとかして線路までもどろうとおもいましたが、のぼってきた山肌はとても急なしゃめんで、とうていおりられそうにありません。どこかに道はないかと、あたりをあるきまわりましたが、まったくみつかりませんでした。


 そうしているうちに山の中にまよいこんでしまい、とうとう自分がどこにいるのかわからなくなってしまいました。もう、みずうみもみえません。えりかはつかれてのどがかわいて、もうあるけませんでした。かんがえてみれば、朝おきてからなにもたべていませんでした。水だって、ひとくちものんでいなかったのです。えりかはその場にへたりこんで、立ち上がる力すらなくなってしまいました。そこへつめたい風がえりかのまわりをふきぬけていきます。


「ああ、さむいわ」


 ふと気がつくと、まわりがうすぐらくなっていました。あざやかで光るようなみどり色をしていた山の中は、すっかり色をうしなっています。太陽はみえなくなってしまいそうでした。


「こまったわ……、どうしよう」


 えりかは、どうしてこんなことになってしまったのか、今さらながらかんがえました。どうして、さえとまあゆに仲よくしてもらえなかったのか、きのうと今日にあったことをよくおもいだしてみました。


「いったい、なにがわるかったのかしら……」


 えりかには、自分のなにがいけなかったのかわかりませんでした。なにもわるいことはしていないはずです。ですが、今までのできごとをおもいだすと胸がちくりといたみ、涙がでてきました。


 どのくらい泣いていたでしょうか、とつぜんえりかのあたまの上にいっしゅん風がふきおりてきたかとおもうと、すぐにやみました。えりかは突風がふいたのだとおもい、空をみあげてその光景にあっとおどろいたのです。えりかの真上から、ひとりの女性がおりてきたのです。それも、ほうきにのっています。えりかは目を丸くして、おどろいてさけびました。


「魔女だわ!」


 それにくらべて、女性はとても落ちついています。


「ええそうよ。あなた、人間の子供ね。どこからきたのかしら?」


 えりかは、まだおどろいていて、こたえられません。


「あなた、こんなところにいて、いったいどこへいくつもりなの?」


 そのといかけに、えりかもどこへいくつもりなのか自分にもわからなくなっていることに気づきました。どうしてここにいるのか、どこへ行こうとしていたのかおもいだせません。だまって首をふると、魔女はえりかの目のまえまでおりてくると、音もたてずにゆうゆうと地面に足をつけました。


「へんねえ、言葉はつうじるとおもうんだけど……こまったわ」


 魔女はそういうものの、まったくこまったようすにはみえません。


「わたしの名前は、莉花よ。あなたは?」


「……、え、えりかよ」


 そういわれて、えりかはあわてて自分の名前をいいました。さえとはじめてあったときのことをおもいだして、えりかはなるべくはっきりと自分の名前をいったのでした。


「そう、良い名前ね」


 莉花がそういうと、えりかはホッとしました。そして、ことばを交わしたことでいくらかおちついて、莉花のすがたをみることができました。


 莉花は魔女らしく全身まっくろな服を着ています。それにハロウィンでかぶるような先のとんがったぼうしもまっくろです。そして右手には、白樺の木やえだでできた大きくてりっぱなほうきをもっています。


「えりか、ずいぶんおこまりのようね。もう日がくれてしまうから、よかったら今夜はわたしのところでとまっていきなさい。それとも、それがいやならここで落ち葉でもしいてねるかしら。どうする?」


 おもわぬたすけに、えりかはうなずいて「うん」とへんじをしました。


「来たいの、来たくないの?はっきりいわなきゃダメよ」


 莉花がきびしい口調でいうと、えりかはとびあがっておどろいて、「行きたいです!」とさけびました。


「よろしい。そうよ、どんな時でも自分でちゃんと決めるのよ。たすけてもらいたいときは、ちゃんとたすけてほしいといわないとだめよ」


「……へんじは?」


 莉花がまたきびしい口調でいいました。


「はいっ!」


 えりかがおおあわてでへんじをすると、莉花は満足そうにうなずきました。


「よろしい。そして、たすけてもらったらおかえしにだれかをたすけてあげなさい。だれでもいいのよ。あなたがこまっている時にたすけてもらったときのように、だれかをたすけてあげなさい。いいわね」


「はいっ!」


 えりかは勇気づけられているのか、お説教をされているのかわかりませんでしたが、莉花の説得力のある声に、どちらでもあるようにおもいながらききました。


「まあいいわ。空がまっくらになるまえに帰るわよ」


 そう言って莉花がほうきをもった手をはなすと、ほうきは地面におちずに、そのままふわふわとうかんでいました。えりかはおもわず、おおきな声をあげました。


「莉花さんって!ほんものの魔女なの!?」


「さっきそうだっていったでしょう。ほかのなににみえるっていうのかしら?さあ、わたしのほうきにおのりなさい。わたしのほうきにのれるなんて、一生に一度あるかどうかのしあわせなのよ」


 莉花のほうきは、えりかの背丈よりもながくて、えりかがみてもとてもじょうぶそうにおもえました。なにより、木でできたほうきなのに、またがってみるとまるで弾力のあるソファにすわったような安心感があったのです。えりかはおどろきつつも、莉花のこしにせいいっぱいだきつきました。


「さあ、しっかりつかまっていなさい」


 かみのけがさかさまになったとおもった瞬間、ドン!というものすごい音と風をおこしていました。えりかはさいしょ、なにがおきたのかわかりませんでした。えりかはこわくて目をぎゅっと閉じていましたが、すぐに音も風もなくなったので、おそるおそる目をあけてみました。


 えりかは空の上にいました。山よりもずっとずっとたかいところにいます。太陽はしずみかけていましたが、空の上からだとみずうみの水面にまだ光が反射して波がキラキラと光っています。そのうつくしい景色に、えりかは胸がいっぱいになりました。


「あそこをみてみなさい」


 莉花がとおくの水面をゆびさしたところは、光を反射した波が一本の線になって、それが風にのってこちらへむかってきます。


「風がどこにいるかわかるでしょう」


 水面のキラキラの列が莉花とえりかをのせたほうきの真下まできたかとおもうと、えりかのかおにつめたい風がふきぬけていきます。


 そして、莉花はこんどは風のすすむ方向にゆっくりとほうきの向きをかえました。そこでえりかは、風のすすむ音をききました。すうっと美しい線を引くようなここちのよい音です。風が空をかき分ける音です。風がみずうみの上をとおると波が立ち、山の上をふきぬけると、木々がゆれて葉っぱをざわざわとならしています。


えりかは、風にのっていることを肌でかんじていました。まるで、つばさをひろげたおおきな鳥になったようで、とてもきもちのいいものでした。くらい気もちが一気にきえて、心がかるくなるのがわかります。空のように大きくゆったりしてくるのを感じました。


 えりかは、ふたごのことをおもいだしました。魔女みならいだといっていた、さえとまあゆのことです。ふたりはもしかしたらほんとうに魔女だったのかもしれないとおもうと、もうしわけない気もちになりました。


 莉花のほうきがすすむ先はまっくらな山が見えますが、その中にあかるい光がみえます。莉花はまたゆびさしていいました。


「あそこがわたしの家よ」


 莉花はゆっくりと、葉っぱが舞うようにおりて行きます。はじめはひとつにみえていたあかりは、いくつものまどからこぼれおちているのがえりかにもわかりました。えりかはいやな予感がしてきました。あかりはみおぼえのあるあたたかそうなオレンジ色をしていたのです。


 そして莉花のほうきが地面につくころには、えりかにはそこがどこなのか、すっかりわかりました。空の上をとんでいたとき、あんなにすっきりとしていた心が、あっというまにおもくくらいものにもどってしまいました。莉花の家というのは、さえとまあゆが住んでいる家のことだったのです。


「さあ、お入りなさい。きっともう夕食ができているわよ。おなかもすいているでしょう?」


 莉花にそうすすめられましたが、えりかは入れませんでした。足が前にすすまないのです。


「どうしたのかしら?どこかおかしなところでもあるかしら?」


 莉花はすずしそうな顔でえりかにたずねます。


「べつに魔女の家だからといって、へんなものはないわよ。それどころか、うちはそんじょそこらの家よりずっとゆきとどいているとおもうわよ」


 莉花はじまんそうにいいました。もちろん、えりかはこの家の中がとてもすてきなことを知っています。えりかはこうかんがえました。莉花はさえとまあゆのお母さんなのかしら?だとしたら、自分がいちどこの家に来ていることをしっているのではないか……。


 えりかは、自分がこの家の子たちと仲がわるいとしられたら、莉花はもう家に入れてくれないではないかとおもいました。それならさいしょから入らない方がずいぶんましです。そうかんがえると、えりかはますますこわくなって中に入る気もちになれませんでした。


「しんぱいしなくてもいいわよ。えりかと同じ年ごろの女の子がふたりいるだけよ。入りなさい」


 莉花のその言葉をきいて、えりかはとうとう観念しました。しょうじきに今日の朝までにあったことをはなしてしまおうとおもいました。そうでもないと、もうこころがはち切れそうでした。


「わたし、さえとまあゆにしつれいなことをしてしまったから、きっとおこっているわ。わたしが家の中に入ったらきっとよろこばれないわ。わたしはもう入れてもらえないわ」


 一気にそういうと、すこしこころがかるくなりましたが、えりかは泣きたくなりました。がっくりとうなだれたえりかに、莉花はいいました。


「もしも自分がよくなかったとおもうなら、きちんとあやまりなさい。なにがわるいとわかっているのだから、どうしたらいいかわかるはずではなくて?」


「わたし、自分がいけなかったんだとわかっているけど、それでどうしたらいいのかはわからないの」


「それなら、こうかんがえてみてはどうかしら?えりかがこの家の子だったら、えりかがもどってきたらどうしてあげるかしら」


 それもえりかには、よくわかりませんでした。きっと、おこって追い返してしまうのではないかとかんがえて、ますますくらい気もちになりました。そのようすを莉花はあたたかい目でみていいました。


「まあ、入ればわかるわよ。さあ、もうさむいから入りなさい。わたしもさむいわ。もしもあの子たちがだめだといっても、わたしがよいといえば逆らわないわよ」


 莉花にせなかをおされて、えりかはおそるおそるドアをあけました。広いダイニングはこころまであたたかくなりそうな、おちついたオレンジいろのあかりにてらされていました。


 ダイニングの中央にあるテーブルには四人分の夕食が用意されています。まあゆとさえ、それと莉花、そしておそらくのこりはえりかの分です。


 いすにさえとまあゆがすわっていました。まあゆはしんぱいそうな顔をしながらえりかをみています。さえは、あいかわらずつんとすましていました。そのとき、さえのとなりのいすのうしろに、えりかは自分のやまぶき色の大きな旅行かばんがおかれているのに気づきました。


 朝にえりかが駅におきわすれていったものです。それをみてえりかはおもわずさけびました。


「そのかばん、もってきてくれたの!?」


「ええ、そうよ。おとしものは駅長があずかるきまりだからよ」


 さえはすましたままいいました。えりかがもどってくるかもわからないのに、まあゆはちゃんと夕食を用意してくれて、さえはわすれものをあずかっておいてくれていたのです。、えりかはふたりのやさしさに胸をうたれました。あんなにつめたいたいどをとっていたのに、さえもまあゆもえりかがもどってくるのをまっていてくれたのです。


 えりかはうれしかったのですが、さえのそっ気ないたいどをみるとどうしたらいいのかわからずに、莉花のほうをみました。


 莉花はただだまって、えりかをみていました。えりかはどうして今、自分は莉花のほうのみたのだろうとかんがえて、ハッとしました。えりかは、莉花がなにかたすけてくれるのではないかとおもったのです。


 同時にえりかは気づきました。これはだれかにたすけてもらってはいけないのです。


 なにをいえばよいのか、えりかにはわかっていましたが、正体のわからないなにかに負けたくないという気もちがじゃまをしています。いったいなにに負けたくないのかえりかにはわかりませんでしたが、そうおもう気もちに負けてはいけないんだとえりかは気がついたのです。とても勇気がいることですが、えりかはいいました。


「ありがとう……、……ごめんなさい」


 えりかがそういうと、しんぱいそうにみていたまあゆの表情がぱっとあかるくなりました。


「えりかちゃんの分の夕食も作っておいてよかった。さあ、すわって」


 まあゆのそのことばに、えりかは胸のおくがあたたかくなりました。、そして、なんともすなおにうれしい気もちになれたのでした。



■6 魔法の朝食


 つぎの日の朝、えりかのめざめはとても気もちのよいものでした。まどのカーテンをあけても、まだうっすらとしたあかるさしかありませんでしたが、えりかにはあたらしいもののはじまりのようにかんじられました。


 えりかは着がえをすませると、へやをちらかさないように、もちものをかばんへつめて、ベッドのすみに置きました。きれいにかたづいているへやを、きれいなままつかうことはとても気もちがよいことです。


 えりかはきのうの夕食のあと、あらためて正式なおきゃくとしてむかえいれられたので、あのよごれたものおきべやではなく、上等でかんじのいい客室で不自由なくねむることができたのです。


 客室の中には大きなかがみのある洗面台がおかれていて、そのとなりにはまっ白でふんわりとしたタオルがかけられていました。えりかは、そこで顔をあらいました。水はこおりのようにつめたいですが、おかげでえりかはすっかり目がさめました。


 えりかが客室のドアをあけると、ろうかはいいにおいがただよっています。きっとまあゆが朝食を用意しているのにちがいありません。えりかは、大いそぎでかいだんをおりていきました。


 かいだんをおりてダイニングへはいると、おもわずおなかが鳴ってしまいそうなおいしそうなにおいでいっぱいでした。えりかがキッチンをのぞいてみると、ちょうどまあゆがたまごをわっているところでした。


「おはよう、えりかちゃん。早おきなのね。朝食はまだできていないの、もうちょっとまってね」


 まあゆはよくなれたようすでたまごを三つわって、ボウルにおとしています。


「おはよう、まあゆ。わたしになにか手伝えることはないかしら?」


 えりかは、まあゆのてきぱきとしたむだのないうごきをみていると、自分もやってみたいとおもったのでした。


 朝食の用意はたまごをプレーンオムレツにするだけでもうおしまいだったので、てつだってもらうことはありません。かわりに、まあゆはえりかにたのしんでもらえることをおもいつきました。


「ううん、もうすぐおわるからいいよ。あ!そうだ。えりかちゃん、魔法をつかうところをみる?」


「ええ、みたいわ!」


 えりかは、手伝えることがないのにすこしがっかりしましたが、魔法をつかうところがみられるとなれば、気になりません。えりかは、まあゆがどんな魔法をつかうのか、興味でいっぱいでした。


「このたまごを魔法でまぜるのよ」


 わったばかりのたまごがはいっているボウルに、まあゆが泡立て器をたてると、泡立て器はかってにたまごをまぜはじめたのです。


「この泡立て器は、たまごをオムレツ用にまぜることから、生クリームをホイップにするまで、まぜこむ作業はなんでもできるのよ」


 たしかに、プレーンオムレツにするにはちょうどいいくらいのまぜごろになると、泡立て器は自動でとまりました。


 えりかは魔法ときいて、とてもはでなものを想像していたので、ぎゃくにおどろいてしまいました。えりかの家にも、電気でうごくものですがまったく同じものがあったからです。


 たしかに、だれもさわっていないのに泡立て器だけがカチャカチャとたまごをまぜているようすは、ふしぎなものでしたが、えりかの想像していた『魔法』とはちがいます。えりかは物足りない気もちになって、まあゆにたずねました。


「ほかにつかえる魔法はあるの?」


 まあゆは、すこし考えてから、キッチンの棚から小さなびんをもってきました。


「これを、たまごの上でふってみて」


 えりかは、まあゆに手わたされたびんのふたをあけて、たまごをまぜたボウルの上でふってみました。すると、ぱっぱっとこまかい粉がふるいおちてきます。ですが、すぐに何も出てこなくなりました。


「つまっちゃったのかしら?」


 えりかがさえにそうたずねると、まあゆはうれしそうにこういいました。


「ちがうわ。これはね、『かけすぎない塩こしょう入れ』よ。ちょうどいい分量を出したら自動でとまる魔法がついているの。ぜったいにしっぱいしないからべんりでしょ」


 なんともおどろきのない魔法です。えりかがあきれていると、まあゆはほかにも魔法のかかった道具をみせました。


「これはね、中にいれたものがつめたくなるコップよ。まいにちミルクをのむのにつかうのよ」


 たしかに、とてもべんりですが、これもえりかにはおどろくほどのものではありません。


「これはね、しいたものの温度がいつまでも変わらないなべしきでしょ……これはね……」


 そうまあゆがいいかけたとき、えりかがさえぎっていいました。


「わかったわ。でも、わたしがみたいのはそういうのじゃないの。きれいな洋服にいっしゅんできがえられたり、テーブルいっぱいにおかしを出したりはできないのかしら、魔法ってそういうものじゃないの?」


 そういわれて、まあゆはこまってしまいました。エプロンの端をぎゅっとにぎって、だまってしまいましたがエプロンをじっとみつめていると、何かをおもいだしました。


「そうだわ!」


「あるわよ、このエプロンをつけているとできるの」


 そういって、まあゆは何ものっていないまっ白いお皿を3まいテーブルにならべました。そして、お皿のふちを指で3回はじくと、お皿はまぶしく金色に光りだしました。お皿の上に光がもりつけられているようです。えりかが光にみとれているうちに、だんだん光は弱くなって、すうっと立ちのぼるようにきえてしまいました。そして、お皿の上にはいつのまにか食べ物があらわれて、きれいにもりつけられていました。


 まあゆが魔法で出したたべものは、どこにでもあるような食べ物です。三色の野菜……、グリーンピースとコーンとにんじんのバターソテーと、焼いたハムがふたきれでした。


「すごい、すごいわ。魔法ってなんてべんりなのかしら!」


 えりかは興奮のあまりさけびました。まあゆは、えりかがよろこんでくれたようすをみて、ほっとひといきつきました。


 それから、さえが少しおそくおきてきて、三人がそろったところで朝食になりました。ですが、さえはいつもよりもはっきりとわかるくらい、眉をしかめてふきげんにいいました。


「どうして『これ』があるのかしら?まあゆはねぼうなんかしていないっていうのに」


 さえがいっているのは、まあゆがえりかに魔法をみせるためにだした朝食のことです。さえは、眉間にしわをよせながら、三色の野菜のソテーをつついています。


「えりかちゃんに魔法をつかうところをみせてあげようとおもって出したの……」


 まあゆもこまった顔でこたえました。それをきいて、さえはふっとためいきをついてえりかにいいました。


「そう……、それならえりか、この魔法の朝食をたべてみなさいよ」


 えりかは、いわれなくてもそうするつもりだったので、いきおいよく食べはじめました。ですが、そのいきおいはあっというまになくなってしまいました。想像していたよりもすこしもおいしくないのです。


「これは『ねぼうしたばつ』といわれるくらいのものなのよ。魔法でらくをするのはいいことがないっていうしるしみたいなものでもあるわね」


 そう、さえがいうと、まあゆもそのとおりだというように、うなずいていました。えりかは気をとりなおして、まあゆが作ってくれたプレーンオムレツを食べました。こちらはふんわりとした焼きぐあいと、ほどよい塩かげんで、とてもおいしいとえりかはおもったのでした。



■7 魔法が使えない


 朝食がすむと、まあゆは食後に紅茶をして出してくれました。さえとまあゆは、いつもこうして朝食のあとでゆっくりとお茶をのんでいるのです。えりかも、さとうとミルクを入れてのんでいます。


 さとうは「ちょうど良い量にすくってくれるスプーン」で入れているので、あまくてまろやかな味わいになります。紅茶をのみながら、えりかはふとおもいついていいました。


「そうだわ、さえはどんな魔法がつかえるのかしら?」


 魔法といっても、いろいろな種類があります。「ちょうど良い量にすくってくれるスプーン」のように、道具に魔法がかかっていると、えりかのような人間でもつかえます。


 そうではなくて、まあゆが何もないお皿の上に朝食を出したような、一目でみて魔法だというようなものを、さえもつかえるのかとえりかはきいたのでした。


「わたしは何もできないわよ」


 さえは眉一つうごかさずに、あっさりといいました。すると、まあゆがあわててこういいました。


「さえはいるだけで良いのよ、えりかちゃん」


 さらに、まあゆはこうつづけました。


「魔女ってね、自分にふさわしい場所にすんで、その場所をまもるのがほんらいの仕事なの。それができていたら、何もしなくていいのよ。とくぎとして魔法がつかえるひともいるっていうだけなの」


「そうよ、私にはとくぎがないから、魔法はつかえないのよ……ごちそうさま」


 さえは、そうそっけなくいうと、すっと立ちあがって外へ出て行ってしまいました。えりかは、きっとさえが気にしていることをいってしまったのだとおもい、後悔しました。


 (どうして私って、人の気もちがわからないのかしら…どうしておもいついたことをよく考えないでいってしまうのかしら……)


 えりかがおちこんでいると、まあゆがおかわりのお茶をいれてくれました。お茶は、さっきとは香りがちがいます。


「はちみつ入りのカモミールのミルクティーよ、えりかちゃん。とってもおちつくからのんでみて」


 まあゆにすすめられて、えりかはひとくち、ふたくちと、カモミールのミルクティーを飲んでみました。えりかは、おむごとに気もちがふんわりして、おだやかな気もちになってゆきます。はちみつとミルクのあまい香りは、カモミールによくあいます。


「えりかちゃん、わたしたちってほら、ふたごでしょ。魔女ってね、本当はふたごで生まれるといいことがないの。おかあさんから受け継ぐ魔力が半分ずつになって、どっちもたいした魔女になれないからって言われているの」


 まあゆは、つづけて言いました。


「でもね、わたしはさえがいつもいっしょにいるからがんばれるの。ひとりでできないことがあっても、ふたりならできるもの。だからわたし、ふたごで生まれて良かったっておもってるのよ」


 まあゆの言葉は、えりかをすなおな気もちにさせてくれます。今なら、えりかもすなおな言葉がいえそうです。まあゆのいれてくれた『はちみつ入りのカモミールのミルクティー』は魔法がかかっているみたいに、飲めば飲むほどえりかはやさしいすなおな気もちになれたのです。


「さえもわたしもね、風の魔女なの。風をうまくあつかえることさえできたら、本当はいろいろな魔法なんかつかえなくたって、ちゃんと魔女としてみとめられるんだけど、まだぜんぜんつかえないの。でも、さえがちょうしのいいときは、西からちょっと気もちの良い風がふくのよ」


 そう言って、まあゆはダイニングの窓をあけました。今は風はどこからもふいてはいません。


「さえってなまえはね、『西の風』という意味があるの。それで、わたしのまあゆってなまえはね、『東よりの風』という意味があるのよ」


「魔女ってね、名前に関係ある力がつくっていわれているのよ。だからわたしたちは風にちなんだ名前なの」


 まあゆがそういうと、まどのカーテンがほんの少しだけゆれました。風がダイニングに入りこんで、えりかのほおをそっとなでました。


「わたし、さえとちゃんとあやまりたいわ。でも……私、どうしたらいいのかわからなくて……」


 こんなふうに、自分の弱いところをだれかに話すなんて、いままでのえりかにはないことでした。とまどうようすのえりかをみて、まあゆはにっこりとわらいかけました。


「えりかちゃんがおもっていることをそのままいえばいいんじゃないかな。わたしと話しているようにすればいいんだから」


 その言葉に、えりかは自分の気もちに気づいてしまいました。えりかは、さえのことをわかってあげたいという気もちがなかったことに気がついたのです。まだどこかに、自分はなにもわるくないのに……、という気もちがのこっているのです。


 あやまりたいとおもっているのに、自分から会いに行くのはいやだなんて、さえのことを考えるより、やっぱり自分のことを考えているからなんだと、えりかは反省しました。


 自分はわるくないなんておもいこんでいると、きっとさえに気もちは届かないでしょう。


 えりかは、きのう駅のホームにおきわすれてしまったかばんを、さえがちゃんとここまではこんできてくれたこと、わがままなことををいって出ていったのに、まあゆは夕食を用意してまっていてくれたことを、もういちどおもいかえしてみたのです。


 どちらも相手のことを理解してあげたいという気もちがないとできないことです。えりかは、いま自分がなにをやるべきなのかはっきりわかりました。


「まあゆ、ありがとう。わたし、さえにちゃんとあやまってくるわ」


 えりかはそういうといすから立ちあがって、ドアをあけて外へとびだしていきました。


 えりかは駅へむかって坂をはしりました。駅舎が見えると、ベンチの上にさえがすわっているのがわかりました。さえは手をにぎりしめてうつむいていました。さえは魔法がひとつも使えないことをとても気にしていたのです。


「なによ」


 さえはえりかに気づくと、そっけなくいいました。さえはツンとしていますが、みじめな気もちをせいいっぱいかくそうとしているように、えりかにはみえました。


 えりかは、そんなさえをみていると、自分たちはけっこうにているのだとおもいました。えりかは、何かいおうと口をひらきましたが、それよりも先にさえがいいました。


「本当のことだからべつにいいわよ。わたしは魔女だけど、まあゆとはちがって魔法はなにもつかえないのよ」


 そして、さえはすこしいじわるそうにわらうと、こういいました。


「なぐさめてくれなくたっていいわよ。だって、あなたのほうが、わたしよりもダメそうなんだもの」


 それをきいて、えりかはさすがにムッとしましたが、気もちをしずめて、おこらずにこういったのです。


「本当のことだからべつにいいけど、私、あなたじゃなくて、えりかよ」


 さえはおどろいて、えりかの顔をみました。いまの言葉は、ふたりがいちばんさいしょに出会ったときに、さえがえりかにいった言葉です。そのことをさえも思い出しました。


「ええ、そうね。えりか」


 そのときでした。ふわりと風がふきました。そよそよとしてあたたかく、なんともここちの良い風です。えりかは、風のふいてくる方角をたしかめてみました。風は、太陽の反対がわからふいているのがわかりました。いまはまだ朝なので、つまり西のほうからふいているということです。です。えりかは、まあゆのいったことを思い出すと、うれしくなっていいました。


「ねえさえ、とっても気もちのいい風ね、そう思わない?」


「そうね、そう思うわ」


 さえは、いつものようにツンとすましてこたえましたが、ほほがすこしあかくなっています。


「きょうは、わたしもさえ仕事を手伝うわよ」


 えりかは自分でも気がつかないうちに、にっこりと笑顔で話をしていました。


「そうね、きょうはわたしもえりかに手伝ってもらいたい気分だわ」


 さえはそういうと、ベンチから立ちあがりました。さえのまっすぐでうつくしいかみが風にゆれても、えりかはもう自分のくせのあるかみとくらべたりはしませんでした。


■8 魔女鉄道


 その日のえりかは、さえとまあゆの仕事をおしえてもらいながら手伝いました。ふたごの仕事は魔法をいっさいつかわない、だれにでもできるようなものでした。そして三人は、午後のお茶の時間を前に仕事をぜんぶおえたのでした。


 さえとまあゆ、そしてえりかの三人は、お茶をのみながらきょうのできごとを思い出しておしゃべりをしていました。


「さえとまあゆは食事もお茶の時間もふたりなのかしら?」


「ええ、そうよ」


 えりかの質問に、さらりとさえがこたえました。まるで、えりかがききたいことをわかっていて言わないそぶりです。えりかはたまらず質問しました。


「きょうは莉花はいつもいっしょにいないの?どこかへでかけているの?ねえ、莉花ってけっこうすごい魔女なんじゃないの?」


 さえは目をほそめて、かたほうの眉をすこしだけあげて、持っていたお茶のカップをテーブルにおいていいました。


「莉花、莉花って、わたしたちの師匠なのよ」


「へえ、そうなんだ。じゃあなんてよんでいるのかしら?」


「わたしたちは、莉花先生ってよんでいるのよ、えりかちゃん」


 まあゆは、おかわりのお茶をもってキッチンからもどってきました。えりかは、魔女のことについてききたいことがたくさんありましたが、それよりも先にさえが質問しました。


「そんな話はいいから、えりかの話をきかせてよ。人間の世界の話よ」


 えりかが魔法について興味があるのとおなじように、さえもまあゆもえりかのすんでいる世界に興味があるのです。


「そうね、わたしもえりかちゃんの話がききたい。えりかちゃん、人間の世界にも魔法の道具とおなじものがあるっていってたの、もっとききたいな」


 えりかは、ふたごの魔女たちの質問にあって、ぎゃくにあれこれきかれる立場になってしまいました。えりかは、魔女の道具とおなじようなはたらきをするものは、人間の世界では電気の力でやってくれることを話しました。


 えりかは、朝にまあゆがみせてくれた泡立て器のことを話しました。人間の世界では魔法がなくても電気の力で魔法とおなじようにべんりに生活できるのです。


 ほかにも、えりかは自動車や鉄道のこともはなしました。自動車は、魔女の世界にはないのりもので、さえとまあゆにはほうきよりもふべんに感じて興味がなさそうでしたが、鉄道のことについてはとてもねっしんにききました。鉄道は、人間の世界も魔女の世界もほとんどおなじということに、気がつきました。


「鉄道はわたしたち魔女の世界とそんなにかわらないのね」


 ふんと鼻をならしながら、さえがいいました。


「だからわたし、魔女の世界へまぎれこんじゃったのかしら?」


「まぎれこんだなんて、とんでもないことだわ!魔女鉄道は切符の行き先にしかおきゃくをはこばないようになっているのよ。それに、切符がないと列車はきたりはしないのよ!」


 さえは、目をみひらいておおきな声をあげました。ですがさえのいうとおりだと、えりかのもっていた切符は『ふたごの魔女の駅』へ行く切符だったことになります。


「じゃあわたしは、どうしてここへきたのかしら?」


 えりかはふしぎに思いました。さえもまあゆも、それについてはわかりませんでした。


「それよりも、気をつけてちょうだいね」


 さえはお茶のカップをテーブルにおいて、あらためてせすじをのばしていいました。


「いいこと、『魔女の鉄道』にはときどきかってにやってくる列車があるわ。でも切符がないのにのったりしてはぜったいにダメよ」


 そういわれてえりかはきかずにはいられませんでした。


「じゃあ、切符をもたないでのったらどうなるの?」


 えりかは、さえのいい方があまりにも迫力があったので、まあゆにきいてみました。


「くわしいことはわからないの。切符をもたないで列車にのった人の話をきいたことがないから…」


 まあゆのいうことに、さえもおおきくうなずいています。さえも切符をもたないで列車にのるとどうなるかはしらないみたいでした。ただ、切符をもたないでのってはいけないといしか教えられていないのです。


「そうよ、わからないの。でも、きいたところによると、一生列車からおりられずに、ずっとのりつづけているらしいわね……」


 さえがそういうと、まあゆもふるえながらうなずいていいました。


「どこかしらないところへつれていかれる……、というふうにきいたことがあるわ……」


「しらないところへつれていかれて、どうするの?」


 えりかもこわくなってききました。さえはいつもとかわらないようすですましていいました。


「しらないわ。だって、用事もなく切符をもたないで列車にのることなんてしないもの。だからいいことえりか、ぜったいに切符をもたずに列車にのってはダメなんだからね」


 話すことにむちゅうになっていた三人のカップのお茶は、もうすっかりひえきってしまっていました。



■9 その夜に


 その夜、えりかはいつもより早くねむりました。朝早くからおきて、体をうごかしたり、あたらしいものをみたりしていたので、夕食がすんだあとすぐにねむくなってしまいました。えりかは自分の寝室に入ると、きれいにかたづけられて、そうじのゆきとどいたきもちのよい部屋も、せいけつなベッドのねごこちのよさも確認することなく、あっというまにねむってしまったのです。


 あんまり早くねたものですから、えりかは夜中に目がさめてしまいました。正確には、風の音で目がさめたのです。風はまるで、えりかを呼んでいるかのように、まどをバンバンとたたいています。えりかは、外のようすをみようとまどをあけました。


 風はつよくふいていました。まるで笛をふくように、ヒューヒューとなっていました。その音は駅のほうからきこえていました。


 えりかはその音が気になって、そっと部屋をぬけだして外へ出ました。えりかが外へ出てみると、駅へとつづく道にはちいさなあかりがずっと点々とつづいているのがみえます。えりかがあかりにそってあるきはじめると、それをせかすようにまた風がひときわ大きくヒューとなりました。


「まるでだれかがよんでいるみたいだわ」


 えりかは、あかりにそって駅へと歩いて行きました。


 風はさえがよぶ『西の風』でも、まあゆのよぶ『東よりの風』でもなく、ちがう方角からふいていたのです。ですが、えりかにはわかるはずもありませんでした。


 駅がみえると、えりかは何かの気配に気がつきました。何かが駅にいると思ったのです。おそるおそるホームに入ると、そこには長く客車をつらねた列車がとまっていました。ホームにおさまりきらずに、ずっとむこうにまではみ出しているようです。客車はどれもまっくろで、先頭にはこれもまたまっくろな機関車がついていました。


 えりかは、すぐにホームに人かげがあるのをみつけました。ベンチにだれかがこしかけています。人かげは、えりかに気がつくと立ちあがって、こちらをむきました。人かげは、きっちりとしたぼうしをかぶっていて、ネクタイをしめています。そのすがたをみて、えりかはこの人は列車の車掌だとわかりました。


「まにあいましたね」


 車掌がそういいました。えりかは、何にたいしてまにあったのかわかりませんでしたが、車掌はかまわずいいました。


「切符をはいけん……」


 車掌がそういうとえりかは首をよこにふっていいました。


「わたし、切符をもっていないからのれないわ」


 すると車掌が、えりかの服のポケットをゆびさします。えりかが、ポケットをさぐると、一枚の切符が出てきました。えりかはおどろきました。


「いったい、いつのまにポケットに入っていたのかしら……」


 車掌は手をさし出していいました。


「さあ、のりかえの列車のじかんですよ。あなたは、目的があってきたのでしょう?」


 車掌が列車のドアのほうに顔をむけます。そういえば、えりかはどうしてこの駅にきたのかを、いままでわすれていました。そうです、そういえば……


「あなたは、亡くなってしまったおばあさんに会いたくて列車にのったのでしょう。ええ、あえますとも。この列車はどんなところへも行けますからね。汽笛が三回なったら、この特別夜行列車はしゅっぱつしますよ。さあ、はやくおのりください」


 えりかは、はっとして目的をおもいだしました。車掌はえりかの前のドアをあけました。車内はうすぐらく、ゆらゆらとよわいオレンジ色の光にてらされていました。


 死んでしまったおばあちゃんにもういちど会いたい……、えりかはたしかにそう思っていました。おばあちゃんはいつもえりかにやさしくしてくれていました。いつだって、えりかのいちばんの味方は、やさしいおばあちゃんだったのです。おばあちゃんに会えるのなら……、そう思うともう何もかんがえられずに、えりかは列車にむかってふらふらとあるきだしました。


 えりかが、列車のドアのてすりに手をかけたときでした。とつぜん、いままでとはちがう方向からつよい風がふきこんで、えりかは足をすべらせてホームにぺたんところんでしまいました。


「だいじょうぶですか……、さあはやく」


 車掌がえりかに手をさしのべました。つよい風は列車をおしとどめるように、正面からつよくふいています。えりかはなんとなくその風に気をとられながらも、車掌に手をひかれながら列車にのりこもうとしたのです。


「えりかちゃんまってーーーー!」


 どこからか聞きおぼえのある声にえりかは気がつきました。風のふく方向から、何かがすごいスピードでせまってきます。


「えりかちゃんまって!」


 その声は、まあゆでした。月があっというまに雲にかくれるようなつよい風がふく中、まあゆがほうきでとんできたのです。まあゆはころがりこむように着地すると、ほうきをなげとばしてえりかのもとへはしってきました。そして、えりかのそばによりそうと、だまって車掌をみあげました。


「おや、どうかしましたか?列車はもうとっくにしゅっぱつの時間になっているのですがね。それともあなたもおのりになるのですか?」


 車掌はそういって、うでどけいをちらりとみてから、信号をみておどろきました。信号は青色ではなく、赤色をしていたのです。


「おかしい!もうとっくに出発の時間なのに!」


 車掌がおどろきの声をあげたとき、ホームのはんたいがわから、もう一人の声がしました。落ちついて、たんたんとした話し方をするさえの声です。


「えりか、その切符にかいてある行き先、よめるかしら?」


 さえは、ホームの一番はしにある信号室からでてきました。列車がえりかをのせて行ってしまうのをとめるために、信号を赤にかえていたのです。さえは、ゆっくりとあるいてえりかたちのところまでくると、もういちどいいました。


「切符の行き先がよめて?」


 えりかは、もういちどポケットから切符をとりだして、行き先を確認しましたが、そこにはなんとかいてあるのか、えりかにはよめませんでした。


「よめないわ……」


 えりかは、まあゆのかおをみてみましたが、まあゆも首をよこにふっていました。


「それなら一体どこへいくつもりだったのかしら?……いったはずよ、用事がないのに列車にのると一生おりられないって」


 さえのことばに、えりかははっとしました。まあゆはおそろしさのあまり、ふるえています。


 風はいつのまにかこんどは、『西の風』に変わっています。そして風がいっそうつよくふく中、さえははっきりとした声でいいました。


「自分がどこへ行きたいのかは、だれかにきめてもらうものじゃないわ。自分できめることよ」


「えりかは、どうしたいのかしら」


 えりかは、ようやくわかりました。えりかは、行きたいところさがしていたのではなかったのです。えりかは自分のことが理解してもらえない毎日がいやになっていたのでした。それで、いつでもえりかにやさしくしてくれていたおばあちゃんに会いたくなって、なにもかもを投げすててにげ出してしまったのです。


 でも今は、自分のことを理解してもらえなかったのは、わがままや自分勝手なことばかりをしていたからだとえりかは気づいています。だれにもわるいことはしていなくても、だれにも思いやりをもっていなかったことをはずかしいことだと感じています。


 自分のことしか考えていなかった過去をかえりみました。そうです、えりかが今行かなくてはいけない所は、自分の家です。かよっている学校です。もどって、そこでもういちどやりなおすことです。


「えりかはどうしたいのよ!」


 さえがもういちどおおきな声でえりかに問いかけました。


「わたしは…そうだわ!わたしは帰るわ!自分の家に、学校へかえるわ!」


 えりかがそうさけんだそのしゅんかん、『東よりの風』がふきだして、えりかのいるところで『西の風』とぶつかりあいました。


「あっ……!」


 ふたつのつよい風は、えりかがもっていた切符を空たかくへふきとばしました。まっくらな夜空に切符はいっしゅんできえさり、みえなくなってしまいました。それをみていた車掌は、ひとり列車にのりこみました。


「切符がないかたを乗せるわけにはまいりません。……では、しゅっぱつします」


 信号はいつのまにか、青にかわっています。車掌は、列車のまどから顔をだして、ぼうしのつば先をゆびでつまみ上げて、えりかたちに会釈をしました。


「よい友だちをおもちでうらやましいですね」


 車掌はそういってまどをしめると、列車は三回目の汽笛をならして、くらい夜のなかにきえていきました。


 いちばんうしろの客車の赤いテールライトがみえなくなると、えりかはつかれはてて、ホームの上にたおれこむようにしてねむってしまいました。さえがそれをみたとき、まあゆもあんしんしたのか、同じようにえりかのとなりでねむりはじめていました。


「……朝になったらおきるからいいわよね」


 さえはベンチにすわってえりかたちをみていましたが、すぐに目をとじてすうすうと寝息をたてはじめました。


 あれほどつよかった風は、いつのまにかぱったりとやんで、どこからかふいてくるあたたかいかすかな風が、えりかたちのかみをしずかになでていました。そして、あたりがすっかりいつものしずけさをとりもどしたころ、音も風もたてずに莉花が空からおりてきました。ほうきを何本もつらねています。


「こんなところでねてしまって……、しょうがないわね」


 莉花はそういうと、えりかたちをおこさないようにそっとほうきにのせて、まるでたんぽぽの綿毛が舞うように、そっと駅から飛び立ったのでした。



■10 えりか帰る


 えりかが目をさますとベッドの上にいました。えりかはこの夜中におこったことをしっかりとおぼえています。もうすこしで行き先のわからない列車にのってしまうところでした。そんなところをさえと、まあゆがたすけてくれたのです。もしのっていたらどうなっていたのか、えりかには想像もつきません。


 えりかがベッドから出て、服をきがえようとたたんだ服に手をのばしたとき、服の上にいちまいのふうとうがおいてあるのに気づきました。えりかがふうとうとあけてみると、中の便せんにはていねいな字でこうかいてありました。


『この旅でほんとうに行きたいところは、もうわかりましたね。切符の発券用紙に行きたいところをかいて、駅長にわたしなさい 莉花』


 ふうとうの中をさぐってみると、もういちまい紙がはいっていました。そこには印刷されたもじで、『魔女鉄道旅客切符発券用紙』とかかれていました。この用紙に行きたいところをかいて、魔女鉄道の駅長にわたすと切符を発行してもらえるのです。


 えりかは服をきがえると、『魔女鉄道旅客切符発券用紙』にかくべきことをかいて、ポケットにしまいました。


 えりかが部屋から出ると、ドアの前にはさえとまあゆがいました。心配してようすをみにきてくれたようです。三人は、顔を見あわせるとおおきな声でわらいました。


 えりかは、気がすむまでわらうとなにもかもがほんとうにすっきりする気もちになれました。


「これって、さえにわたしたらいいのかな?」


 えりかはついさっきかいたばかりの『魔女鉄道旅客切符発券用紙』をさえにみせました。さしだされた紙をみて、さえもまあゆもいっしゅん何かわかりませんでしたが、すぐにその紙が何なのか気づいておどろきました。


「まあ!なんてことかしら!わたし、切符を発券するのはじめてだわ!」


 さえはいそいでかいだんをおりると、リビングのかべに作りつけてあるりっぱな切符棚からいちばんきれいで、角がしっかりした切符をとり出して、必要事項をかきだしました。かきこむ専用のペンもまあたらしく、ペン先は金色にかがやいています。


 さえはまず、出発する駅名をかきこみました。そして利用するお客の名前をかきこみ、さいごに行き先をかきこみおえると、さえは満足そうににっこりとわらいました。


 えりかは、さえがはじめて切符をつくることができてよろこんでいるのはわかるのですが、すこしふくざつな気もちでした。


(まるでわたしがかえるのがうれしいみたい……)


 そんなえりかのさみしげな顔をみて、まあゆがいいました。


「えりかちゃん、せっかく仲よくなれたのに、もうおわかれなんてさみしいな……」


「そうだね……」


 えりかもせっかくともだちができたのです。これでおわかれだとおもうと、さっきまでの気もちはきえさって、胸がはりさけそうです。


「そんなことないわよ」


 作りおえた切符をひらひらとふって、さえがいいました。


「この切符は『往復切符』よ。この用紙にそうかいてあるじゃない」


 えりかが、『魔女鉄道旅客切符発券用紙』をみてみると、たしかにすみっこに小さく「この用紙は往復切符を発券します」とかかれていました。そして、切符のうらには、こう注意がきが印刷されていました。


『この切符を使用のさいは、かならずこの切符でかえってくること』『有効期限――いつまでも』


「ええーー!!」


 えりかはおどろきのあまりさけびました。となりでまあゆもうれしそうにおどろいています。さえはにっこりわらいながら、切符の空欄をゆびさしていいました。


「いいこと、ここにもどってきたい日付をかけばいつでもまた来られるわよ」


切符には、行くとき用と、もどってくるとき用の日付の記入欄がありましたが、もどってくるとき用のところにはなにもかかれていませんでした。行くとき用のところには今日の日付がかきこまれていました。


「さあ、改札をするわよ」


 さえは、ポケットからきらきらとまぶしく光る真鍮の改札用のはさみをとりだしました。そして、えりかがさし出した切符にはさみをいれると、パチンとかわいた音がして、いっしゅん切符がひかったのです。


「えりか、にもつの用意はいいかしら。すぐに列車がくるわよ!」


 えりかたちが家を出てホームにつくころ、とおくから列車の警笛がきこえました。そして、レールづたいにきこえてくるジョイント音がどんどんおおきくなって、それがはっきりときこえるようになったとき、列車がトンネルを抜けてすがたをあらわしました。えりかがのってきたときとおなじ色とかたちをした小さな列車です。


 列車は、えりかがやってきたときとは反対のほうからホームへ入って、えりかたちが立っている真横でとまりました。えりかは、車掌に切符をみせると、列車にのりこみました。そして、座席につくとまどをあけてさえとまあゆのほうをみました。


「いつでもきてね、えりかちゃん。またいっしょにお茶をのもうね」


 まあゆはなごりおしそうですが、えがおでえりかに声をかけます。


「えりか、またいつでもいらっしゃい」


 さえも、にっこりわらって手をふります。


 すぐにしゅっぱつのチャイムがなると、列車はゆっくりとうごきだしました。


「またくるわ!」


 そういって、えりかはおおきく手をふりました。ホームの上から手をふっているさえとまあゆのすがたはどんどんちいさくなってゆきます。えりかはしばらくまどをあけたままにしておきました。あたたかな風がふきこんでくると、さえとまあゆがすぐそばにいる気もちになれたからです。えりかはあたたかい風がふくとき、きっとさえとまあゆのことをいつでも思い出すことができると思いました。


 みずうみの上を走る列車は、すぐにまっくらなトンネルに入りました。まっくらで長いトンネルの中にいると、えりかはまるでねむっているみたいに感じました。トンネルに入っているとき、えりかは時間の感覚がよくわからなくなりました。一分といえばそうかもしれませんし、一時間といわれればそうおもったかもしれません。そして、ここがどこなのか、自分すらもだれなのかわからなくなるようなぼんやりとした感覚がえりかをつつんでいました。


 ふと、通路の反対側の座席をみると、おおきなほうきをもった女性がすわっています。その視線に気づいた女性は、えりかをみていいました。


「こんにちは。どこかおでかけかしら?」


「はい、わたし今から家にかえるの」


 なにもかもがぼんやりする中で、えりかは手にあった切符をみていいました。


「そう、それはいいわね」


 女性がそういうと、列車は長いトンネルをぬけたのです。そして、ゆっくりとスピードをおとしていって、ちいさな駅にとまりました。そして、列車のドアがひらくと女性は席を立ちました。


「気をつけておかえりなさいね」


 そういうと、女性は列車からおりてゆきました。えりかが女性の姿をもういちどみようとふりかえると、すがたはもうみえませんでした。かわりに、駅のベンチにひとりのおばあさんがすわっているのがみえました。


 みじかい停車時間のあと、列車はドアをしめて、ふたたびはしりはじめました。車窓はだんだんにぎやかになってゆきます。そしていつのまにか、えりかのよく知っている風景の中をはしっています。まどの外にはえりかのかよう学校も、よくあそびにいく公園もみえました。列車がスピードをおとすと、次の駅が自分の降りる駅だとわかったのでした。



おわり

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えりかとふたごの魔女の駅 かすがせい @kasugasei

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