少女のショウタイ
香坂 壱霧
────────
──カラン、コロン、カラン、コロン……。
真冬の静かな夜の町に、下駄の音が響いている。それは、私の歩く速度にあわせているように感じた。
次第にその音は、私の足音のリズムとずれ始め小刻みに早くなってきている。
──音が、近付いてきてる?
気のせいだと信じながら、私は小走りで角を左に曲がった。私が曲がったと同時に、音は途切れる。
──なんだ、何もないじゃない。
そう思いながら、来た道を戻ろうとした瞬間、私は息をのむ。
あの音を響かせていただろう
そこに居るのは、おかっぱ頭の少女だった。肩にかからないくらいでまっすぐ揃えられた後ろ髪、前髪は鼻の頭くらいまでの長さで、乱雑にのばしているからか、顔のパーツがよく見えない。白い生地に何かの花の模様の薄手の浴衣を着て、裸足に下駄という季節感のなさは、違和感しかない。浴衣のすそからみえる足は、ありえないくらい細い。
そこに居たのが少女だという安心感と見た目の違和感で、妙に冷静に少女を観察している私は、育児放棄という言葉がよぎって、どんな言葉をかけようかと考える。
さっきまでの、異様な恐怖心は薄らいでいた。
「一人で居るのが怖いからついてきてたのかな?」
私の質問に少女は答えない。
「おうちはどこ? 近くまで送ってあげるよ」
別の質問を投げかけてみると、
「だいじょうぶ。一人で帰れるの」
と、か細い声だけど、静かな夜だからか聞き取りやすい。
「でも、こんな時間だし」
私は腕時計の時間を気にする。
十時……。こんな時間まで、小さな子供をほったからしている親がいるなんて、ひどいと思った。
「だいじょうぶなの」と呟く少女の声は、かろうじて聞き取れるものだった。
「一緒に……」
一緒に行こうと手を差し出し、声をかけようとしたその時、少女は私の腕をはらう。そして腕をはらうだけでなく、私の腕に噛みついた。
「いたいっ」
その瞬間、少女の前髪の隙間から、瞳が見えた。髪の毛の隙間から、私を睨んでいるようにみえる。
少女は、私の腕を噛むのをやめたあと、私に何か言っているのだけど、聞き取れない。こどもの発する声じゃない、地を這うような低い声。噛まれた腕の痛みと、こみあげてくる恐怖心が、私をおそう。
──逃げなきゃ!
私は少女を突き飛ばして、家へ向かって走った。
途中でどこを走っているのかわからなくなり、背後を気にしながら辺りを見回す。見知った建物はみつからない。住宅街は、どこを見ても同じ景色にしかみえないものだ。
この先を進んで行き止まりだったら追いつかれちゃう。
来た道を戻ったらあの少女に鉢合わせる。
どちらも同じようなものだと、覚悟を決めて、来た道を戻ることにした。
再び、下駄の音が夜道に響き始める。
──カランコロン……。
足が動かなくなる。金縛りにあったように、足の裏がアスファルトからはなれない。
──カランコロン、カランコロン……。
少女ごときにこんなに怯えるのはどうしてなのか、解らない。
「みぃつけた……」
足音が聞こえなくなったそのとき、少女の低い声が路地裏に響いた。
はっきりと聞き取れた少女の声。
少女とは思えないくらいの、低い声。
この少女は、人間ではないような気がした。だから、やっぱり、逃げなくちゃいけないんだ。
それなのに、やはり足は動かない。私は、その場に座り込む。寒さのせいじゃなく、恐怖で震えた。
「あたしが怖いの?」
目の前にいる少女の瞳には、私がうつるはずなのに、そこには何もない。
「あたしを消そうなんて無理だからね。だって」
そこで少女は、ふふっと笑う。
「だって、あたしはあんたの中にいるのよ。ずっとずっと昔から」
少女の瞳に私がうつらない理由。それは私の中にいるから……?
どういうことなんだろう。
「ずっと昔、あたしはあんただった。あんたは、あるときあたしを捨てた。記憶から消して、いないことにした。あたしは、あんたの中にあった誰かを憎んでうまれた、殺意。覚えはあるはずだよ。思い出せ。思いださせてやる」
再び、私は震えながら、顔を覆う。
私の過去のドコカにあった、ソレの存在に気づき、忘れていた自分の中の“それ”に、震えた。
顔をあげたとき、そこは住宅街ではなく、見覚えのある公園の砂場だった。
砂場に、両手両足を拘束されて横たわる✗✗✗が、私を怯えた表情でみていた──。
〈了〉
少女のショウタイ 香坂 壱霧 @kohsaka_ichimu
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