第12話 ルシアーノ攻略戦 Part.2

─── ザボッド帝国南部ルシアーノ統合司令本部 2026/7/21 11時29分(UTC準拠)


ルシアーノ攻略戦開始より一日と数時間後。絶え間なく続く砲撃によりルシアーノでは多くの黒煙が登っていた。多くは郊外からの誘導砲弾による軍事目標への攻撃がほとんどである。LRMP、アメリカの企業であるゼネラル・アトミックスが開発した誘導砲弾、その汎用性や精度を買われて今となっては西側諸国で多くの国が採用している。ミサイルより安価で製造できるため、このような民間人が未だ存在していると思われる戦場では軍事目標に対して無誘導砲弾ではなく被害を出さないようにLRMPが全面的に使用されているのだ。そしてそんなものがポンポン飛んでくるのを帝国軍が許すはずもなく、物理的攻撃を防ぐシールド魔法などを駆使しているものの、弓矢などとは違い、炸薬満載の榴弾による攻撃は一般魔導士には到底防げる物ではなかった。


「戦局は刻一刻と悪化しています」


未だ大きな穴が空いた執務室は直されていないが、レオーネ司令は少し焦げた机でただペンを回している、ここ最近癖になったのかは知らない。


「敵は側面にも回ってきています、ここまで耐えたのも奇跡ですよ」


レオーネ司令は未だ黒煙の昇るルシアーノ市街地を見ている、数日前までは我々の兵士たちで溢れていた道も、今となっては瓦礫と敵しかいない。城壁の外からは敵の攻撃が正確に我々の防衛地点などを破壊していく、さまざまな対抗策を打ち出したものの有効な成果は挙げられていない。


「今夜、撤収の用意を」

「撤収ですか?」

「我々は十分耐えた、これ以上ここに留まるのは無理だ、すぐに包囲される」


戦場で撤収は考えなければならないことの一つだ。包囲されるということは四方八方から攻撃される事を意味し、兵站も届かず、包囲しているだけでも敵にダメージを与えられる。敵軍の侵攻スピードは異常なほどに速く、近いうちに包囲されるのは目に見えている。


「了解しました、最終防衛ラインを除く全戦線に退避勧告と離脱用意の命令を出してきます。」

「頼んだ、ああそれと」

「なんでしょう」

「紅茶を一杯」




─── イギリス フェアフォード空軍基地 2026/7/21 10時10分(UTC準拠)


格納庫には60個ほどのパイプ椅子とホワイトボードが置いてあり、同じ数ぐらいの兵士たちが待機している。兵士たちのワッペンにはイギリス陸軍特殊空挺部隊SASの紋章が描かれている、制服を着たリーダーが入って来て 総員起立という掛け声とともに全員がしっかりと立つ姿はエリートであると誰が見てもわかるような立ち姿であった。


「座ってくれ……皆知っているだろうが、我がイングランドは現在戦争状態に突入し、敵勢力の武装解除に勤しんでいる。だがだ、相手も馬鹿じゃない、敵は市内に四つの防衛ラインを築き、我々の進軍を止めてきた、それを我々は突破してきたわけだが、四つ目、Deltaと呼称するラインの突破作戦開始とともに偵察ドローンから敵が撤退しようとしている情報を得た、そこで我々の出番だ。」


ホワイトボードにはルシアーノとその周辺の衛星写真が貼ってある。


「作戦目標は敵司令官の確保、交戦規定はフリー、抵抗するものは殺せ。A中隊はA400に乗り込み空挺降下を行う、敵司令部の0.6マイル約1000m、ここだ 降下後は速やかに側面まで移動し、ラペリングで城壁を制圧する、B中隊は第20機甲旅団戦闘チームの装甲連隊QRHと共に正面からカチコミに行け、ブラックナイトも来るぞ。D中隊は予備部隊として前線基地で待機、A、Bからの支援要請があり次第出撃する、ランディングゾーンヘリコプター着陸帯は敵司令部の東0.3マイルに設定される。空域は航空優勢が取れているものの対空攻撃が必ずしもないとは言い切れない、用心してくれ、全員生きて戻ってくるんだ、いいな!」

「「「「「「「了解!」」」」」」」

「声が小さい!」

「「「「「「「了解!!!」」」」」」」

「よし解散!」



─── ザボッド帝国南部ルシアーノ港上空 2026/7/21 20時12分(UTC準拠)


エアバスA400Mの機内には20名ほどの特殊空挺部隊SAS第22SAS連隊A中隊メンバーが降下を待つ。


「グリーンライト!降下用意!フックアップ!フックアップ!」


ジャンプマスターの掛け声と共に全隊員が天井のアンカーケーブルにリップコード開き綱のフックをかけて待機する。


「スタンバイ!……ゴー!…ゴー!…ゴー!」


ジャンプマスターのゴーサインと共に隊員たちがエアバスA400Mの両サイドドアより降下していく。


アンカーケーブルの繋がれたリップコード開き綱は飛び降りた瞬間からパラシュートを展開させて行き、隊員らは月明かりに照らされながら降着地帯へパラシュート降下する。



─── ザボッド帝国南部ルシアーノ港 連合軍前線基地 2026/7/21 20時35分(UTC準拠)


すらっとしたフォルムに都市用デジタル迷彩をつけ、ゴテゴテとついたレーダーやアクティブ防護システムのついた戦車が数両止まっている。


Challenger2 Black Night、2018年に第3世代主力戦車であるChallenger2を第4世代主力戦車へ引き上げるべく近代化改修プログラムを受けた本車はChallenger2の熱線映像装置IRの解像度を引き上げ、歩兵用対戦車火器の弾頭や戦車の砲弾を防ぐアクティブ防護システム、レーザーを照射された際に警告を発するレーザーワーニングシステムLWSなど、名前に「暗い夜」とつくように夜戦性能を引き上げられている。


「来たか」

「今日はよろしく」

「ああ、ちゃんと送り届けてやるぜ、任せとけ」

「頼んだぞ」


第20機甲旅団戦闘チームとSAS 第22SAS連隊B中隊が戦車と共に陣地を出て敵指令部へ向かう。



─── ザボッド帝国南部ルシアーノ統合司令本部 2026/7/21 20時45分(UTC準拠)



指令本部外壁、20名の隊員が外壁に張り付くように待機している。


「グループAから指令部、準備完了。交戦規定の最終確認」

『指令部からグループA、交戦規定Alpha、自由交戦を許可する、作戦開始』

「作戦開始、フックを」


バシュッという音と共に外壁へグラップリングフックがかかり、ロープが垂れ下がる、そこに小型昇降機をつけて隊員たちが壁の上へ登っていく。


「正面に一人」


サイレンサーの乾いた音と共に監視していた敵兵が倒れる。


「クリア」


「んあ?」

「どうした?」

「なんか音しなかったか?」

「どんな?」

「こうパンパン!みたいな音」

「そうか?」


正面に敵兵が展開しており、一人はサイレンサーの音に気づいているようだ。現実のサイレンサーは映画やゲームほど消音性能はない、確かに小さくはなるものの近中距離ではあまり効果は実感できないのだ。


バシュッ!バシュッ!サイレンサーの音と共に手際よく外壁上にいる敵兵を掃除していくA中隊はすんなりと外壁を制圧した。




ディーゼルエンジンの音が指令部へと続く市内に響き渡る。この周辺は先の戦闘で連合軍が完全に制圧している地区であり、とても安全に前進できていた。検問所を通り、交戦地帯に入る。着々と前進していた頃、


熱源映像装置IRに反応、正面の建物」

「味方じゃないな」

「各員砲撃音に備えろ、榴弾HEをぶち込んでやれ」

「了解、Fire!」


Black Nightの120mmライフル砲から放たれる粘着榴弾HESHは少々山なりの弾道を描いて約200m先の家屋の壁に命中する。家屋は崩壊しないものの予想される効果では敵兵は無事では済まないだろう。


連合軍戦車部隊は敵指令部に向けて進んでいく。



着々と撤退準備が行われる指令部内に連絡係が焦った様子で飛び込んでくる。


「前線から報告!敵が防衛線に接近中!歩兵 数十名とゴーレム3体です!」

「指令部要員以外撤収作業を続けろ!前線に命令!防衛線を突破させるな!」


レオーネ司令の部屋のドアをノックせずに勢いよく開けてしまったせいで、司令はびっくりしていたが自分の焦りから察したのかすぐに上着を持って指令部に向かう。


「敵の数は」

「歩兵 数十名にゴーレムが三台と報告が」

「突破されてるか」

「まだ突破されていませんが、撤退のため最低限の人員しか配置していません。突破は時間の問題かと」

「撤退準備はどこまで進んでいる?すぐにでも撤退できるか?」

「現在書類の焼却作業中です、今すぐなら部隊だけ離脱可能です」

「今すぐ順次離脱させるように指示を出せ、私は指令部に向かう」

「了解しました」



指令部屋根上。SAS A中隊はラペリング降下による室内突入のためにフックをかけれる場所を屋根の上で探していた。


「十分じゃないな」

「コンクリじゃねえんだ、煙突に巻き付けるか?」

「それしかないんだが……一階まで降りられそうにないな」


本来であれば一階から順次制圧していく予定であったものの屋根には人の体重を支えられるほどの支柱がなく、煙突に巻き付ければ耐えられるものの一階までは長さが足りなかった。


「どこまでおろせそうか?」

「せいぜい四階ぐらいじゃないか?煙突の分と巻きつける分じゃそんぐらいだろ」

「仕方ない、グループAから指令部、一階からの制圧は厳しい、五階から侵入し、制圧を行う」

『指令部了解、グループBは到着予定時刻ETA18分』

「了解、各員五階から侵入し、ターゲットを拘束するぞ、フック用意」

「準備完了」


「帰ったらなにかやるか?」

「まずは酒でも飲むよ、こんなことはもう懲り懲りだからな」


指令部5階、警備の人数は2人と少ない


「まあもうすぐ帰れるんだ」

「でも帰ってもあいつらが夢に出てきそうでな」

「そういえば……いややめとこう、ん?なんだあr」


スパン!スパン!スパン!複数の窓が割れて複数人同時に建物に突入してくる。


「クソっ!何が起きて……グアっ……!」

「……!大丈夫か!待て……誰だお前ら!どうやってここま……」


「クリア」


突入のシチュエーションは何度も経験してきた彼らからすれば近接武器で武装したここの兵士よりイスラム過激派の方がまだ手こずるのではないのだろうかと言えるほどスムーズに階層を制圧してしまった。


SAS A中隊はここで二手に分かれ、上階と下階を制圧する班に分かれた。人数は減るがB中隊と第20機甲旅団戦闘チームのおかげで兵士は少なく、未だ侵入にすら気づかれていない。


指令部10階。階段を登ったA中隊の目の前に分厚い扉が佇んでいる。中隊はドアの端に張り付き、スネークカメラを使ってドアの中を確認する。


カメラからは軍服を着た女性と男性数人らが机を見ながら話している。全員の服装からして高級将校であることは容易に想像ができる。


「いいか!ここの防衛線は撤退完了まで持ち堪えさせろ!指令部要員は直ちに全撤退の準備を!いつでも行けるようにするんだ!」

「了解、機密文書も一緒に焼いておきます」


スネークカメラを片づけ、全員とアイコンタクトを取り、隊員がドアにブリーチングチャージを張る。


「スリーカウント……3…2…1…ファイアインザホール!」



「機密文書はどれぐらいある?」

「保管庫の物を含めて490部ほどです。」


レオーネ司令と機密文書の処分に関する話をしていた、その瞬間。


ドカーン!!!!!


いきなり指令部のドアが爆発し、指令部内に煙が舞う。その中から数名の兵士……いや異質な防具に身を包んだ兵士が現れ、姿は少なくとも我々の兵士でないことに間違いはなかった。そしてもう一つわかったこともある、それは指令部が陥落したことだ。


爆発した瞬間、近くにいたものは地面に倒れ込み、離れていたものは軍人の本能からか自分らの武器を手に取って応戦しようとした。だが奴らは前線からの報告にあった、炸裂音のする長距離武器を持ち、抵抗する者を片っ端から殺害していった。


「目標を確認した」


そんな声が聞こえた気がするとともに、私の足は動き出した、走れ、走れと本能が告げている。戦ってはいけない、直ぐに兵士に連絡し、撤退しなければならないとはっきりわかった。



「目標が逃走した!」

「追え!逃すんじゃない!」


目標が逃走し、追おうとしているその時。


「ぐわっ!」


隊員の1人が吹き飛ばされ、壁に激突した。ハリケーンに飛ばされてしまったみたいに。


周囲には木の棒を持った兵士が少し遠くに立っており、姿勢から見るに攻撃してきたのは彼だろう。


「ほら!かかってこいクソ野郎ども!」




少なからず私の人生で初めてこんな汚い言葉を大声で言っただろう。司令を逃すために数人引きつければいいだろうと思っていたが、追って行った数人以外の兵士が全員こっちを向いて、例の武器を向けている。


「俺らを舐めるなよ……!オ・ウィンド・イス・シェメィ風よ我を守りたまえ!」


詠唱すると同時に足元に魔法陣が出現し、自分の体の周りと司令が通ったドアを風の壁が覆う。この魔法を起動するのは私の人生で5回目であるが、最後の使用が十数年前の前大戦であるため衰えているかもしれない、ここのところ事務作業ばっかりだったせいなのだが……、でも司令の負担を減らすにはここで私が耐えねばならない、そう、その身を削ってでも。


炸裂音と共に風の壁に何か刺さっては弾き返される音がする。矢の攻撃では到底聞けることのない音だ。


「撃て!撃つんだ!」

「クソ!どうなってる!」


奴らの慌てふためく声が聞こえる、そう、自分の想定していた事を超えた時のこえが。私は風で奴らや物を吹き飛ばしていく、1人、2人、3人……とそんな時


「グレネード!行くぞ!」


声が聞こえて、風の壁に何かが転がって来る。そう、緑色の玉が風に舞い上げられて……目の前が一瞬光ったような気がする。



階段を駆け下り、撤退準備を始めている兵士の元へ走る、今すぐに撤退しなければならないと伝えるために。


角を曲がるとバッタリと騎兵隊の兵士と出会うことができた。


「司令!?なぜ急いでいるんですか?緊急事態ですか?」

「緊急事態だ!敵に侵入を許した!既に指令部は陥落!直ちに撤退準備を!」

「陥落……!?わ、わかりました!こちらです司令!」


その時、炸裂音と共に耳の横を空気が切り裂く音がして赤い鮮血が目の前に飛び散る。私が話した兵士の1人が目の前で倒れた。


「司令!危ない!」


もう1人に腕を引っ張られ、角に移動させられる。


「司令!こっちです!走ってください!」

「あ、ああ!直ぐに行く!……すまない」



「ダメだこれ以上は彼女に当たる」

「クソっ……こちらA-09、目標をロスト、これ以上の追跡は不可、おそらく撤退すると思われる、直ちに増援を要請する事を進言する」

『01了解、こっちに戻って来るんだ、合流するぞ』

「了解」



目を開けると天井が見えている、脚と右腕を動かそうとするが感覚がない。


「ああっ……クソ」


体から何かが流れ出る感覚が走る、以外と人間 こういう状況の方が冷静な気がする。耳を澄ますとこちらに近づく足音が聞こえる。


「……まだ生きてる」

「治療は?」

「手遅れだ」


少なくとも自分のことだろう、気分が落ち着いて来るにつれ、痛みが増してきた。もう話す気力も無い。


「楽にしてやれ」


ああ、自分は死ぬのか。カチャ、という金属音がする。死ぬのは怖いが、死の先を見たいという好奇心にも駆られる、研究者というのはこういうのが好きなんだろう。そう、彼女みt


バシュッ…………




「グループA、敵司令部を制圧、目標は逃走、現在追跡中、未だ敵対存在が多く存在する可能性がある、グループCと航空支援を要請する。」

『指令部了解、グループC到着予定時刻ETA12分、航空支援に関しては現状待機せよ、以上』

「グループA了解、感謝する」




「こちら第20機甲旅団、前線を突破、現在より指令部内へ突入する」


指令部外、防衛線が存在していたその場所にはもう廃墟と敵の死体しか残っていない。Black Nightのデジタル迷彩には黒い跡が大量についており、熾烈な敵の抵抗を感じさせる物だった。こちらにも怪我人は出たものの、依然として死者は出ていない、幸運な事だ。


「門を吹き飛ばすぞ!」


門の前についた部隊は門に爆薬を貼り付け、そのまま吹き飛ばす。戦車が通れそうな穴はできていないが、突破できそうな事を確認すると、Black Nightが門を突破し、残骸を踏み潰す。その後に続くように兵士が入るが、敵の兵士など待ち構えておらず、ほぼ空っぽな中庭であった。




「準備ができ次第ここを離れろ!行け!」

「進め!後ろがつかえてるぞ!」


指令部後門、既に撤退準備が完了した部隊から順次撤退を始めている。


「司令、あなたは先に撤退を」

「情報参謀、お前は?」

「私は最後まで残ります、奴らをここで止めておかなければ、彼らが家族に会える事なく死ぬことがあるかもしれないでしょう?」


情報参謀の目は硬い意志を表すかのように決意を感じさせた、私は新人であった彼の名前を知らないが、その勇姿を忘れることはないだろう。


「わかった、殿は頼んだぞ」

「お任せを」


彼のためにも、そしてここで散っていった部下や信頼はしていなかったが1人の兵士として戦った将軍たちのためにも、ここを脱出し、報告せねばならない。そんな気持ちを抱えながら服装を正し、馬で指令部から脱出した。




ルシアーノ上空、夜空に白い機体が1機飛んでいる。コックピットは無く、代わりにカメラを装着し、翼下部のハードポイントにはAGM-114 ヘルファイア対戦車ミサイルを搭載している。MQ-9 リーパー、死神の名を関するこの機体は撤退中の敵部隊をしっかりと観測し、地上部隊に位置情報を送っていた。


「バイパー3から作戦中地上部隊へ、地上で敵部隊の活動を確認、直ちに対処せよ。以上」



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ユーラシア異世界転移記 猫又 @Nekomata_8150

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