no title

 編集さんからの電話が鳴っている夢を見て、私は目を覚ます。だいぶやばいな、と思いながら書きかけの原稿の、赤ペンばかりはいっているゲラをぱらぱらとめくってみる。まだまだ直すところがありそうだ。頭が痛くなる。でもここで赤を入れておかないと、書籍になったときに後悔するのは私なのだ。

「あたまいてー」

 呻きながら水を飲み、鏡に映った自分を見つめる。栗色に染めたばっかりの髪とか、くっきり耳に開いてるピアス穴とか。目の下の恐ろしいくまとか。

 そこらへんに散らかっているチューハイの缶を二、三本ゴミ袋に放り込んで諦める。定位置に座り、散らかったゲラを丁寧にもとに戻して、クリップで留める。

「……さて」


【書けと言われたから書いたまでだというと、なんだかあの奇天烈な天使の言った通りのようで癪だ。|】


「でかけよっかな。どうしよっかな」


 歌うように服を選んでいると、フード付きのパーカが目に入る。

「無難だしいいかぁ」


【今まで忘れていた天使のことを思い出したのは、ひとえに夢のせいかもしれない。天使は今頃どこで何をしているだろうか。三年前に開けたというピアス、その話を聞いてみたい。私も三年前にピアスを開けた。確かデビュー作に辛辣な批評が|】

「あ」

 私は固まる。歯ブラシをくわえて、じいっと鏡の中を覗き込む。

「あー。なるほど……」


【把握した。理解した。なるほど、


 私はアクセサリートレイから一番キラキラしたピアスを取り出す。揺れると光を反射してきれいなのだ。母から誕生日プレゼントに貰ったものだ。……デビュー祝いもかねて。

 外国土産の玉虫色のサングラスを引っ張り出してきて、掛ける。それからフードを深くかぶると、仕上げに、リップグロスを塗りたくった。

「よし」



 あの日の喫茶店へ走る。走る。

 多分そこに彼女はいる。すべてに絶望して、すべてをあきらめようとしている彼女がいる。だ。


 喫茶店のガラス窓をのぞき込むと、かつての若い私がめそめそしながらコーヒーを飲んでいる。私はそこに、きわめて能天気な声音で乗り込んでいくのだ。

【これはきっと夢だ。】


「おい」

「向かい、座っても?」

 泣きぬれたフレッシャーは「どうぞ」と言う。私はどっかりと腰を下ろす。ピアスが耳もとできらりとゆれた。


【そして私たちの現実だ。】

【私が君の天使になってやる。だから、書け。書き続けろ|】


「終わってんね。世界が終わったみたいな顔してる……」


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天使のピアス 紫陽_凛 @syw_rin

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