チョコレート・パフェを食べよう
チョコレート・パフェが届いて、天使はようやくフードを外した。私より少し明るい髪色、前髪と同じ栗色のお団子があらわになる。耳もとに、ピアスらしい飾りが光っている。
【腫れぼったい瞼では、それがイヤリングかピアスかも分からなかった|】
「ピアスだよ」
天使は歌うように言った。パフェのバニラアイスに突き刺さっているポッキーを引き抜いて、齧る。こうしてみると年齢不詳なだけの普通の女性に見える。耳もとでは、相変わらずきらきらとピアスが光っている。
「開けたのは、三年前。何もかも嫌になってウワーって開けた」
【どうやら天使には天使なりの、嫌なことがあるらしい。】
「天使に、時間の概念があるなんて思わなかった」
私はお冷のコップを見た。もう水なんか入っちゃいない。持て余した私はスマホを取り出して、ツイッターを開き、
お嬢の『おはようございます』というツイートに、ツリーをつなげていく。
『信じられないかもしれないけど、私、自称天使とお茶してる。お嬢の小説みたいな経験してる。やばくない?』
即座にお嬢からリプライが届いた。
『不審者ですね』
お嬢は、美しい小説を書く。とにかく美しい文章を書く。これで私よりずっと若いのだから、世の中ってやつは難しいし不公平だ。確かまだ未成年。私はお嬢に尊敬と嫉妬のないまぜになった複雑な感情を抱きつつも、どっちかというと同化願望をこじらせていた。
この人みたいになりたい。……でも、足りない。
『自分を天使だなんて名乗る奴がワリカンを持ちかけてきたら、ふつうは110番ですよ。私の小説じゃあるまいし』
お嬢は冷静だ。私は今になってその方法を初めて思いついたみたいに、身体をこわばらせた。目だけ動かして、天使をうかがう。天使は揺れるピアスをキラキラさせながらチョコレート・パフェをもくもくと食べていた。
『……わかった。様子見てみる』
視界の隅に『様子見じゃなくて今すぐ』みたいな文字列が映り込んだが、そうも言っていられなかった。
「ねえ、なにしてんの? ゲーム?」
天使が首を傾げて、ピアスが揺れた。私はあわててスマホを鞄の中に押しこんでから、やはり取り出してフレッシャー・スーツのポケットに入れた。
完全に不審な動きをしてしまった。
【ああもう、私ってやつは。】
思わず脳内タイプをしてしまう。しまった、読まれる。……と思った矢先のこと。
「あ、わかった。君もチョコパフェ食べたいんでしょ。おごってあげよう」
「えっ?」
天使が名案、と言わんばかりにぱんと手を叩いた。
「天使の奢りなんて、めったにないぞう」
チョコレートは甘い。甘すぎるくらい甘い。
「ねえ、小説書きなよ」
サングラス越しの天使のまなざしは優しく思えた。私は、パフェをむさぼりながら、お嬢と自分の違いについて考えた。
『
「……どうして?」私は天使に尋ねる。「私の小説は、いつもへたくそだ。プロになんか到底なれやしない……」
「下手でもいいから、書きなよ」
「どうしようもなく、下手なんだよ」
「それでもいいって言ってんじゃん」
天使はゆっくり、最後のどろどろしたチョコレート・ソースをかき混ぜた。
「書きなよ」
【文豪の研究をして考えた。】
【小説とは、芸術でありながら大きな学問でもある。その静謐の中に、何も知らない小娘一人割り入ったところで、何にもなりやしない】
【小説家になるために大学に行くっていったじゃない。母の言葉が聞こえる。】
【でも、その大きな流れと厚みに触れてしまった今は、とてもじゃないけど小説家になりたいなんて声高に叫べなかった。】
【私は、知ったかぶりの、無力な……いつでも二番目の書き手|】
「知ってた?」
天使はチョコレートソースをそのままに、私の顔をじっと見つめた。玉虫色のサングラスがぎらぎら光っていた。
「何事も二番手がいちばん伸びるんだぞ」
「そんなこと……!」
と私が口を開いたときには遅く。
【天使は消えていた。】
「ちょっと、ワリカンの話はどうなるの!?」
私の目の前には、空っぽのパフェグラスが二つ残されていた。
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