思い出スイートポテト(2)
落葉が辺り一面を色とりどりに染めていた。
前後左右、視界いっぱいに広がる落ち葉と茶色の木々。
秋の山に冷たい風が吹いて、カサカサと葉が落ちる。
誰もいない山の中を、7歳ぐらいの小さな男の子が一人で歩いていた。
それは、ありし日の僕だ。
夢で僕は、その光景を上から俯瞰するように眺めていた。
「はぁはぁ」
白い息を吐きながら、僕は山道を歩いている。
必死に何かを探すように。
足幅は小さく、木の根に足を引っかけて転びそうになりながら、なかなか進まない道をゆく。
一体何をしているんだろう?
どうして一人で山道を歩いていたんだっけ?
よく覚えていないけれど、確かにこんなことがあったような気がする。
子供の僕は手ぶらで、上着も着ていない。
歩いているうちは身体が暖かく感じるかもしれないけれど、歩き疲れて立ち止まったら一気に冷えるだろう。
ああ、本当に昔からうっかりしていたなぁ。
子供の僕は突然立ち止まると、周囲を見回した。
そして、道からそれて枯れ葉の上を歩くと、かがんで地面から枯れ葉をどかし始めた。
露出した地面を見て何もないことを知ると、次の場所で同じことをする。
何度か繰り返して、ため息を吐いた。
「おいも……ないなぁ」
その一言を聞いて、僕は思い出した。
そうだ。
この時僕は、おいもを、サツマイモを探していた。
もちろん、山に入ってサツマイモが見つかるわけがない。
でも、子供の僕はサツマイモを山で掘るものだと思っていた。
どうしてサツマイモを探していたのかというと……。
ええと、なんでだったかな?
ああ! そう!
スイートポテトだ!
この時も僕はスイートポテトを作ろうとしていた。
こうして思い出してみると、僕の人生ではあちこちにこのサツマイモのお菓子が出てくる。
忘れていたのが不思議なくらいだ。
でもたぶん、この時が僕の人生とスイートポテトの最初の交わりだった。
きっかけはたしか、一冊の絵本だ。
子供向けの絵本で、ホクホクのサツマイモを使ってスイートポテトを作るお話があった。
僕はそれを読み聞かせてもらって、絵本のお菓子が食べたくなった。
美味しそうな未知のお菓子の味を想像して、我慢できなくなって両親にねだったのだ。
両親はお店でスイートポテトを買ってきてくれたのだけれど、その味は、僕が絵本で想像したものとは違っていた。
もっと美味しいはず。
そう思った。
それを口に出してごねて、両親を困らせた。
大人になって考えて見ると、変な話だ。
絵本を読んだだけで味が分かるはずもないし、そもそもその時はスイートポテトを食べたことすらなかったのに。
でも、僕は初めて食べたそれが絵本で想像した味とは違っていたことがショックだった。
だから、自分で作ろうと思ったのだ。
手作りしようと思った。
絵本の中でも、手作りだった。
きっと手作りでないと絵本の味にはならないのだと思った。
でも、一度わがままを聞いてもらってスイートポテトを買ってもらったのに、今度は自分で同じものを作りたいとは言いにくかった。
その材料を準備するのは、僕ではなく両親なのだ。
何より、両親に内緒で作ることができたら、それが想像通りの美味しいものだったら、とても驚いて褒めてくれるはずだと思った。
それはすごく良い考えに思えた。
ちょうどその時は祖母の家にいて、山が近くにあった。
バレないように山に行ってサツマイモを取って来て、絵本の通りに作る。
お店のスイートポテトより美味しいものができて、両親も祖母も手を叩いて喜ぶ。
頭の中では、そんな計画が出来上がっていた。
両親が出かけて、祖母が何かの用事でいなくなった時を見計らって、僕は家を出た。
そして山へ駆けていったのだった。
枯れ葉をどけて、地面を少し掘ってみる。
ちょっと歩いて、また同じことをする。
僕はどうやってサツマイモを見つければいいのか分からなかった。
そもそも山にはサツマイモは埋まっていないのだけれど、そこに関しては勘違いしていたので、必ず山のどこかにあると思っていた。
とぼとぼ歩く小さな僕は、ある物を見つけて駆け出した。
トゲトゲした茶色のボール。
足でひっくり返すと、まだ中身が入っていた。
栗だ。
僕は飛び跳ねて喜んだ。
探しているのはサツマイモだったけれど、栗も食べられる。
それに、栗があったのだからサツマイモもこの辺りにあるはずだと、根拠のない妄想を信じていた。
栗のある所を追って、奥へ奥へと歩いていく。
それを上から俯瞰して見ている僕は、小さな僕がどんどん道から遠ざかっていくのが分かった。
起伏がほとんどない森だったから、枯れ葉に道が隠されると道とそうでない所が曖昧になる。
それでも、ちゃんと前を見ていれば道が分からなくなることはない。
でも、小さな僕は、さすがにサツマイモが道の下には埋まっていないと思ったのか、道から少し離れた所で探していた。
決定的だったのは栗を見つけた時だった。
その時からグングンと道から離れていき、もう大人でも戻るのが難しいほどに山奥に入ってしまっていた。
小さな僕はまだそのことに気がついていない。
夢中になって芋を探している。
せっせとひたむきに頑張る姿は、最初のうちは微笑ましいけれど、ずっと続けているのを見ると、我がことながら少し心配になる。
昔から根気だけはあった。
普通の人がダメだとすぐに諦めることでも、始めた時と同じように続けることができた。
それは僕の長所だと祖母や両親に褒めてもらって嬉しかったけれど、こうして見ていると、それが裏目に出ていることもあったのだろうと気が付く。
普通なら、これだけ探せばサツマイモが山にないことに気づく。
気づかなかったとしても、自分一人じゃ無理だと諦める。
諦めが早いことは一見良くないことのように思えるけれど、実際には無駄なことに時間をかけないという賢い選択でもあるのだ。
うっかり者の僕は、ただひたすらに、見つかるはずのないものを探していた。
探しても探しても、見つからない。
「はぁ、はぁ」
軽く息を切らせて、作業を続ける。
爪の間に土が入り込んで痛む指先を見つめては、もう少し歩く。
繰り返し、繰り返し。
ビューっと強い風が吹いた。
小さい僕は寒さに身体を震わせる。
手がひどく冷たいことに今更ながらに気づいて、両手を見ると、震え始めた。
ふと空を見上げると、もう日は落ちている。
暗い藍色の空が見えた。
辺りを見回すと、近くには道がない。
いつ道から外れたのかも分からないから、どうやって戻ればいいのかも分からない。
小さな僕は、おろおろしていた。
その表情は不安に染まっている。
どうしたらいいのか分からず、ふらふらと歩き回った。
あっちへ数歩、こっちへ数歩。
どこへ行っても同じ景色。
立ち止まって、突然大声で泣き出した。
おかあさん、おとうさん、おばあちゃんと、泣きながら大声で繰り返した。
けれど、期待した声は返ってこない。
泣いて、泣いて、泣き疲れて、僕は木の根元に座り込んだ。
◇
俯瞰して見ていた僕の視界が、小さな僕に近づいていき、やがて重なった。
小さな僕の視界を見て、その時の気持ちを追体験する。
不安と恐怖で胸がいっぱいだった。
帰りたい。でも、帰れない。
ここがどこか分からない。
助けて。助けておかあさん。おとうさん。おばあちゃん。
助けて。
でも、誰にも言わずにこっそり抜け出してきたのは、僕自身だ。
誰も僕が山に入ったことを知らない。
だからいつまでたっても、誰も助けに来てくれないかもしれない。
そう思うと、すごく、すごく、寂しくなった。怖くなった。
一人でいることが辛くなった。
どうしてこんなことになったんだろう?
どうしてこっそり一人でなんて考えたんだろう?
みんなをびっくりさせたかったから。
だけど、こんなことならやらなければ良かった。
寒い。すごく寒い。
どんどん暗くなってくるし、寒くなってくる。
お腹すいた。
帰りたい。
「うぅ、帰りたいよぉ」
膝を抱えて、そこに顔を埋めた。
耳が凍るように冷たい。
手がずっと震えている。
どうしよう?
どうすることもできない。
僕、死んじゃうのかな?
いやだ。いやだ。いやだ。
寒い。
帰りたい。
あったかい家に帰りたい。
おばあちゃんがいて、おかあさんとおとうさんが帰ってきて、みんなであったかいご飯を食べるんだ。
――でも、それはできない。
だって僕は、帰れないから。
涙が溢れ出る。
拭っても拭っても、止まらない。
「うっ、えぐっ」
帰りたい。
帰りたい。
家のある方に、目を向けようと顔を上げた。
「――っ!」
真っ暗だった。
もうこんなに暗く……。
怖い。
暗いのは怖い。
さっきまでまだ薄暗く見えていた木々が、もう見えない。
どうしよう……。
どうしようも、ない。
こわい。
何かに襲われたらどうしよう。
お化けが出たらどうしよう。
何もできない。
僕はもう一度頭を膝にうずめた。
寒くて体が震える。
怖くて体が震える。
家族と一緒にいる明るい光景が、頭に浮かんだ。
――さみしい。
「さみしいよ。こわいよ。だれかたすけてよぉ」
サァーーーー。
風が葉を揺らす音と、虫の声だけが聞こえる。
「ぐすっ、えぐぅ……おかあさん! ねえおかあさん!」
大きな声で呼んだら、僕を探しているお母さんが気づくかもしれない。
そんな希望を持って大声で出したはずの声は、夜の森に響いてすぐに消えていった。
あまりのあっけなさに、気勢を削がれる。
不安に押しつぶされそうになった。
すると、思い出したかのように寒さが襲ってくる。
どうして、こんなことになったんだろう?
僕はただ、美味しいお菓子を作りたかっただけなのに。
じわり。また涙が出てきた。
夜の森は、暗い。
けれど月の明かりで、何も見えないわけじゃない。
目が慣れてくると薄ぼんやりと見える。
ぼーっと幾本も立ち並ぶ木が、ざわざわと揺れ動く枝葉が、得体のしれない化け物のように見えてくる。
暗闇の向こうから、何かがこちらを覗き込んでいるような気がする。
背筋がぞーっとして、自分の身体を抱きしめてガタガタ震えた。
怖い。
そんなことはない。
お化けなんていない。
それでも、夜の森は怖い。
前を見るのが怖くて、おでこを膝にくっつけて目を閉じた。
……………
………
…
どのくらいそうしていただろう?
物凄く長く感じられた。
もう朝になっただろうか?
さすがにそんなに時間は経っていないかな。
遠くから、何かが近づいてくる音がした。
何か来る。
僕を襲いに来たのだろうか?
怖かった。
必死に息を殺して、ぎゅっと目を閉じた。
膝の間に頭を入れて、耳も塞いだ。
じっとして、何かが通り過ぎるのを待った。
静かに。
静かに。
…………。
ぽん、と何かが頭の上に乗せられた。
ビクッとしたけれど、すぐに嫌な感じがしないことに気づいて、恐る恐る顔を上げた。
そこには、祖母がいた。
灰色のコートに深い赤色のマフラーを巻いた祖母が、穏やかに微笑んでいた。
「やっと見つけた」
◇
祖母の顔を見て安心した僕は、祖母に抱き着いて散々泣いた。
祖母は優しく慰めてくれた。
腰を抜かした僕をおぶって、山を下りてくれる。
無断で山に入った僕を叱ることなく、「寒かったね」「怖かったね」「不安だったね」「寂しかったね」「よく頑張ったね」と言ってくれた。
僕は祖母の背中で、その体温と言葉の温かさに、またしとしと涙を流した。
この後、両親が帰ってくると僕はしっかり怒られ、祖母はその後一週間筋肉痛で動けなくなるのだけれど、それはまた後の話。
家に帰ってくると、随分時間が経ったように感じていたけれど、まだ午後7時を回った程度だった。
それから、両親が帰ってくる前に、祖母がスイートポテトを作ってくれた。
僕は驚いた。
「どうして、ぼくがスイートポテト食べたいって分かったの?」
「そのために山に行ったのでしょ? 分かるわ」
祖母には全部お見通しだった。
祖母はにこりと微笑んだ。
「大丈夫。美味しい作り方、見つけてきたから」
その時作ってくれた祖母のスイートポテトは、ほっぺたが落ちるほどに美味しくて、それは僕が絵本で想像した通りの味だった。
その味がいつまでも忘れられず、大人になっても覚えていた。
そう、これが祖母の思い出のスイートポテトなのだ。
秋の山に迷い込み、祖母に助けられて食べた味。
辛かった思いも、食べた途端に全部吹き飛んで、美味しかった思い出だけが残っていた。
僕の優しいおばあちゃんの味だ。
…
………
…………―――
ふわりと意識が浮上して、目が覚めると朝だった。
夢のことはよく覚えている。
鏡を見ると、目元に涙の痕が残っていた。
「そっか。そうだったんだ。すっかり忘れてた」
思い出した記憶は胸が熱くなるほどに、祖母の優しさを感じた。
僕の祖母は、既に亡くなっている。
感謝を伝えることはもうできないけれど、それでも思い出せてよかった。
「ありがとう、おばあちゃん」
呟いても、もう届かない。
それでも、口に出しておきたかった。
◇
後日、僕は図書館に行き、司書さんにスイートポテトにまつわる思い出を話した。
「とても素敵なお話でした。優しいお祖母さんだったんですね」
司書さんは穏やかな表情で聞いていた。
彼女は早いうちにご両親を亡くし、お祖母さんに育てられた過去がある。
きっと、自分と重ねることもあったのだろう。
「それはそうと、うっかりさん」
「はい」
「結局、あれはどういうことだったんでしょうね?」
「あれ……とは?」
わざととぼけてみせると、司書さんは頬をふくらませた。
「あ。わざと言っていますね。あれですよあれ! 灰色のコートと深い赤色のマフラーの女性です。何度も会っているみたいですけど、どういうことなのでしょう?」
「ああ、そのことなら――」
灰色のコートと深い赤色のマフラーは、あの日僕を助けてくれた祖母の姿に重なる。
同じ服装の女性に、僕は今まで何度か会っているようだった。
そしてその度に一緒にスイートポテトを作っている。
一番最近は、ついこの間会ったばかりの、おかっぱの女の子だ。
けれど、彼女たちが全員同一人物だとしたら非常におかしなことになる。
なぜなら、彼女は会うたびに若返っていることになるから。
僕が中学生の時に40代か50代ぐらい、僕が高校生の時に大学生ぐらい、僕が大学生の時に高校生ぐらい、僕が26歳のついこの間、7歳ぐらい。
普通に考えて、彼女らが同一人物だったり、祖母の知り合いだったりと考えるのは無理がある。
けれど僕には、それを説明できるモノに心当たりがあった。
僕はその心当たりを司書さんに見せる。
「怪奇現象百科事典、ですか?」
「ええ。たぶん、そういうことだと思います」
“探し物の塔”
性質:善性
推定被害:なし
概要:見つけることができない探し物を探す手助けをしてくれる塔。内部の螺旋階段を上り下りすることで過去と未来を行き来できる。
詳細:『今』見つけることができない探し物を、どうしても見つけたい時、強い願いによってその人の前に現れる塔。塔に入ると、螺旋階段が上と下にどこまでも続いている。階段を上るほど未来に移動することができる。同時に上に行くほど若返り、誕生時まで若返るとそれ以上階段を上れなくなる。階段を降りるほど過去に移動することができる。同時に、下に行くほど老い、老衰死するまで老いるとそれ以上階段を降りられなくなる。時を移動して探し物を見つけると、元の時間軸に戻り、塔は消える。
解決法:探し物がどうしても見つからずに諦める場合も、戻りたいと願えば元の時間軸に戻ることができる。ただし、元の時間軸と異なる時間軸で生きることを願っても、探し物を探す意思がなくなると元の時間軸に戻り塔は消える。
祖母はきっと、いなくなった僕を探すために、探し物の塔を呼び出した。
探し物の塔を使えば、過去に戻って山で遭難した僕を探すことも可能だ。
僕が山に入った時点から、追いかければいいのだから。
道から離れた山奥で静かにしていた僕を、夜中の森を歩いて祖母が見つけられたのも、この怪奇現象のおかげだったと考えると自然だ。
優しい祖母はそれだけでなく、僕が山に入った理由の方まで、なんとかしようとしてくれた。
だから、僕の望むスイートポテトを探すために、未来を旅したのだ。
様々な年の僕と一緒にスイートポテトを作って、好みを、僕が絵本で読んで理想とした味を、知ろうとしたのだろう。
ついこの間来た、子供の姿の祖母は男の子を探していると言っていたけれど、その男の子とは昔の僕のことだったのだ。
あの後、過去に戻って僕を探してくれたのだ。
それにしても、若くない体で普段は家でゆっくりしていた祖母が、山を歩いて僕を探して、さらに僕をおぶって山を下りるのは、大変だっただろう。
その上、お菓子食べたさに馬鹿なことをした僕のために、未来に行ってまで美味しいスイートポテトを探してきてくれた。
「素敵なお祖母さんだったんですね」
「はい。感謝してもしきれません」
祖母はもういない。
でも、祖母がくれた思い出の味は残っている。
僕は同じ味のスイートポテトを作れるようになった。
本当に不思議なことだけれど、20年の時を超えて、ついこの間祖母と一緒に思い出のスイートポテトを完成させたから。
改めて作ったそれを、司書室にも持ってきていた。
「ということで、これがそのスイートポテトです」
「わぁ、美味しそうです」
僕は持ってきた箱からスイートポテトを出して、二枚の小皿に乗せた。
そこにフォークを置く。
司書さんがコーヒーを淹れてくれる。
「じゃあ、いただきますね」
「はい。どうぞ」
コーヒーを一口飲んで、僕もスイートポテトにフォークを入れた。
ついこの間食べたばかりだけれど、飽きることなんてない。
パリッとした表面がホクホクの内部を包み込んでいる。
フォークを差して一口。
口の中に優しい甘さが広がって――
「わ! これすごく美味しいです! こんなに美味しいスイートポテト初めて食べました」
司書さんの興奮した声が聞こえる。
そうでしょう? ニヤリと笑って自慢するつもりだった。
けれど、うまく口が動かない。
あれ?
「うっかりさん?」
司書さんが、目を見開いた。
どうしたんだろう?
尋ねようとして、僕の頬を涙が伝うのを感じた。
え?
どうして。どうして今になって。
軽いエピソードを添えて、美味しいスイートポテトを司書さんと食べる、いつものように明るく。
そのつもりだったのに。
それだけだったのに。
涙が、止まらなかった。
「ご、ごめんなさい。あれ? なんでしょうね? えっと……」
情けない。
涙を見られるのが、無性に恥ずかしかった。
「すみません、ちょっと、なんだか胸が熱くなってしまって。ほら! あの、少し今日は暖かいから……」
ごまかそうとして、でもうまくごまかせない。
胸が熱いのは本当だった。
でも、すっかり秋になった今、空気はとても冷たい。
今日は暖かいなんて、子供にも通じない嘘だ。
恥ずかしさにうろたえる僕は、司書さんの方をまともに見られなかった。
「そうですね」
からかうでもない、静かな肯定の声が前から聞こえた。
思わず顔を上げて、司書さんを見る。
彼女は、視線を窓の方に向けていた。
穏やかで優しい表情だった。
そのことに、僕は安堵した。
司書さんは、見ない振りをしてくれるらしい。
大したことではないけれど、この時ばかりは本当に恥ずかしかったから、その気遣いはありがたかった。
視線を窓の向こう、葉が落ちきった木に向けたまま、司書さんは柔らかく笑って言う。
「残暑がまだ、続いているのかもしれません」
第六話 思い出スイートポテト 完
不思議なスローライフ @ofomascoil
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