【南城矢萩視点】夜宵は案外演技派
「そういうわけだから、お前らの中の誰かが、夜宵のこと下手に好きになったりしたら困るわけ、俺が。なので、阻止させてもらう! あっ、ちなみに『私も一緒に〜』なんてのも絶対ナシだからな!」
「ちょ、勝手すぎる! 神田君も迷惑だよね?」
と、輪の中にいた女子が、ぎっ、と夜宵を睨む。お前、曲がりなりにも夜宵に好意があるならその目はおかしいだろって。ああもうほら、夜宵ビビってんじゃん。
「ぼ、僕は」
「言ってやんなよ、神田君。別に神田君は成績良いんだし、ちょっとくらい遊んだって良いよね?」
そうだそうだ、と女子達が、俺を押しのけて夜宵に詰めかける。そんなグイグイ行ったって、夜宵には逆効果なのにな。ちらり、と彼女らの後ろを見ると、そこにいるのは駒田だ。何だかちょっとだけ期待を込めたような目で夜宵を見ている。もしかしたらここで夜宵が「実は既に好きな子がいる」みたいなことを言ってくれるのかと思っているのかもしれない。
そんなことを勝手に考えて、チクリと痛む胸を押さえる。ごめんな駒田。俺と夜宵どっちが好きなのかは知らねぇけど、夜宵はお前のこと、別に好きじゃないんだって。俺は正直ホッとしたけど、どっちにしたってお前は辛いよな。
「あの、僕は、本当にいまそういうの全然考えてなくて。元々僕、そういうの全く興味ないし。それよりやっぱり僕も受験が大事っていうか。僕のも大事だけど、萩ちゃんの成績も気になるし、その、だから」
発言する度に、「はぁ?」「それで?」と一歩ずつ迫りながら急かす女子達に、それに合わせてじりじりと後退する夜宵。構図としてはカツアゲとかそんな感じのやつだ。なぁお前達さ、夜宵のこと好きっていうか、そこまでは行かなくても好意があるんだよな? なんでそんな態度に出られんの? こっわ。その周囲にいる男子はその姿に完全に引いてる。わかる。俺もドン引き。数を味方につけた女子って、怖いんだよな。
「こういうの、ほんと止めてほしい、です。僕だけじゃなくて、萩ちゃんも。萩ちゃんが受験に失敗したら、僕も困る!」
言った。
夜宵にしてはかなりはっきりと言った。
女子達もちょっとびっくりした顔をして、止まった。
駒田も、何かに気づいたような顔をして、走り去ってしまった。
まぁこれで一安心じゃないだろうか。
と、安心したのもつかの間。
はいはい、そういうわけだから散った散った、とパタパタさせていた手をガッと掴まれた。夜宵に、だ。その真剣な眼差しにドキッとする。ちょ、こんなところで何だよ。
「んお? な、何だ夜宵」
「やっとやる気になったんだね、萩ちゃん」
「……へ?」
「僕はね、正直、あのテスト結果はヤバいと思ってたんだ。だけど、萩ちゃんが大丈夫大丈夫って言うから何も言わなかったけど」
「お、おう、まぁ、その。うん」
「萩ちゃん別に教えてとも言ってこないし、僕から言うのもなんか押しつけがましくて嫌かなって思って黙ってたけど!」
「え、あの、夜宵……?」
「これからは気兼ねなく口を出して良いってことだね!」
えっ、ちょ、何……?
「そうと決まれば、こうしちゃいられないよ萩ちゃん! いまからガリガリやんないと志望校は遠いんだから、マンツーでしっかり見るから! そういうわけだから、僕ら帰るね! ほら行くよ、萩ちゃん! まずは参考書を買いに行こう!」
「ちょ、やよ、夜宵?! お前、力つよ……」
何かしらのスイッチを押してしまったらしく、ふんふんと鼻息荒い夜宵に半ば引きずられるような形で、俺はクラスメイト(と数人の後輩女子)に見守られながらグラウンドを後にした。
「や、夜宵、夜宵。ちょ、待てって。マジで?」
「何が?」
「これから俺、ガリガリ勉強すんの、マジで?」
いや、確かにあの成績はマジでヤバかったけど、あれはたまたまヤマが外れただけっつぅか、テスト範囲を間違えてたっていうか、とモゴモゴ言い訳を並べていると、俺の手をパッと離して、彼はくるりとこちらを向いた。あっ、離しちゃうんだ、と残念に思ったのはここだけの話だ。
「大丈夫、あの場から脱出するための嘘だってば」
そう言って、眉を下げて笑う。何だよ、お前案外演技派じゃんかよぉ。
「でも、ちゃんと頑張って欲しいのは事実だよ。一緒の高校行こうって約束したじゃん」
「したけど……夜宵は良いのか?
「僕もう共学は嫌だ。さっきみたいなのとか、うんざりだし」
「まぁ、それはそうなんだけど」
俺だって、女子に囲まれてるお前を見るのは嫌だ。
「でも、萩ちゃんこそ大丈夫なの? ほんとに頑張らないと厳しいかもだよ?」
「はぁ? ラクショーだっつぅの。俺はな、やる時はやる男だからな!」
はっはー、と胸を張って大口を叩く。
だけど。
「……でもまぁ、出来ればちょっと教えてくんね?」
「良いよ、どの科目?」
「えっと……社会以外全部」
「萩ちゃん、社会は強いもんね、特に歴史は」
「おう! 特に戦国武将はな! 漫画で覚えた!」
「萩ちゃんらしいね」
「だろ?」
そう言って笑い、夜宵の肩をぐいっと掴む。
「絶対に同じ
すると夜宵は照れたように眉毛を下げて、
「任せてよ、親友」
と笑った。
その『親友』という言葉と笑顔に、少しだけ胸が痛む。
いまは親友でいい。
これからもきっと親友のままでいい。
起こるはずのない奇跡を願うより、ずっといいはずだ。
と、まさかこの数年後、めちゃくちゃ頑張って入学した男子校で、その『奇跡』が起こるなんて夢にも思わなかった俺である。
なんやかんやで!~中学時代の二人のお話~ 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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