【神田夜宵視点】俺が困る!
「よ、よぉ……」
競技がすべて終わり、得点の集計やら何やらで、生徒はグラウンドのゴミ拾いをしながら閉会式を待っている時のことだ。
おずおずと声をかけて来たのは、一組の片田君と迫田君である。どうしたの? とのんきに返してから思い出した。もしかしてさっきの約束?! えっ、ここで土下座する気?! やめなよみんな見てるし。それに、こんなところで膝をついたら体育着が汚れちゃうから! 落とすの結構大変なんだよ!?
「あの、片田君も迫田君も土下座とかほんと止めてね。萩ちゃんだってあれは売り言葉に買い言葉ってやつなんだろうし。ね、ねぇ、萩ちゃん、そうだよね?」
慌てて近くにいた萩ちゃんを呼ぶと、彼は、僕と対峙している面子を見て、ははぁ、と悪い笑みを浮かべた後で、
「まぁ? 夜宵がどーしても、っつーんならな。土下座は勘弁してやるけど、きっちり謝れよ。夜宵、速かったろ」
と言った。
「で、どうする、夜宵」
「え、僕? 僕は別に気にしてないよ。まぁ正直、
そう言うと、「おいおいおいおい」と後ろから数人が割り込んで来た。えっ、何!?
「おい、神田お前何言ってんだ」
「お前が
「神田君は、勉強も出来るし!」
「さっきもめっちゃカッコ良かったよねぇ~」
気付けば僕達の周りには三年二組の生徒がわらわらと集まって来ていた。
「待って。僕そんなすごくないから。それよりみんな、ゴミ拾いしないと。駄目だよここで固まってちゃ」
ほら持ち場に戻って戻って、と手で押し返そうとすると、「そういうところもだよなぁ」と萩ちゃんが笑う。
「見たか、お前ら。夜宵のすごさをよぉ。あんな酷いことを言われたのに、それも一理あると認める器のデカさ、この謙虚さ、そしてこの真面目さ。加えてこの人望に、見た目の良さと、頭の良さと――、ああもう挙げればきりがねぇわ。どれもこれもお前らにはなくね?」
と、どう考えても誇張過ぎることを言うと、片田君と迫田君はそろって、ぐぅ、と喉を鳴らした。どうしたの!? なんか詰まった!? 水持って来ようか!?
「くそ、完敗だ……」
「勝てるところ一個もねぇじゃん」
がっくりと肩を落とす二人が何だかとても不憫に思えて、「待ってよ。絶対そんなことないよ」と二人の間に立つ。
「ごめんね、僕は二人のことあんまりよく知らないんだけど、絶対に良いところたくさんあるから! そうだ! いまから一組の人達に聞いてくるよ!」
「止めろ夜宵。それはさすがに可哀想だ」
「えっ?」
いざ一組へ、と歩き出そうとしたところで、萩ちゃんからのストップがかかる。見ると、二人は何だかもうげっそりとした顔をして「マジで勘弁して」「これ以上惨めになりたくない」と項垂れている。
「えっ、あれっ!? ど、どうして……」
「お前達、わかったか? わかったな? 夜宵ってこういうところあるから。もうさ、とことん光の国の住人なわけ。澄みきってんのよ、心が。これマジで百パー善意だからな?」
「わかった」
「なんかもうめっちゃわかった」
「わかればよろしい。ほら、ちゃんと謝れ」
何が何やらわからないけど、二人は僕に丁寧に詫びてきた。確かにあの時は僕も気分が悪かったけど、もう全然気にしてないのに。
それで、なんやかんやで閉会式が終わり、グラウンドで解散、という流れになった時のことだ。
「神田君、良かったら一緒に帰らない?」
「あっ、あたしもあたしも!」
「先輩、私も途中までご一緒してよろしいですか?」
「え?」
クラスの女子や、同じ二組の後輩が集まってきた。
嫌です。
僕は萩ちゃんと一緒に帰りたいんです。二人で。二人だけで。
「あ、あの僕、その」
まごついていると、シュバッ、と手刀を割り込ませて、僕の前に立ったのは萩ちゃんだ。
「っダ――――! はいはい、ゴメンな君達。夜宵は駄目だ」
「はぁ? 南城は関係ないじゃん」
「いーや、ある!」
「何でよ」
「俺が困る!」
萩ちゃんが力強く断言する。その勢いに女子達はやや怯んだ。何事か、とさらに数人が集まってきて、その中には駒田さんもいた。
「何で南城が困るのよ」
「実は夜宵に相談してたんだ。今年受験なのに、俺、成績がかなりヤバくてさ。こないだのテストとかマジでシャレにならなかったんだよな。だから助けてくれ、って」
そんな相談受けたっけ!? 確かにこないだのテストはかなりヤバかったけど。何とかなる、って萩ちゃん笑ってたじゃん!
「なので、俺はこれから夜宵を独占してベンキョーを見てもらうんだ。よって! お前らに入って来られたら困る!」
「何よそれ! アンタ一人で勉強しなさいよ!」
至極最もな指摘が飛び、女子達がそうだそうだと同意する。が、萩ちゃんはそれに屈することはなかった。どん、と強く胸を叩いて、こう叫んだのである。
「それが出来てたらいまの俺はいねぇんだよ!」
その言葉で、萩ちゃんの成績を知っているらしい男子数人が、確かに、と強く頷いた。僕もちょっとだけ頷いた。
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