【南城矢萩視点】お前はもっと自信を持て

 パァン、とピストルが鳴り、リレーが始まる。一年から三年までの男女混合リレーで、俺はアンカーだから、出番はまだまだ。


 さっき大口をぶっ叩いた一組の片田と迫田はそれぞれ、第二、第四走者らしい。確かバレー部だったよな。あの場のノリと勢いでついついあんなこと言ってしまったけど、まぁぶっちゃけ勝算はあるようでない。何せリレーは時の運だ。周回遅れでたすきが回って来たら完全にアウトだろう。まぁ、さすがに周回遅れはないか。各クラスから選ばれて来てんだし。ま、もしもの時は俺だけ土下座すりゃいいんだ。俺がふっかけたんだしな。


 ていうかな、女々しいって何だ、女々しいって。

 夜宵はな、女々しいんじゃない! 優しいんだ! それがお前らの考える『男らしさ』とかそういうのに合致しなかったってだけだろうがコノヤロウ!


 ああもう思い出したら腹立ってきた!


 夜宵はな、俺と一緒にいるから運動に対して苦手意識があるってだけで、普通に足も速いし球技も上手いからな? あいつら夜宵のタイム知らねぇからあんなこと言えんだ。


 一年が走り終え、二年の女子にたすきが回る。我が二組はというと、現在二位だ。五クラスあるから、上位ではあるが油断は出来ない。一組は三位。さて、ここからどうなるか。


 このままいけば、俺が最後に一位を抜いてゴールだ。あくまでもこのままいけば、だけど。


 けれど、そうはいかないのが体育祭である。


「――うっわ、痛そ……」


 二年の最終走者である女子が派手にすっ転んだのである。それでも何とか三年にたすきを渡したが、あっという間にビリだ。そんでもって、それがウチの組と来たもんだ。片田と迫田がにやにやと笑ってこっちを見ている。おい、よそ見すんなよ、特に片田。お前出番すぐだろ。


 三位だった一組は二位まで順位を上げた。とはいえそれは片田の功績でもなんでもなく、さっきの転倒事故があったからだ。こいつは順位を守り切ったに過ぎない。それでも、走り終えた片田は夜宵の方を見て、既に勝ったような顔して中指を立てている。馬鹿だなお前、夜宵がその指の意味を知ってるわけないだろ。あいつの育ちの良さを舐めんな。案の定、ぽかんとした顔をして、ピースでもされたと思っているのだろう、ピースサインで応えている。何なら「人差し指忘れてるよ? あと、向きはこっち」みたいなジェスチャーまでしてる。ウケる。煽りレベルが高すぎるぞ、夜宵!


 などと笑っている場合ではないのである。

 夜宵は第四走者、つまり、迫田と同じだ。まぁ現在がビリだからな。どう考えたって出遅れるんだけど。どこまで距離を詰められるか。


 でも夜宵はな、マジで速いんだよ。あいつ、瞬発力がないって言ってるけど、スタートが下手くそなだけなんだ。みんなで一斉によーいドンが駄目なんだよ。逆に言うと、こういうリレーみたいな、バラバラに走り出すやつなら絶対に強い。足も長いしな。


 さて、なんやかんやで第三走者で軽く手に汗握るドラマがあった。三組、一組、四組、五組、二組の順だったのだが、我が二組が三位まで浮上したのである。よっしゃ、いいぞ三好! ちらりと三組のアンカーを確認する。桂木かつらぎか。うん、間違いない、勝てる。これくらいの差なら楽勝で勝てる。


 頼んだぞ、夜宵。


 三好からたすきを受け取った夜宵が走り出す。

 お前はもっと自信を持て。

 何でそんなに縮こまってんのか知らねぇけど、お前だって十分すごいやつなんだ。


 お前だって本当は、帰宅部にしとくのはもったいないってみんな言ってる。だけどお前、塾とかあるじゃん。忙しいだろ。


 それに責任感の強いお前のことだ、あんな約束した日にゃあ――、


「嘘だろ、神田速ぇじゃん!」

「だから言ったろ、神田は速ぇんだって!」

「行け行け神田ぁ! 抜かせぇぇぇぇ!」


 クラス、いや、学年中の声援を受けて、夜宵は走り切った。さすがにそこまでの余裕はなかっただろうけど、お前に抜かれた時の迫田の顔、マジで傑作だったから。後で教えてやるわ。


「――っは、萩ちゃん!」


 めいっぱい手を伸ばして渡されたたすきを掴む。


「おう」


 一位との差は結構ある。並のやつならまぁ諦めて二位に甘んじるところだ。


 が。


 矢萩様を舐めんじゃねぇ。


「わはははははは! 負ける気がしねぇぇぇぇぇ!」


 もうもうと土埃をあげてその背中をとらえる。俺の気配に気づいた三組の桂木が、ぎょっとした顔をして、それでもなんとか抜かされまいと懸命に腕を振る。


 が。


 桂木、悪いけど俺まだ本気出してねぇんだよな。


 とはいえ、そこまでおしゃべりしながら走る余裕はないわけで。


「お先」


 とだけ短く言って、加速する。

 

「抜いたぁぁぁぁ! 一位だぁぁぁぁ!」

「信じてたぜ、南城ぉぉぉぉぉ!」


 そんな野郎共の声援に混じって、


「萩ちゃん、頑張って!」


 夜宵の声がする。

 もうそれだけで、俺はたぶんここからフルマラソン行ける。そんな力さえ湧いてくる。


 一位を大きく引き離してゴールテープを切ると、同時に「一位、二組――」とアナウンスが流れた。


 一位旗を高々と上げ、応援席に向かって大きく振ると、我が二組からは割れんばかりの拍手と歓声が上がった。そして、選手待機席で座っている夜宵に向かってピースサインを送る。


「夜宵、見てたか?!」

「もちろん見てたよ。萩ちゃん、カッコ良かった」

「まぁ今回は俺よりも夜宵の方がすごかったけどな。言ったろ? お前は速いって」

「うーん、あんまり記憶ないや。僕もう必死だったから、正直何位でたすき渡したかも覚えてないんだよね」

「嘘だろ」


 でもまぁ、そういうところが夜宵なんだよなぁ。

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