エピローグ
ようやくその名に……
「それで、プロポーズはしてもらえたの?」
「えっと……」
同僚のマーガレット・シブリルの質問に、私はただただ驚くしかなかった。何故なら、私は昨夜、プロポーズをされたからだ。勿論、ユベールに。
「何でそう思ったの?」
「簡単な話よ。昨日はリゼットの十八歳の誕生日で、結婚適齢期に入ったんだから。それを婚約者であるユベールが見逃すとは思えないの。何せ、リゼットに近づく男を見れば、顧客の魔術師を使ってまで嫌がらせをするくらいなんだから」
そう、アコルセファムに来てから三年の月日が流れ、私は昨日、無事に十八歳の誕生日を迎えた。
ずっと十五歳の姿のまま、人形だった私が、また一つ歳を重ねたのだ。ユベールと一緒に。
けれど、私の業務内容は三年経った今でも、あまり変わっていない。落ち着いたら適切な部署に、という話だったが、今も変わらず私の職場はサビーナ先生の執務室。
マーガレットは、私一人では回らないことを察したアルベール会長が手配してくれた、貴重な人材であり、同僚だった。
口が悪いのは、魔術師協会の人間の特徴なのだろうか。アルベール会長といい、マーガレットとといい、ここはそういう人間が多かった。
「あとは、あんたの母親」
「サビーナ先生?」
「そう。今朝、「これでようやく、旅に出られるわ~」って不吉なことを言いながら、楽しそうにスキップしていたから」
スキップって、永久の時を生きる魔女が? いやいや、今はそっちじゃない。
「旅ってどういうこと?」
「それはつまり、新婚の家にいるのは気が引けるから、旅に出るってことじゃないの? あんたたち、こっちが恥ずかしくなるくらい、ラブラブなんだもの」
「ユベールはともかく、私は……」
「違うって言うの? お客と称してユベールに近づく女の子を前にして、大胆なことをしたって聞いたわよ。確か、ユベールに胸を押し付けたとか」
「言い方! 抱き着いた話が、なんでそんな湾曲しているの?」
明らかにマーガレットの悪意を感じる。
「ふふふっ。いいじゃない。こっちの方が喜ぶと思うわよ」
「マーガレットが楽しい、の間違いじゃない?」
「あら、心外ね。広めてほしいって頼まれたのに」
「誰に?」
というより、どっちに? の方が正しいのかもしれない。
「勿論、ユベールによ」
「何で?」
「多分、嫉妬してくれたのが、よっぽど嬉しかったんじゃないの? リゼットはあまり、そういうのを表に出さないから」
「だって……」
はしたないかなって思うんだもの。未だに伯爵令嬢だった時の習性が残っている。現に昨夜は、婚前交渉は……と言ったら拗ねられてしまい。そのままなし崩しに……。
「それはともかく、おめでとう」
「え?」
「プロポーズ。受けたんでしょう?」
「うん。ありがとう」
もう全部、見透かされている状態で、否定するのは野暮なこと。ここは素直にお礼を言った。
それにしても、マーガレットでコレなのだから、どれだけの人が、この事実に気づいたのだろうか。いや、簡単に推測されてしまう、私たちが悪いような気がした。
***
「僕は気にすること、ないと思うけどな。むしろ、虫除けにもなるし」
帰宅後、作業台の椅子に座るユベールに、それを報告した。
「プロポーズの言葉も一緒に広めてもらう?」
「それはダメ。私たちのところに留めておいて。汚されたくない」
すると振り返り、私の手を取った。
「今日でようやく、僕たちの夢が叶うんだね。リゼット。改めて僕の家族になって」
一字一句違えずに、昨夜告げた言葉を言うユベール。
「こちらこそ、喜んで」
だから私も、同じ回答をした。
そして同じようにユベールは、私を抱き締めてキスをする。一つだけ違うのは、すでに私の左薬指には、指輪がはめられていることだった。
ユベールの瞳の色と同じアメジストがついた指輪を。
「確かに、これは僕たちの中だけに留めておきたいかも。リゼットのこんな可愛い顔まで、想像なんてさせたくないからね」
「分かってくれたのはいいけど、言い方……」
「そうかな。そんな変なことを言っていないと思うけど。僕は事実を言っているだけなんだから。特にその後の顔なんて――……」
「い、言わなくていい!」
私はユベールの胸に顔を埋めた。この三年間で、ユベールは随分と背が伸びた。私も伸びたけれど、それもほんの少しだけ。
私の頭一つ分、差ができてしまったユベールと比べると、ほとんど伸びていない。同い年なのに。
ちょっと悔しい気分になりながらも、日に日にカッコ良くなっていくユベールを見ているのが好きだった。今のようにそっと私の耳に囁くのもまた。
「それなら昨夜の続きをしようよ。リゼットが望むのなら、何度だって言うから」
「本当?」
「うん。愛しているよ、リゼット」
「私もよ」
そうしてユベールは私を抱き上げて、寝室に連れて行ってくれた。ユベールが作ってくれたグレーのローブを着たまま。
今日もサビーナ先生は帰って来ないだろう。言いたいことがあったのに、この至福に私は抗えなかった。
ユベールの言う通り、ようやく私たちの夢が叶うのだ。そう、家族になる、という夢が。
リゼット・バルテからエルランジュに、そして晴れて一カ月後。私はリゼット・マニフィカになる。
百年の時を超えて、ようやく得られた名前。身分も何も関係ない。愛以外、私たちを縛るものはない世界。
私はユベールと幸せになります。だからもう、心配しないでください、ヴィクトル様。これでようやく、貴方を忘れることができます。ユベールの望むままに。
人形にされた伯爵令嬢~婚約破棄された落ちこぼれ魔術師は時を越えて幸せを掴む~ 有木珠乃 @Neighboring
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